第2部 その2「私が友達になるヨ」

 月曜日の朝。今日はとても天気がいい。

 夏服になるにはまだ早いが、上着を着たままでは少々暑い。窓際の真ん中の席に座った陽壱は、椅子の背もたれに学ランをかけ、机に肘をついた。

 今朝も美月は非常に可愛いかった。ハーフアップの髪は清楚極まりない。あれはある意味暴力だ。

 そんな美月と通学できる自分は、きっと幸せなのだろうと思う。ただし、告白する勇気はない。


「うーい、おはよう」


 担任が教室に入ってくる。

 思い思いに過ごしていたクラスメイト達が一斉に席についた。いつもの朝の風景だ。

 ただ、今日は様子が違った。

 担任の後ろに着いてくる人影に、クラスのほぼ全員が注目した。陽壱もちらりと視線を向けた。


 まず、流れるように美しい金髪が目に入った。そして、健やかな活気が満ちているような、丸く大きな碧眼。すっと通った鼻筋から続く、小さな唇にはささやかに笑みを浮かべている。学校指定の地味なセーラー服まで、美しいドレスに感じられた。

 それは、まるで空想上の人物のような、完璧ともいえる美少女だった。

 小学校高学年くらいの。


 教室内はざわめくことなく、静寂が保たれていた。落ち着いているわけではなく、あまりにも特異な状況に、皆が言葉を失っているようだった。


「はーい、留学生を紹介しまーす」


 担任は教壇の前に立ち、生気のない瞳を生徒たちに向ける。いつも元気はないが、今日は特別に力のない声だ。

 担任に促され、少女が一歩前に出る。ツインテールに結われた長い髪が揺れる。


「レイラ・レイラックです。レイラって呼んでください」


 高くて甘く、よく通る元気な声が教室に響く。レイラと名乗った少女は、勢いよく頭を下げた。ただ、それを見つめる生徒たちは混乱から脱していないようだった。

 静寂が流れる。


 陽壱は目立たないよう、小さく手を叩いた。それに触発されるように散発的に手が叩かれ、教室内は大きな拍手に包まれる。

 頭を上げたレイラはにっこり笑った。


 音が止んだのを見計らい、担任がレイラの留学について説明を始めた。

 彼女は日本の文化を学ぶため、一ヶ月の短期留学に来たそうだ。家庭の事情のため、出身国は明かせないらしい。


「レイラックさんは、皆と同じく高校二年に該当する年齢だ。仲良くしてくれ」


 レイラの身長はどう見ても小学生だ。同い年だと知ったクラスメイト達からざわめきが広がる。

 目立ちたくはなかったが、仕方ない。陽壱は席を立った。


「先生ー、席はこれで?」


 先週の金曜日に担任から頼まれて運んできた机と椅子を指差す。視線が陽壱に集中した。

 一部の男子生徒からは『また浅香か』という意思を感じた。


「ああそうそう、席は窓際の一番前な。ひとつずつ下がってくれ。浅香、その椅子と机よろしくな」

「はーい」


 とりあえずの混乱は収まり、微妙な緊張感に包まれつつも、朝のホームルームが始まった。


 その日は授業中以外、レイラの周りは常に人だかりができていた。席が近いため、話している内容が耳に入ってくる。容姿を褒めるものや留学の理由など、いたって普通の話だ。

 渦中のレイラは、少し発音に違和感はあるものの、流暢に日本語でやり取りをしている。日本に憧れていたとも聞こえてきた。きっと、相当な努力をしたのだろう。


 陽壱も興味がないわけではなかったが、その中に割って入ることはしなかった。男子連中から無駄に敵視されるのも嫌だし、レイラ本人も困っている様子ではなさそうだ。


 級友の何人かは「浅香はいいのか?」と言ってくれたが「俺はいいよ」と答えた。それに苦笑いを返され、事情を察してもらえたことがわかった。いい奴らだ。

 それに、どちらかというと、美月の手作り弁当の方が気になっていた。今日はミニハンバーグあたりだと嬉しい。


「ねぇ、あなたのお名前は?」


 妄想しつつ窓から外を眺めていた陽壱に、不意に声がかけられた。


「へ?」


 間抜けな声を上げ、顔を正面に向ける。声の主は、可憐な笑顔を陽壱に向けていた。


「私はレイラ・レイラック。あなたは?」

「浅香 陽壱、です」


 レイラは満足げに頷くと。机に手を乗せ、顔をぐいっと前に出した。


「教えてくれてありがとう。ヨーイチね。レイラって呼んで」

「う、うん」

「ヨーイチ、ずっと一人だったけど、大丈夫?」


 吸い込まれそうな蒼い瞳を、真っ直ぐに向ける。どうやら、陽壱を気遣っているようだ。

 たぶん、レイラに群がっていなかったことを、孤独だったと勘違いしている。


「大丈夫って?」

「そうだ! 私が友達になるヨ! そうしたら寂しくない」

「は?」


 陽壱は気付いた。この子は凄く優しい。そして早とちりだ。

 これはまずい。とてもまずい。

 受け入れればとても面倒なことになる。美月との時間が減る可能性も多々ある。

 逆に断ってしまうと、レイラの思いやりを無下にすることになる。

 陽壱が葛藤していると、レイラの目がどんどん優しくなっていく。


「あっ、ちょっと耳をかしテ」


 何かを思い出したように、レイラは陽壱の耳元に唇を寄せる。柔らかな髪が頬をくすぐった。


「朝はありがトウ。ヨーイチのおかげで助かったヨ」


 朝のフォローに気付かれていたようだ。周りを見た気遣いもでき、察しもいい。なにより、とてもいい子だ。

 陽壱には、選択の余地がなかった。


「ありがとう、レイラさん」

「レイラと呼んでネ。ヨーイチ」


 ツインテールの美少女は、花が咲くような笑顔を見せた。

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