第2部 その3「ベンジョメシするんでしょ?」
昼休み。日差しが強くなってきたが、 まだ外で過ごすには心地よい季節だ。
陽壱は中庭にあるベンチに座り、美月と弁当を食べていた。中身はミニハンバーグだった。美月は陽壱の心が読めるのかもしれない。そうだとしたら、かなり嬉しい。
「それで、あえて声かけなかったらさ、友達になるって言い出して。ありがたいけど、困っちゃったよ」
「きっと、いい子なんだよ」
突然の友達発言以降は、レイラから積極的に話しかけてくるようになった。ただし、陽壱だけに集中することはせず、周りとバランスをとりながら気にかけてくれている。きっと、人の輪の中で生きていく能力を持っている子なのだろうと、深く感心した。
おかげで、陽壱が針のむしろになるようなことはなかった。多少悪目立ちはしてしまうけど、友達宣言の瞬間に比べたら些細なものだ。
「すごい子なんだねー」
美月は箸を軽くかじって、呟いた。
午前中の出来事を伝えて、返ってきたのはその一言。美月らしくて魅力的なのだが、少しは嫉妬してほしいと思ってしまう。それは、恋をしている陽壱のわがままだ。
陽壱が所属する二年一組の教室は、今頃レイラと昼食を共にする権利の争奪戦が繰り広げられていることだろう。その証拠にチャイムが鳴った瞬間、レイラはあっという間にクラスメイトたちに囲まれていた。
陽壱を気にしている様子もちらりと見えたが、大丈夫と口を動かして教室から出た。わかって貰えたら、とてもありがたい。
気にかけてくれるレイラには申し訳ないが、陽壱にとっては美月との昼食が最優先事項だ。
「さすがに昼はのんびり弁当食べたくて、逃げてきたけどね」
「ひどいなー。私は嬉しいけど」
美月は小さく笑った。のんびりとした口調が、心に染みる。
と、癒しを感じていた陽壱の前を、金髪の少女が駆け抜けていった。
「よういち、もしかしてあの子?」
「たぶん」
かなりの勢いだったので顔までは見なかったが、あんなに小柄で綺麗な色の髪をした生徒はそうそういないだろう。
その形のいい後頭部を見送っていたら、ツインテールが回れ右をするようにひるがえった。
レイラは大きな目をさらに大きく見開いて、陽壱に駆け寄ってくる。その蒼い瞳には涙がにじんでるようにも見えた。
「ヨーイチ!」
レイラは陽壱の眼前まで来ると、大声で名前を呼んだ。
「う、うん」
「探したヨ! 見つかってよかった」
右手で陽壱の肩を掴み、激しく揺さぶる。手に持った弁当箱を落としそうになるが、美月が受け取ってくれた。レイラには、陽壱の姿しか目に入っていないようだった。
「ヨーイチ、一人で出ていくから心配してたよ。聞いたことがあるの。日本では友達がいない子はベンジョメシするんでしょ? 私が一緒に食べるからそんな悲しいことしないで。ほら、オベントウも持ってきたの」
息を切らせ涙目になったレイラは、日本の文化に誤解はあるものの、本気で心配をしていたようだ。可愛らしい花柄の包みを陽壱に見せる。
「いやいや、いつもここで食べてるんだよ。こいつと」
陽壱は左隣に座る美月の方を見る。それにつられるように、レイラも視線を右にやった。
「こんにちはー」
「わっ!」
自分と陽壱の弁当で両手のふさがった美月は、軽く会釈をする。初めてその存在に気付いた様子で、レイラは大げさに驚いた。
「あ、ごめんなさい。……ってヨーイチ、恋人がいるなんて。私は大変な勘違いをしてまっていたのね。これは、オジャマシマシタ……」
小さい体をますます小さく縮こまらせて、後退りする。さっきの必死さとは逆に、周知や悔恨の入り交じった哀しい表情になっていた。
「ねぇねぇ、一緒に食べよー」
「え、いいの? 恋人に凄く失礼なこと言ったのヨ?」
美月の誘いに、レイラがぱっと明るい顔になる。そしてまたすぐに、申し訳なさそうな雰囲気が混ざった。
「陽壱とはまだお友達だよ。恋人じゃないよー」
顔を赤くした美月が否定する。そんなにはっきり否定しなくてもいいのに、とは思う。
「そうそう、レイラもどうぞ」
座る位置をずらし、美月との間に隙間を空ける。
「ありがとう、嬉しい。私、レイラ・レイラック」
レイラは二人の間に座り、膝の上で弁当の包みを広げる。女の子らしい小さな弁当は、食べかけだった。
「私はね、深川 美月。レイラちゃんって呼んでもいい?」
「もちろン! ミツキ、よいお名前ね」
「ありがとう、レイラちゃんも可愛いお名前だよ」
周りの視線が少々気になるが、和やかな昼食の時間が過ぎていく。美月と二人きりでないのは悔やまれるが、陽壱にとっても楽しい時間になった。
「二人は幼馴染みなのね。ステキ!」
「おうちが隣なんて、憧れちゃう」
「私も幼馴染みほしかったナ」
等と、レイラも楽しそうだった。
陽壱は、ここで初めて友達になれたような気がして嬉しかった。ただし、美月の弁当にレイラの熱い視線が突き刺さっていることには、気が付いていなかった。
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