第2部 その7「私もドジだネ」
美月たち三人の姿を見て、宇宙人らしき美少女の笑顔が固まった。ツインテールの少女はそのままの体勢で後退し、ドアが静かに閉められた。
「今の子、レイラだったよな?」
「うん、レイラちゃん」
「見たことはあるけど、留学生の子だよね?」
美月、陽壱、優紀は顔を見合わせる。
レイラは宇宙人だったらしい。
そんな事実を前にしても、美月はそこまで驚愕はしなかった。
ある程度予想はできていたし、宇宙人だからといってレイラがレイラでなくなるわけでもない。可愛らしい友人は可愛らしい友人のままだ。
でも、陽壱はどう思っているのだろう。
「よういち、びっくりした?」
「そりゃな、でもそれほどではないかな。佐久間さんの時の方が驚いたくらい」
「酷いなぁ」
陽壱の冗談に優紀が頬を膨らます。
友人が宇宙人だったことなど、陽壱にとってはその程度のことなのだ。
たまたま優紀のバイトで存在を知っていたということもあるが、多少混乱が減った程度の意味でしかない。
ただ、レイラ本人はどうだろうか。引っ込んでいったときの顔を見ると、たぶん気にしている。
宇宙人であることを黙っていたことも、そもそも宇宙人であること自体についても、きっと気に病んでいる。
「おーい、レイラー。とりあえず出てこいよー」
そして、美月の好きな陽壱は、そんなことを気にしないのも知っていた。
だから、美月もそれに合わせる。
「レイラちゃーん」
美月と陽壱の呼びかけから数十秒、ドアが少しだけ開けられた。
隙間から碧眼が覗く。
「私、宇宙人だヨ? 細かく言うと違うけど、地球人ではないヨ?」
「わかったから、出てきな」
「怖くないの? 気持ち悪くないの?」
「レイラはレイラだし。怖くも気持ち悪くもないよ」
陽壱の言葉に、レイラはゆっくりと姿を見せた。大きな目を伏せ、どこかおどおどしている。
普段の明るく元気なレイラとは大違いだ。
「あ、あのネ。隠していたわけじゃないの。知られたラ、嫌われると思って」
「嫌うわけないよ。友達になるって言ってくれたのはレイラだし」
「そうそう、こんな可愛くていい子を嫌いになんてねぇ」
「ヨーイチ、ミツキ……」
レイラは大粒の涙を流した。
真っ直ぐな性格の彼女だから、毎日隠し事をしていると思っていて辛かったのだろう。
美月はカウンター越しに、柔らかな金髪を撫でた。
「えーと、私はどうしたら」
優紀が困ったように呟いた。
泣き止んだ頃を見計らい、優紀を紹介する。
レイラは優紀にどうしても会いたかったらしい。それは、日本に来た目的のひとつだったそうだ。
「私の作ったスーツがトッテモ似合う女の子が日本にいるって聞いてネ!」
「いやいや、そうでもない……よね?」
優紀の助けを求めるような問いかけに、美月と陽壱は揃って首を横に振った。
その後、奥の部屋に招かれ中を案内された。
デスクの並んだ事務所を通り抜けると、様々な機械が設置された作業場になっていた。
レイラの語る技術的な話は、美月には全く着いて行けなかった。優紀は充分に理解している様子だし、陽壱も食い付いて話を聞いている。
それよりも、どう考えても雑居ビルのワンフロアよりも広いことが気になっていた。レイラに問いかけると「ふたつのフィールドを干渉させたエネルギーを使って空間を湾曲させて場所を広げているんだヨ」と説明され、美月は考えるのをやめた。
「それじゃ、これが協力者のバイト代ね。あと、おまけにこれも」
案内が終わると、橘からバイト代の入った封筒を渡された。
礼を言って受け取る。
この場で確認するのは失礼かなと思い、中身は見なかったが妙に分厚い気がしていた。
おまけは、駅ビルに入っているおしゃれなコーヒーチェーンで使えるプリペイドカードだった。
「帰りにお茶していこうか。レイラちゃんもどう?」
「いいの? 行きたイ!」
駅ビルに入っているおしゃれなコーヒーチェーンに着いた美月たちは、各々飲み物とケーキの皿を手に四人がけの席に座った。プリペイドカードのおかけで、今日は豪遊だ。
陽壱の横にレイラが座り、その向かいに美月と優紀が座る。正面に陽壱が見える配置に、美月は少しだけ違和感を覚えた。
「ヨーイチ、ミツキ、ユウキ。ありがとうネ」
アイスコーヒーを一口飲んだレイラが、ニコリと笑う。
ブラックで飲めるなんて大人だなと、美月は思った。
レモンチーズケーキをフォークでつつきながら、レイラがぽつりぽつりと語り始める。
「前にネ、日本とは違う国に留学したときにネ、仲良くなった男の子がいたの。私は隠し事するのがイヤで、その子に正体を教えたの」
三人は、それぞれお気に入りの飲み物を飲みつつ、レイラの話に耳を傾ける。
「そしたらネ、怖い、気持ち悪いって言われて逃げられちゃった。しかも、その子は周りにそれを言いふらしてた。すごく悲しかったし、後悔したヨ。記憶の消去も大変でネ、お父さんにも迷惑かけちゃった」
地球防衛隊の規約にある《い》の手段を行使したのだろう。
美月は悲しさと恐ろしさで身震いした。
「だからネ、日本では友達には隠そうとしたんだけど、失敗しちゃった。地球防衛隊の関係者ならって油断してたヨ。私もドジだネ」
恥ずかしそうに笑いながら、ケーキを口に運ぶ。
「さっきも言ったけど、レイラはレイラだから、それでいいよ。友達がたまたま宇宙人だったってだけ」
陽壱の言葉は美月の気持ちを代弁しているようだった。嬉しくなってしまい、大きく頷いた。
「ありがとう、嬉しいヨ」
「あ、私も、友達でいい?」
「ユウキ! もちろん!」
レイラにはやっぱり笑顔が似合うと思った。
楽しい雰囲気のまま、四人は帰路についた。
レイラは駅から少し離れたホテルに滞在しているそうだ。さすが社長令嬢。
帰宅後、封筒の中を確認すると一万円札が十二枚入っていた。
「うわぁ」
美月にとっては、今日で一番の驚きだった。
慌てて窓を叩き陽壱と相談して、親に報告した上で貯金に回すことに決めた。
翌日以降も、レイラとの関係は特に変わらなかった。
弁当を食べるとき、ちょっと、ちょっとだけ、陽壱とレイラの距離が近いような気がしてしまうこと以外は。
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