第2部 その4「あれは革新的だっタネ」

「ねぇ、ミツキ」


 そろそろ昼食も終わりかという頃、レイラが美月の弁当を指差した。


「んー、なぁに? 玉子焼ほしいの?」

「ううん、違ウ違ウ。その、袋」


 陽壱も気になって、美月の方を覗きこんだ。

 レイラが指差していたのは、ふりかけの入っていたプラスチック製の袋だったようだ。そこには女児向けアニメのヒロインが印刷されていた。

 そちらの事情に詳しくない陽壱でも、名前を知っている程度には有名なアニメだ。十年以上続く長寿シリーズらしい。うろ覚えだが、小さい頃に美月と一緒に見ていた記憶もある。


「ああー、これ?」


 美月が照れたようにはにかむ。どんな表情でも可愛らしく見えてしまうのには、いつも困る。


「従姉妹がね、どうしてもこれのオマケが欲しいんだけど、ふりかけは食べないって困ってたから貰ったの。可愛いでしょー」


 美月は袋をプラプラ振りながら説明する。

 描かれているのは主人公の少女なのだろう。紫色の髪をツインテールにして、色とりどり蛍光色のボディアーマーを装着している。

 改めて見ると、どこかで見たようなデザインの衣装だ。


「それ、売ってるノ?」

「うん、スーパーで普通に」

「そうなの? オマケって?」

「たしか、この子のカードだったよ」

「カード!」


 レイラの声が今までより弾んでいるような気がする。


「ミツキは、これ知ってるノ?」

「今は見てないけど、小さい頃は見てたよー」

「ほんト!?」


 レイラが美月に向かって体を乗り出す。反対側に座る陽壱の頬を、ひるがえったツインテールが叩いた。


「どのシリーズ見てたの?」

「えっとねぇ……たぶん最初のやつかな」


 突然の勢いに押されているようだ。美月は体を少し後ろに逸らす。


「最初のやつネ。あれは革新的だっタネ。だって女の子が変身して戦うんだもノ。女の子 も悪い人と戦っていいんだって時代の流れを表現してルよね。それも、ひとりで孤独に。そのあとのシリーズは、はじめはひとりでも途中から仲間が増えるかラ、あの独特な雰囲気は初代だけだよネ。私はね、全部見てるけどやっぱり初代が一番好きかナ。さすがに作画に古くささは隠せないけど、それはそれで味トいうか。でも、最終回は今でも通用するんじゃないかってくらいヌルヌル動いて……あ……」


 早口でまくし立てていたレイラは、一時停止した。少し驚いている美月の顔に気付いたからだろうか。

 素早く陽壱と美月の間に座り直す。うつむいた横顔を見ると、真っ赤に染まっていた。


「あの、ごめんなさイ」

「ん?」


 急な謝罪に美月は首をかしげる。

 膝に乗せた小さな手は、小刻みに震えていた。


「びっくり、させちゃっテ。私、好きなことになるとこんな感じで」


 だんだんと声が小さくなる。


「気にしなくていいよ。私もびっくりしちゃってごめんね」

「え? 気持ち悪くなイ?」

「うん、全然。ちょっと驚いただけだよ」


 美月はレイラの手を置き、綺麗な金髪を撫でる。それでも不安そうな表情は消えない。


「小さい頃、よういちと見てたしね。今もたまに従姉妹と見るよ」

「ヨーイチも?」

「うん、あんまり覚えてないけど見てた」

「そっかぁ」


 レイラの顔に笑顔が戻ってきた。やはり美少女には笑顔が似合う。


「私ね、このアニメで日本に憧れてたの。この歳でこういうの好きな子は気持ち悪いって思われるのも知ってたんだけど、だめだネ。我慢できなかったヨ」


 きっと話が通じる相手を慎重に探すつもりだったのだろう。そんな中で、勘違いとはいえ気にかけてくれたことを、陽壱は改めて嬉しく思った。


「趣味に付き合うのも友達だよな」

「そうそう、好きなこと教えてくれてありがとうね、レイラちゃん」

「ヨーイチ、ミツキ」


 ベンチから立ち上がり、陽壱と美月を密着させる。美月と頬が触れ合い、陽壱の心臓が高鳴った。


「ありがとウ。二人とも大好き」


 レイラは二人を抱き締めた。陽壱はその真っ直ぐな性格を好ましく思った。

 その時ちょうどチャイムが鳴り、昼休みは終わりを告げた。


「戻ろうか」

「うん、ヨーイチ、ミツキ! 友達ネ」


 美月の教室の前で手を振り別れ、陽壱とレイラも自分達の教室に戻った。


「みんな、急に出ていってゴメンネ。ヨーイチ、いたよー。一緒にオベントウ食べてきましター」

「マジか……」


 教室に入るなり、レイラが大声を出す。

 クラスの全員が陽壱を注目した。それには、嫉妬、羨望、同情など様々な感情が込められていた。どこかから「また浅香か」という声が聞こえた気がした。

 陽壱は、レイラの真っ直ぐな性格を好ましくも恐ろしいと思った。

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