第3部 その3「どんな子が好みなの?」
恭子から告白された翌日、陽壱は生徒会室に呼び出されていた。
生徒会室といっても、特別な設備があるわけではない。通常の教室の半分くらいの広さで、折りたたみ机とパイプ椅子が並んでいるだけだ。
壁には鉄製の枠組みだけの本棚が設置されていて、室内のスペースを圧迫している。そこには誰も読みもしない過去の資料が保管されていた。
きっと歴代の生徒会は片付けるのが面倒くさかったのだろう。残された大量のファイルを見るたびに陽壱はそう感じていた。
「さて、始めようか」
陽壱の右隣に座る恭子がノートを広げる。しっかりと議事録をとるつもりのようだ。
今日は生徒会として特に予定もなく、さして熱心でない他のメンバーは既に帰宅している。
「松井さん、今日は隣なんですね」
「恭子と呼んでほしい、無理ならいいけど」
「いや、無理です」
「それは残念」
陽壱を上目遣いに見つめる。
それは陽壱の知る恭子とは少し違っていた。素直になったというか、堅さがなくなったというか。
その恋心を知ってしまった陽壱は、ただ慌てるだけだった。
「あのー、これは何の会ですか?」
陽壱の左隣に座った美月が手を挙げ、恐る恐る尋ねる。
恭子の変わりように困惑しているみたいだ。
「ああ、ごめんごめん。実は昨日、私は浅香くんに好きだから付き合ってほしいと告白したんだ」
「へ?」
正食に話す恭子に、美月は間の抜けた返事を返す。
手紙を受け取ったことも、告白されたことも美月には言っていない。
恭子だからではなく、誰であってもそれは同じだった。振ったとはいえ、自分を好きと言ってくれた相手だ。周りに言いふらしたりはしないのが礼儀だと思っていた。
それに気付いているのか気付かないのか、恭子は平然と言葉を続けた。
「私の初めての告白だったんだけどね、あっさり振られてしまって」
「そ、そうなんですか」
陽壱は美月がどんな顔をしているのか恐ろしくて、左を見ることができなかった。
「で、その理由がね……あ、浅香くん、深川さんに話してもいい?」
その言い方をされたら頷くしかない。ここで断れば、美月に隠し事をしているみたいになってしまう。
普段からはっきりものを言う人だが、今日は特に遠慮がない。
「浅香くんね、好きな人がいるらしくてね」
「うぇっ?」
勇気を振り絞り、変な声がした左側に首を回した。
美月は普段の柔らかい表情のままだった。ただ、妙に背筋が伸びているように見えた。
「まだ告白する気はなさそうだったから、あわよくば奪ってしまおうと思って、恋愛相談を買って出たんだ。彼に恋人ができれば私は潔く諦めるし、振られてしまったらそこにつけ込もうと思ってね」
「ナ、ナルホド」
恭子の爆弾発言にカタコトで返事をする美月。美月の心境はどうなっているのだろうか。
「でも、私はあんまり恋愛経験がなくて相談相手としては不充分だと思っている。そこで、助けてもらいたくて深川さんに声をかけたんだ。私も浅香くんも知っている相手というと、深川さんだから」
「ソウナンデスネ」
「すまないけど、私と浅香くんの恋の成就のために、手を貸してほしいんだ」
「イイデスヨ」
美月は表情を変えない。
陽壱は左右を交互に見て、おろおろすることしかできなかった。
この際、美月に気持ちを知られてもいいかもしれない。しかし、友達と公言しているのを覆すことになる。
受け入れられればこの上なく嬉しいが、そうでなければ生きる目標を失うに等しい。
「相手の名前は明かしたくないみたいだから、無理には聞かないようにしたい。その上で、浅香くんがその相手に告白できるようにできないかな」
「そうなると、相手の子の好みがわからないから、よういちに自信をつけてもらうしかないですね」
「だよね。なら、浅香くんを褒め称えつつ、特定しない程度に相手の情報を引き出そうか。細かいところはわからないから、傾向的に好まれる男性像を当てはめるしかないね」
「はい、その方向でいきましょう」
陽壱が内心で頭を抱えている間に、左右では着々と話が進んでいた。
議事録代わりのノートにも、びっしり文字が並んでいる。さすが生徒会副会長、書紀の能力も持っている。
「浅香くん、話はまとまったよ」
「え?」
「好きな子いるなら話してくれればよかったのに。私も協力するよ。恭子先輩の応援もするけど」
「で、浅香くんはどんな子が好みなの?」
最悪のシナリオではないが、良くはない流れだ。隠し通すか、いっそのこと話すか。
陽壱は大きな二者択一を迫られることになってしまいそうだった。
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