第1部 その8【完】「変身ヒロインに助けられた男女は結ばれる」

 バイトのキラッキラな服装に身を包んだ優紀は、地面に向かって急降下していた。

 現れたノイズはこれまでに見たことのない特大サイズだ。

 実は、ノイズから発せられる異音を聞くのはこれが初めてだった。想像していたよりも遥かに不快な音がする。あの二人は《ろ》を選ぶしかなかったとはいえ、これを何度も耐える前提で協力してくれていたのた。改めて深く感謝した。

 サイズと音量は比例しないが、友達と言ってくれた人に我慢をさせている。早めに処理をしなければ。


 ノイズが射程に入る。右腕で『ノイズ消滅用粒子発生砲』を構える。まるでアニメに出てくる武器みたいな見た目だ。昨日までは恥ずかしかったのに、今日はどこか誇らしい。


 慎重に、そして急いで狙いを定め、優紀はトリガーを引いた。

 銃口に見える部分からよくわからない光が飛び出し、視界の揺らぐよくわからないものを包んだ。その瞬間、異音が消えた。


「大丈夫ですかー?」


 前と同じように声をかける。

 もう、無理をした明るさはいらない。素の自分として、声をかけた。でも、ついつい必要以上に明るい声が出てしまった。癖はなかなか直らないみたいだ。


「うん、大丈夫」

「おっけーだよー」


 優紀は無性に嬉しかった。

 着地した際に、手首から機械音声が聞こえた。


『congratulation』


「あ、ノルマ達成したみたいです」

「おおー、さっきの大きかったもんねー」

「よかったね、佐久間さん」


 二人にお礼を言った後、優紀は公園の隅に隠れ手首にあるスイッチを押した。


『change clothes』


 小さな機械音声が聞こえる。


「制服に」

『all right』


 優紀の体は淡い緑色の光に包まれる。五秒ほど経過したところで光は消えた。

 そこにはセーラー服にメガネ姿の優紀が立っていた。優紀は週末にでもコンタクトレンズを買いに行こうと思った。


 駅で二人と別れ、有限会社 地球防衛隊に目標の達成を報告した。確認の結果、バイト代の四十二万円はちゃんと支払われることになった。


 それから一週間ほどは、自分の変化による周囲の変化に戸惑って過ごした。メガネからコンタクトに変えたところ、男女問わず声をかけられることが増えた。時々困ることもあったけど、陽壱や美月が様子を見に来て安心させてくれた。

 その中で、気が合う相手も数人できた。前のままでは、話すこともなかったような人たちだ。


 そんな目まぐるしい日々だったが、優紀はどうしても消えない気持ちを抱え続けていた。


『浅香くんが好き』


 以前から恋のようなものをしていた自覚はあった。ただ、あの日バイトの姿を見られて以来、想いは膨れ上がり続けていた。

 想いを告げたとしても、たぶん彼は優しく断るだろう。それはわかっている。それでも、胸は痛むばかりだった。


 以前は自分を認識してくれる人として、恋とも呼べない憧れる対象のようだった男の子。今は明確に恋と認識できる。

 あの明るさ、あの優しさ、あの包容力、たまに見せる慌て者な部分。思い浮かべる度に不思議な高揚感に包まれる。

 これ以上、自分の中に留めておくことはできないみたいだ。


 悩んだ末に優紀は、結果の見えている勝負に挑むことを決心した。

 優紀は本校舎四階の端にある資料室へ、陽壱を呼び出した。ここは、思い出の場所だ。


「来てくれてありがとう」

「うん、どうした?」


 これから何が告げられるか、陽壱は微塵も気付いていない様子だ。それは、朴念仁というわけではなく、他の女の子に目がいっていないということだ。そんなこと、優紀には簡単にわかる。


「ここで浅香くん、ううん、陽壱くんに見られてからいろいろあったね。美月ちゃんと一緒にお茶したり、無理してくっついたり」

「あれは大変だったなぁ」

「そのおかげでね、私はちょっと変わったんだ。友達もできたよ」


 緊張すると、いつの間にか前髪をいじっている。癖になってしまったみたいだ。


「うん、無理してない?」

「ありがとう、大丈夫だよ。陽壱くんと美月ちゃんには凄く感謝してる」

「そうそう、佐久間さん、敬語もやめたよね。そっちの方がいいと思うよ」


 佐久間さんと言われて、優紀は思わず笑ってしまった。勇気を出してみたけど、やっぱり自分は眼中にないみたいだ。


「じゃあ、本題」

「うん?」

「私ね、陽壱くんのことが好き」

「え?」


 ぽかんとする陽壱。その間抜けな姿にまた笑ってしまう。


「えっと、それは、男としての?」

「うん、彼女になりたい。告白だよ」

「あー、えーと」


 そんなに露骨に困らなくてもいいのに。仕方ないなと、優紀は助け船を出すことにした。


「大丈夫だよ。答えはわかってる」

「え?」

「私は気付いてるよ」

「あ……」


 しまった、という陽壱の態度が悔しくて、やっぱり意地悪をすることにした。


「これ以上は言わないよーだ」

「お、おう」

「ありがとう、聞いてくれて。凄くすっきりした。これからも友達でいてね」


 この結果になることは覚悟も納得もできていた。だから、捨て台詞くらいは吐いてもいいと思う。


「陽壱くん、私ね、とっても美人らしいんだ。いつか私を振ったこと、後悔させるからね」


 そう言い残して、優紀は資料室を飛び出した。さすがに陽壱の前で泣くわけにはいかない。


 翌日、優紀は学校を休んだ。

 泣き腫らした顔を、陽壱や美月には見せたくなかったから。

 大好きなあの二人とは、これからも友達でいたいから。


 それから、優紀の生活は順調だった。

 学校では友人も増え、自分を隠さず楽しく過ごせている。


 バイトも上手くいくようになった。

『駅近くの公園前で異音を聞いて、変身ヒロインに助けられた男女は結ばれる』

 そんな噂が校内に流れるようになり、ノルマに悩むことが激減した。正体がバレるのを防ぐため、ゴーグルで顔を隠すようにしたところ、謎の変身ヒロインとして変に人気が出てしまっていた。恋のキューピッド扱いもされてしまい、それには優紀も困惑した。


 陽壱と美月は相変わらずだ。

 たまにあのコーヒーチェーンでお茶をしている。

 いつまでもお互いの気持ちに気付かない二人を見守るのも、楽しみのひとつになった。



 卒業後、有限会社 地球防衛隊の正社員になった優紀はその美貌を生かし、宇宙人の存在を公表する計画の広報担当となる。

 その中で社内恋愛をして結婚することになるのだが、それはまた別のお話。



第1部『同級生:佐久間 優紀』 完

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