第1部 その7「友達になってください」
反省会の翌朝、陽壱と美月はいつも通りの時間に、いつも通りの電車で通学していた。
ただし、ひとつだけいつもと違うことがあった。学校から最寄りの城際山駅にて、優紀と待ち合わせを約束しているのだ。
「楽しみだねー」
「一緒に学校行くだけだろ?」
「さて、どうでしょー」
今日は長い髪をポニーテールに結った美月は、とても嬉しそうだ。左右に揺れる尻尾も、気持ちに合わせてはしゃいでいるように見えた。
改札を抜けたところで、美月はきょろきょろと優紀を探す。携帯電話で呼んでみた方がいいだろうか。
陽壱も同じく駅構内を見回すと、柱にもたれて立っている女生徒に目がいった。角度的に顔は見えないが、通り掛かる人々が二度見をしている。
女子高生にしては背が高いからだろうか。じろじろ見るのも失礼とは思いつつ、興味本位で気になってしまう。
「あ、優紀ちゃーん」
不意に、美月がその女生徒に向かって手を降る。振り向いたのは確かに佐久間 優紀だった。しかし、昨日までの彼女とは明らかに違っていた。
周りの人間が振り向くのも、頷けると思えた。
陽壱より少し高い長身はそのままだが、昨日までとは違い、胸を張り背筋をピンと伸ばしている。
髪はショートボブ、長かった前髪はおでこが半分見える程度に切り揃えられている。流れるように形の良い眉が、切れ長だが大きい瞳を飾っていた。
メガネはそのままだが、まるで別人のようだった。
「おはよーう」
「あ、おはよう」
陽壱たちを見つけてはにかむ優紀は、年相応に見えた。
「おはよう、浅香くん」
「おはよう佐久間さん」
「ど、どうかな?」
自信なげに前髪をいじりつつ、優紀が上目遣いで問いかける。
「うん、似合う」
「よかった」
優紀は恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「ふふふー、やっぱり優紀ちゃん可愛いよね」
「なんで美月が誇らしげなのさ」
頭半分ほど高い優紀を前に、美月はご機嫌だった。学校まで三人連れ立って歩く。その途中、かなりの視線を感じた。優紀の美貌はとても目立っていた。
変化の理由が気にはなるが、それを聞いてしまうのは野暮だろう。陽壱は、本人から語るまでは触れないでおこうと決めた。
「浅香くん、美月さん、今日も付き合ってもらってもいいですか?」
「うん、そのつもりだったよ」
「私もー」
「ありがとうございます。その時に、これの理由も聞いてくださいね」
気になるのか、優紀はしきりに前髪を触る。時々背中が丸まってしまいそうになるのに気づいて、慌てて伸ばしている姿が微笑ましい。
陽壱の判断は、やっぱり正解だったようだ。
学校に到着し、三人は別々の教室に入っていった。
その日、陽壱は優紀にまつわる噂話を大量に耳にすることになる。
『三組にモデルがいる』
『佐久間 優紀は隠れ美女だった』
『また浅香がたらしたのか』
『深川は浅香をどうにかしろ』
等々……
自身に対してのものは慣れているし、美月も充分にわかってくれている。ただ、優紀は困っているのではないかと、休み時間に様子を見に行ってみた。
そこには、クラスメイトと談笑する優紀がいた。少々心配しすぎていたようだ。
美月と弁当を食べている時も「よういちは気にし過ぎだよー」と言われた。鰤の照り焼きは美味しかった。
そして放課後。
「よろしくお願いします」
例の公園まで向かう途中、優紀は二人に向かい頭を下げた。
「いいよいいよ、気にしないで」
「そだよー」
「ううん、違うんです」
首を横に振る優紀。
「今日はバイトの協力者というより、話を聞いてもらいたくて」
「うん、気にしないで話して」
陽壱を真ん中にして歩きながら、優紀はぽつぽつと話し始めた。
「今日は目立ってしまってびっくりしました。話したことのない子にも声かけてもらったり。でも、私はあんまり自分に自信がないんです。背も高いし、目立つのは苦手で」
そう言いながらも、優紀は一生懸命に背筋を伸ばす。変化を決意させる何かがあったのだろう。
「中学生の頃、急に背が伸びたんです。クラスで一番くらい。男の子にはそれをからかわれて、女の子にはひそひそ何か言われて、とても恐くて。だから、目立たないように隅っこにいました。この言葉遣いもそれからです」
苦しそうに語る優紀。
陽壱はあいづちするだけで、余計なことは言わない。美月も同様だ。
「高校はなるべく同じ中学の子がいないところを選びました。でも、それだけじゃ同じでしたね。私から関わるのは恐くて、結局一人です。その中でも、浅香くんは声をかけてくれました。みんなの中の一人なんだろうけど、嬉しかったです」
そろそろ公園が近づいてきた。優紀は先程の言葉通り、バイトをするつもりではないようだ。変身する様子を見せない。
「でも、私はそれで安心してしまっていました。人の中にいられたから。二年になって、浅香くんとクラスが分かれたら、また一人です。そうですよね、私は何も変わっていなかったから。バイトも同じです、あの格好して違う人間になったつもりでいました。それも、つもりだけでした」
公園の前、優紀は立ち止まる。
「薄々感じてはいたんです。でも、勇気がなくて何もしていませんでした。それを昨日、突きつけられちゃいました」
優紀は陽壱を見つめる。
「俺?」
「そう、浅香くん。あとは美月さんにも。それでね、私なりに頑張ってみたんです。そしたらやっぱり目立っちゃって。変ですよね、これ」
また優紀は前髪をいじる。
目立つことを恐れている優紀からすれば変ということなのだろうが、実際は逆だ。美人過ぎて目立っていた。
「佐久間さんが魅力的だから目立ってたんだよ。少なくとも俺はそう思う。な? 美月」
「うんうん、とっても綺麗で可愛いよ」
二人の言葉に、優紀の表情がぱっと明るくなる。
「嬉しいです。あの、ひとつお願いしてもいいですか?」
「うん、どうぞ」
優紀は陽壱と美月に向かい、ゆっくりと右手を差し出した。
「私と、友達になってください」
目を閉じて、顔を赤くする優紀。
陽壱は驚いた。美月はにっこり笑っていた。
「今までも友達だと思ってたけど、改めてよろしくね」
「もう友達だし“さん“はやめてねー」
三人で手を握る。
優紀は泣きながら笑っていた。陽壱は、その姿を綺麗だと思った。
「わ、優紀ちゃん、公園!」
ちょうど公園の方を向いていた美月が叫ぶ。
その視線を追うと、公園全部を覆うように景色が揺らいでいた。
「佐久間さん」
「うん、行ってきます」
優紀は光に包まれて、上空へ飛び上がった。
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