第3部 その4「デートをしよう」

 恭子の質問は、美月を緊張させるには充分すぎるのものだった。

 陽壱とは毎日何かしらの会話をしている。

 しかし、自分たちの恋愛を話題にするのは意図的に避けていた。それは陽壱に好きな人がいるのを直接聞きたくなかったからだ。

 

 女子からの告白を断る理由は、風のうわさ程度には知っていた。相手の名誉を守るため、告白されたことを隠しているのにも気付いている。その誠実さは、美月が陽壱を好きな理由のひとつだ。

 表に出さないように努力していたことが、このタイミングで崩れてしまうとは思いもよらなかった。


「話せないなら無理はしなくてもいいよ。私が知りたいだけという部分も大きいから」

「そうそう、私たちにバレちゃうかもしれないし」


 恭子の助け舟は、美月に対しての助け舟にも感じられた。

 ここで自分と正反対のタイプを言われたら、立ち直る自信がない。


「いや、言います」


 神妙な顔で宣言する陽壱をかっこいいと思いつつ、美月は脳内で『言うんだ!?』と叫んだ。


「是非知りたいよ」


 にやにやする恭子を見て『煽らないでください』と目で訴えるが、気付いてはもらえなかった。


「好きな人の情報というよりは、好みのタイプってことでお願いします」

「うんうん、特定するような無粋はしないよ」

「見た目からですけど、髪は長い方が好きです」


 それは以前に聞いたことがあった。中学二年の時に聞いたことなので、今でも変わらなかったことに大きく安心した。

 リボン付きのシュシュでサイドテールに結んだ髪を触る。

 恭子も自身の三編みをいじって微笑んでいた。


「顔つきは、そこまでこだわらないですね。失礼な言い方だけど、俺が悪くないと思える範囲内であれば」

「美少女だったり、美人でなくても?」

「そうならそうで嬉しいですよ。でも、だから好きになるって決め手にはならないです」

「背丈やスタイルは?」

「それも同じです。見た目を気にしないというわけではないけど、その子がその子らしければそれがいいなって」


 断言する陽壱の横顔を見る。半分遊びのような質問にも真剣に答えている。

 美月は頬が緩むのを堪えるのに精一杯だった。そういうところが好きなんだよ、もう。


「性格についても聞いていい?」

「そうですね、うーん」


 陽壱は顎に手を当て、うなる。

 それは、上手い言葉が浮かばず悩んでいる合図みたいなものだ。

 適当に話しているように見せかけて、裏では誤解を受けないように言葉を選んでいる。計算ではなく素でそれをやるから、凄いと思う。

 それでも言葉に困るとき、この仕草を見せることがある。

 たぶん美月だけが知っている陽壱の癖だ。


「自分にしっかり芯はあるんだけど、それを強く見せないで周りと上手くやれる子、かなぁ」


 ようやく思いついたように、ゆっくりと言葉を並べる。


「ずいぶんと具体的だね。好きな子そのものじゃない?」

「あー、考えたらそうなっちゃいました」


 恭子の指摘に照れ笑いを浮かべながら、陽壱は頭をかいた。


「でも、周囲と上手くやれるだけでは好きにならないでしょ? 浅香くんとの関係もないと」


 その部分は美月も気になっていた。周りの人との関係もあるけど、陽壱本人との関係が一番重要だと思う。

 これだけ近くにいても気付かないのだから、きっと特別な理由があるのだろう。


「そう、俺との関係ですよね。なんと言えばいいか」

「もー、焦らすなぁ」


 ここまで美月は声を出せていない。

 それもそうだろう。かつてないほど緊張しているのだ。思考ばかり回って口が回らない。


「言わなくてもわかってくれる子かな」


 その言葉に、美月の思考はさらに高速回転を始めた。

 最低ライン以上の見た目、人と上手く関係を築ける、陽壱の気持ちが言わなくてもわかる。


『それって、私のことじゃない!?』


 美月は叫びだしそうになるのをなんとか堪えた。

 勘違いも甚だしい。

 仮に自分であるはずならとっくに気付いているはずだ。どれだけ一緒にいるんだ私は。

 深呼吸をして必死に気持ちを落ち着ける。

 無理矢理に冷静になって、気付いたことがある。陽壱にそこまで言わせる女の子を、美月は知らないという事実だ。

 幼馴染の自分が知らない交友関係があるというのは、かなりショックなことだった。


「そうかー、その好みであれば、まだ私にも可能性がありそうだ」


 美月の気持ちとは逆に、恭子は上機嫌だった。


「それに、その好きな子のイメージって深川さんに近いし、ちょうどいい練習相手になりそうだよね」

「え?」


 陽壱が間抜けな声を上げる。

 好みのタイプが美月に近いということを、恭子も感じていたようだ。

 そこから出てきた練習相手という言葉の意味も、なんとなく理解できる。


「ああ、言葉足らずだったね。浅香くんが告白の勇気を持つ練習と、私が奪い取る作戦が両立できそうだと思たんだ」


 恭子の発言は概ね予想通りだった。ならば、ここから続く言葉も推測できる。

 そうだとしたら、美月にとっては嬉しくも悲しいイベントの提案になる。


「デートをしよう。深川さんとは浅香くんの予行演習になるし、私は浅香くんを口説き落とす機会になる。一石二鳥だね」


 想定と寸分違わぬ提案に、美月は気付かれない程度にため息を漏らす。

 妙なところで察しのいい自分が恨めしい。


「松井さん、それって一石二鳥とは言わない気がします」


 目が点になった陽壱は、美月から見てもそれが精一杯というようにツッコミを入れた。

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