第2部 その6「本社の社長令嬢さん」

 レイラが来てから二週間が経った。留学生のいる生活が日常となり、彼女の周りは以前ほどの人だかりはできなくなっていた。

 アニメの話が合う友人も見つけたようで、楽しそうに談笑する姿に陽壱は安心した。


「ヨーイチ、お昼行くヨー」


 ただし、昼休みは美月と三人で弁当を食べるのがお決まりになっていた。

 レイラの弁当は日ごとに大きく内容が違った。どこかのシェフが作っていると思えるような豪華なものだったり、陽壱でも作れてしまうような雑なサンドイッチだったり。

 一度弁当は誰が用意しているのか聞いてみたのだが「ヒミツだヨー」と返されてしまった。


「ヨーイチ、帰るヨー」


 そして、帰りの駅までの道のりも三人で歩くのがお決まりになっていた。

 いつもレイラは、陽壱と美月が改札に入るのを手を降って見送る。

 一度留学中はどこで寝泊まりしているか聞いてみたのだが「ヒミツだヨー」と返されてしまった。


 日本のことやアニメのこと、陽壱や美月のことはよく話すのだが、自分の国についてはあまり話したがらない。

 つまり、留学生レイラ・レイラックの私生活は謎に包まれていた。


 ある日の昼休み、レイラは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんネ、今日はどうしても会わないといけない人がいてネ、一緒に帰れないんだ」

「いいよー、気にしないで」


 レイラはレイラで忙しいのだろう。彼女も遊びに来ているだけじゃないということだ。

 久しぶりの二人きりも新鮮でいい。そんな陽壱の思惑は、あっという間に崩れ去った。

 決して悪い意味ではないのだが。


「あ、いたいた。陽壱くん、美月ちゃん」


 その日の放課後、二人に声をかけたのは佐久間 優紀だった。

 陽壱より高いくらいの長身に、高校生離れしたとんでもないスタイルの同級生だ。短い前髪に、ショートボブがよく似合っている。

 顔立ちも整っていて、美少女というよりは美女といった方がしっくりくる。


「おー、佐久間さん」

「まだ名前で呼んでくれないんだね」

「あ、いや……」

「ふふ、冗談。意地悪してみたかったの」


 実は優紀に対しては少し負い目がある。ただ、本人は気にしない様子で接してくれるので、陽壱としてはありがたく思っている。


「どしたの? 優紀ちゃん」

「そうそう、地球防衛隊から連絡があってね、二人にもバイト代が出ることになったんだよ」

「おおー、まじか」

「時間あるなら、今から一緒にどうかなって」


 美月との時間も重要だが、バイト代は非常に魅力的だ。

 臨時収入があれば、予算の都合で諦めていた映画にも行けそうだ。美月が見たがっていたやつだ。


「行こうか? 美月」

「うん、いいよー」

「じゃあ、行きましょー」


 猫背になりかけた背を伸ばし、優紀は元気よく足を踏み出した。


「あとね、今日は特別に宇宙人さんに会えるんだって。二人を誘ったのは、私一人じゃ不安だったというのもあるんだ。ごめんね」


 道中、優紀が恐ろしいことを言い出した。

 陽壱は一瞬びっくりしたが、すぐに平静を取り戻す。


「謝ることじゃないけど、俺達も会って大丈夫なの?」

「うん、協力者にも是非挨拶をって言ってるらしいよ。バイト代も、その人が払うべきだーって言ってくれたんだって」

「へー、どんな人なんだろうねー」


 宇宙人と言われてもさほど混乱しなかったのは、優紀のバイトを手伝った時に存在を聞いていたからだ。

 科学技術は地球とは比べ物にならないほど高度だが、見た目は地球人とほぼ変わらないらしい。なんと、子供も作れるそうだ。非公開ではあるが、少数の実績もあるとのことだ。


「私の仕事着を開発したのも、その人なんだって」

「へー、すごい人なんだね」

「確か、あれの見た目って開発者の趣味だったよな?」


 陽壱は優紀がバイト中に装着していた、キラッキラのパッツンパッツンの衣装を思い出す。仕事着というよりは、戦うヒロインのコスプレと言いたくなるような姿だった。


 キラッキラのパッツンパッツンが趣味、今日人に会う約束。そして、宇宙人。


「よういち、もしかして」

「いやいや、さすがに違うだろう」


 頭に浮かんだ想像を吹き飛ばし、陽壱たちは優紀に続いた。


「ここの二階だよ」


 学校から十分くらい歩いたところにある雑居ビルを、優紀が指差す。壁の塗装が剥がれかかっているような古いビルだ。

 二階の窓は内側から遮光カーテンのようなものがかかっており、中の様子が伺えない。

 露骨に怪しい。


「佐久間さん、よくここでバイトしようと思ったね」

「自分でもそう思うから、言わないで」


 薄暗い階段を上がり、古臭いドアを開ける。

 その中は意外なほど綺麗だった。まさにオフィスと表現するのが適切な、すっきりとした受付だ。

 正面にはドアがあり、奥に繋がっているようだ。


「こんにちはー」


 優紀が声をかけると、程なくしてドアが開いた。出てきたのは、前髪が後退しつつある小太りの男性だった。

 明らかに着慣れないスーツ姿で、三十代前半くらいに見える。この人が宇宙人だろうか。


「橘さん、こんにちは」

「おー優紀ちゃん。そちらが、協力者の浅香くんと深川さんだね? はじめまして、橘です。いろいろと迷惑かけて悪かったね」


 軽い雰囲気の橘に、陽壱と美月は揃って頭を下げる。宇宙人とは別の人のようだ。


「早速なんだけど、会ってもらうね。本社の社長令嬢さんなので、失礼ないように頼むよ」


 そう言い残し、橘は奥の部屋に消えていった。「お嬢さん、来ましたよー」という声が聞こえてくる。


「社長令嬢さんなんだね。聞いてなかった」


 優紀がぽつりと言ったのと同時くらいに、バタバタと足音がする。

 足音が止まり、勢いよくドアが開いた。


「はじめましテ!」


 そこには、満面の笑みを浮かべた少女がいた。

 背格好は小学校高学年くらい、透き通るような長い金髪をツインテールに結っている。大きな丸い碧眼をした、文句のつけようのない美少女だ。

 そして、美月や優紀と同じセーラー服を着ている。


「あ……」

「あっ……」

「あァ……」

「え? え?」


 固まる三人を見て、優紀だけがあたふたしていた。

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