第2部 その9【完】「地球での思い出」

 陽壱は会の開始から少し遅れ、カラオケ店の大部屋に入った。


「ヨーイチ、待ってたヨ!」


 駆け寄ってきたレイラが腕にしがみつく。きっと名残惜しいのだろう、今日は妙に距離が近い。


「レイラ、これ」


 駅ビルの写真店でプリントしてきた写真を手渡す。

 当初はクラスの皆と同じくデータで渡すつもりだったが、レイラの星のデータ形式がわからなかったので、物理的なものを渡すことにした。

 彼女にしてはレトロなものだろうけど、地球の、日本の思い出にはなると思った。


「ありがとウ。嬉しい」


 レイラは写真をいろいろな角度から見て微笑んだ。一通り眺めた後は、大事そうにクリアファイルに挟みカバンに入れる。

 喜んでもらえたようで、陽壱はほっとした。


「席はこっちだヨ」


 レイラに手を引かれ、部屋の奥へ入る。

 その先には、美月と優紀が並んで座っていた。


「あ、よういちー」

「陽壱くん、いらっしゃい」


 レイラは美月の隣りに座り、自身の横を指差した。


「はいはい」


 レイラの指図のまま、陽壱は腰を下ろす。

 満足気に頷く金髪から、爽やかで甘い香りがした。


 歓迎会の時と違い、レイラは自分の趣味を隠すことはしなかった。

 大好きな『装甲少女』シリーズの主題歌を素晴らしい歌唱力で歌い上げる。本来の歌手より上手いのではないか、とすら思えてしまう程だ。

 それに加えて、以前と同じく有名な洋楽も、振り付きで披露していた。


 レイラの許可を得て、歌声を録音する女子がいた。携帯電話の着信音にするらしい。

 感動して涙を流す男子もいた。前回も泣いていた気がする。

 格安カラオケ店の大部屋は、主役であるレイラの独擅場だった。


 楽しい時間は体感が短い。そろそろ二時間が経過しようとしていた。

 陽壱は後の移動をスムーズに進めるため、そっと部屋を出て支払いを済ませた。


「ヨーイチ、ちょっといい?」


 受付から大部屋に続く通路に、真剣な表情のレイラがひとり立っていた。


「ん? なに?」

「こっち、来テ」


 レイラに手を引っ張られ、カラオケ店裏の駐車場まで連れ出される。そこは車も人通りもなく、酷く静かな場所だった。

 日はもう落ちかけていて、空は夕焼けと夜の間が持つ不思議な紫色に染まっている。


「あのネ、ヨーイチ」

「うん」

「いろいろ、ありがとう。たくさんありすぎテ、全部言えないくらい」

「そんな、いいんだよ。友達だからさ」

「違うの。私が本当に言いたいのは、違うの」


 レイラは首を振る。それに合わせて、艷やかなツインテールが揺れた。

 そして、紫色を反射した碧眼をまっすぐ陽壱に向けた。


「私ね、ヨーイチが好き。だからね、私の星に来テほしいの。ヨーイチとずっと一緒にいタいの。もちろん今すぐじゃなくていいヨ。ちゃんと卒業するまで待つかラ」

「レイラ……」

「きっと大変だけど、ヨーイチとなら頑張れるかラ。お願い、私と……」

「レイラ」


 陽壱は早口になるレイラの言葉を遮った。

 その想いに対する答えはひとつしか持っていないからだ。彼女を悲しませることになるけど、ごまかせないことだからだ。


「ごめん、俺はレイラとは行けない」

「あ……」

「俺は好きな子がいるんだ」

「そっか……そうだネ」


 レイラは一度伏せた顔を上げて、無理に作った笑顔を見せた。両目から一筋ずつ、涙が落ちていた。

 しかし、陽壱にはその涙を拭うことはできない。


「ちゃんと美月に告白しなさいヨ」


 そう言って去っていく後ろ姿を、陽壱はただ見つめていた。


「バレてたんだ」


 カラオケからファミレスに移動した後も、レイラは変わらず楽しんでいるように見えた。

 陽壱との距離が少しだけ遠くなっていることに気付いたのは、ごく少数だった。

 そのまま和やかな雰囲気で、お別れ会は解散となった。


「レイラちゃんと何かあった?」


 帰り道、美月が尋ねる。


「いや、まぁ、いろいろ」

「そっかぁ」


 陽壱が言葉を濁すとき、美月は深くは聞かない。

 その心遣いは嬉しい反面、隠し事をしたという罪悪感を覚えてしまう。しかし、相手が美月であっても話せないことがある。


「レイラちゃんいい子なんだから、あんまり悲しませちゃだめだよ。でも、その場を取り繕うのもよくないよね」


 ただし、美月は勘が鋭かった。

 気付いていても深くは踏み入らないところに、深い優しさを感じる。それは、陽壱だけでなくレイラに対しての優しさでもある。

 だから、陽壱は美月が好きだった。


 翌日、クラスに挨拶した後は諸々の手続きがあるらしく、レイラは教室に姿を見せることはなかった。


「浅香、校門まで行ってくれ」


 味気ないお別れになってしまったと思った矢先、担任から声がかかった。


「あ、はい」


 校門に向かう途中、美月と優紀に鉢合わせた。三人で校舎から出ると、レイラの姿が見えた。


「ヨーイチ、ミツキ、ユウキ。わざわざありがとウ。どうしても、お別れを言いたくて無理を言っちゃっタ」


 レイラの後ろには黒塗りの車が待機している。

 これで本当にお別れなのだろう。


「地球での思い出、本当にありがとウ。これ、もらってほしい」


 幅の狭いリストバンドのような物を手渡された。腕につけると白い色が透明になり、全く見えなくなった。


「友達のシルシ。何かあればそれに向かって私を呼んでネ。寂しくなったら、私からも連絡しちゃうかも」


 レイラは、いたずらっぽく儚げに笑って車に乗り込んだ。別れの言葉は言わなかった。

 陽壱たちは、車が見えなくなるまで手を振り続けた。


「もう会えないんだね」


 美月のつぶやきは、陽壱と優紀の気持ちを代弁しているようだった。


 数日後、その感傷は脆くも破られることになる。


『やっホー、みんなー』


 空間にレイラの姿が浮かぶ。

 別れ際に渡されたリストバンドは、超高性能な通信機だったみたいだ。念じると空間に映像が浮かび、テレビ通話のように会話できてしまう。

 陽壱たちはそれを活用して、週に一回くらいの頻度でリモート食事会をすることにした。

 他にもいろいろな機能があるらしいが、陽壱には理解しきれていない。


 奇妙な留学生との縁は、これからも切れずに続いていくことになる。



 十年後、惑星間の親善大使としてレイラ・レイラックは地球に下り立った。公式には初めての訪問だ。

 その際に、彼女は素晴らしい地球の文化としてアニメーションを取り上げる。特に『装甲少女』という作品を名指しで褒め称えたことで、地球全域で空前の装甲少女ブームが巻き起こることになる。


 それとは関係ないが、民間初の星間旅行は、とある一般人の新婚旅行だったと記録に残っている。

 その一般人は、親善大使を務めたこともある巨大企業の女社長と深い友人関係にあったそうだ。ただし、その経緯は定かではない。



 第2部『留学生:レイラ・レイラック』 完

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