第2部 その8「帰りたくなくなってきたヨ」

 間もなく一日が終わる。そして、留学期間三十日の内、二十八日が終わる。終わってしまう。

 父の権限で貸し切ったホテルの最上階から見える街並みは、宇宙に光る星々のようだ。そういう意味では故郷と大きくは違わない。

 脳波コントロール装置がないとか、視線入力キーボードがないとか、多少不便なこともあるけども、慣れてしまえば大して困りはしない。逆に骨董品のような新鮮さを感じるくらいだ。

 レイラはベッドに寝転がり、これまでの出来事を思い出す。


 初日、予想はしていたけれど、レイラの姿を見てクラスの皆が固まっていた。

 それもそうだろう、自分たちは地球人から幼く見える。それは知っていた。だからあの雰囲気も覚悟の上だ。

 そんな中、さりげなく空気を軽くしてくれる男の子がいた。

 自分を囲う輪に入らなかったというだけで、その子には友達がいないと勘違いしてしまう。レイラは同情し、傲慢にも自ら友達になると宣言した。

 彼が昼時に姿を消した際は本当に焦った。学校中を走り回って探したのは、今思い出しても恥ずかしい。

 

 失礼極まりない誤解をしていたにもかかわらず、彼は嫌な顔ひとつ見せなかった。レイラのアニメ趣味を知った時も、その柔らかい表情を変えなかった。

 それどころか、率先して歓迎会まで企画してくれた。


 レイラが別の星の人間だと知ってからですら、その態度は変わらなかった。絶対に驚き、嫌われると思っていたのに。

 それどころか、周囲に発覚しないように、気を回してくれもしていた。


「ヨーイチ……」


 素敵な出会いはたくさんあった。

 おっとりした話し方が可愛いらしいミツキ。

 レイラが半ば趣味で作ったスーツを完璧に着こなしてくれるユウキ。

 特にこの二人は親友と呼んでしまいたい。これまで知り合ったどんな人よりも、可愛くて魅力的で優しかった。

 でも、それが霞んでしまうほど、今は彼のことしか考えられない。


 明日はお別れ会をしてくれるそうだ。歓迎会と同じく、カラオケからのファミレスを希望してある。

 また歌を聞いてもらおう。喜んでくれるかな。


「ヨーイチ、帰りたくなくなってきたヨ……」


 レイラの言葉は誰に届くこともない。愛の告白をする勇気もない。自分と彼は住む世界が違う。共には生きられない。

 その夜はあまり寝付けなかった。


 翌朝、寝不足気味だが、なんとか身支度をする。来日当初、ホテルの支配人から専属で世話人をつけると言われたが、それはさすがに断った。

 レイラとしてはもっと質素な場所がよかったのに、父がそれを許さなかった。親の威光を使われるのは最小限にしたいと常々思っているが、なかなかに難しい。


 ホテルの裏口では送迎用の自動車が待っていた。表からでは目立つため、裏口にしてほしいと依頼したのだ。

 動く遺跡のように思えてしまうエンジン音を響かせ、車は動き出した。

 駅に向かい、何食わぬ顔で彼に朝の挨拶をするのだ。


「ヨーイチ、ミツキ、今日はユウキもいるネ。おはよう!」


 学校の授業は少し退屈だ。レイラの場合は勉学に励むというよりは、この星の教育を知るという意味が大きい。

 とはいえ、似たようなことを延々と話す教員を見ているのは飽きてくる。

 昼休みが待ち遠しい。


「ヨーイチ、お昼だヨー」


 チャイムが鳴ればお待ちかねの昼休みだ。

 いつもは楽しい気分だけなのだが、今日は寂しさもある。こんな形で昼食を取るのは最後だからだ。

 明日はフライトの都合上、午前中で日本を離れなければならない。

 だから今日くらいは許してほしい。レイラは大胆に、赤面がばれないように、ヨーイチの腕に自らの腕を絡めた。


「レイラちゃん、やっほー」

「ミツキ、ヤッホー」


 ミツキと三人で並び、昼食をとる。

 彼女の作るオベントウはいつも素晴らしい。あんなものを作れるなんて、まるでアニメの世界のようだ。

 レイラも何度かホテルの部屋にあるキッチンを使って作ってみたが、かろうじて食べ物に見えるようなサンドイッチが限界だった。自動調理器のない星はこれだから困る。


「これ、レイラちゃんにどうぞ」

「いいの?」

「いいよー、食べてもらいたくて作ったから」


 ミツキがレイラにタッパを手渡す。

 中には、鶏肉に衣をつけて揚げたものに甘酸っぱいソースをかけた、南蛮漬けという料理が入っていた。以前、レイラが食べたいと言っていたものだ。


「嬉しい、ミツキ」

「美月の南蛮漬けはうまいぞー」


 ヨーイチが自分のことのように自慢する。二人は本当に仲がいい。その中に入れてもらえることが心から嬉しい。

 レイラは、のんびりとしたこの時間が大好きだった。


 昼休みも終わり、午後の授業も後半だ。

 周りを見ると、みんなソワソワしているようだ。この後のカラオケを楽しみにしてくれているのだろうか。

 チャイムが鳴り、教員が教室を出ていく。

 それを見計らったように、クラス全員が素早く立ち上がる。


「レイラ、こっち」


 困惑するレイラに、ヨーイチが手招きした。

 ヨーイチはレイラの肩を押し、教室の外に連れ出す。


「レイラちゃん、こっちこっち」

「レイラ、こんにちは」


 今度は廊下でミツキとユウキが手招きをする。レイラは首をかしげた。


「じゃ、ちょっと待っててな」


 そう言ってヨーイチは教室に戻っていった。


「え、ナニ?」

「へへー、秘密ー」


 ミツキはただニコニコしているだけだ。

 ユウキを見上げても、同じような顔で笑っている。

 五分くらい待っただろうか、教室から顔を出したヨーイチが手招きした。

 行ったり来たりさせて、何をしているんだろう。


「わぁ……」


 再び教室に入ったレイラの目に入ったのは、黒板いっぱいに書かれたメッセージたちだった。

 色とりどりの文字で『楽しかったよ』『可愛い』『トモダチ』『元気でね』『装甲少女好きになりました』等、たくさんの言葉。


「寄せ書きって言うんだ。で、これをバックに記念写真とろう」

「あっ……」


 レイラはヨーイチに告白をしようと決めた。

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