第1部 その6「反省会をはじめます」

 美月はストローを一口分吸った。

 今日は期間限定ではなくて、通常のメニューだった。お気に入りの抹茶味。


「反省会をはじめます」


 この前と同じおしゃれなコーヒーチェーンの、この前と同じ席。

 飲み物を前に座った陽壱と優紀は、それぞれ違う面持ちで美月を見つめた。


 美月の隣に座る陽壱は、これから何が起こるか期待していた。鋭い美月のことだ、さっき失敗した原因を言い当ててくれるのだろう。

 対して向かいの席に座る優紀は、前髪とメガネの向こうにある目を伏せていた。怯えているようにも見える。

 彼女が何に怯えているのか、美月は理解している様子だった。


「司会はこの私、深川 美月が務めます」


 美月は努めて明るく、おどけてみせていた。人差し指で、メガネを持ち上げる仕草をする。美月はメガネをかけてはいない。


「おー」

「よろしくお願いします」


 二人は周りに配慮し、小さい音で軽く手を叩いた。


「あの、深川さん」

「はい、なんでしょう佐久間さん」

「その、ノイズが出てこなかった理由って、なんでしょう?」


 おずおずと質問する優紀。


「とても良い質問です佐久間さん」


 どうやらこのキャラを続ける気のようだ。

 美月はたまに陽壱にも意図がわからないことをする。大抵の場合、それが問題の解決に繋がるから不思議だ。そんなところも魅力のひとつだと思う。


「たぶんね、仲良しってところなんだと思うんだ」


 早速キャラに飽きたようだ。

 状況に流されやすい陽壱とは対称的で、美月は基本的にマイペースだ。


「仲良しに、ですか?」

「そう、私もね、もしかしたら勘違いしてたかもしれないんだけどね。ノイズ的には、くっついたら仲良しってなるわけじゃないみたいなんだよね」


 美月は抹茶味を一息分吸い上げる。


「で、考えたの。ノイズが出てきた時に私は何を思っていたのかなって。よういちも思い出してみて」

「おう」


 過去三回、ノイズが出てきたときを思い浮かべる。

 一回目。

 噂話を楽しそうに話す美月を好きだと思った。

 二回目。

 近すぎる距離感に緊張が限界だった。そのまま抱き締めてしまいたくなっていた。

 三回目。

 演技とはいえ、嫉妬する風の美月が可愛くて心を射抜かれた。


(そういうことかよ……)


 陽壱は頭を抱えたい気分だった。こいつを素直に話したら、美月を恋愛的な意味で好きなのがバレてしまう。


「よういち、どうだった?」

「あ、ああ、美月と話すのは楽しいなと」


 かなり苦しいが、嘘ではない。これなら友情の範囲内のはずだ。


「そう、そういうことなのです!」

「は?」

「え?」


 美月が立ち上がり陽壱を指差した。にんまりという言葉が相応しいくらいに、口元が変に緩んでいる。


「つまりね、楽しくないとだめなんだよ。たぶん。だってね、私もあの時はとってもた……タノシ、カッタ、デスシ」


 最後の方がなぜかカタコトになっていたが、美月の仮説は充分に納得できるものだった。それとは別に、陽壱は心の中で激しいガッツポーズをした。


「佐久間さんはどうだった?」

「わ、私は……」


 優紀は目を伏せて言いよどむ。

 しばらく無言の時間が過ぎた。陽壱はスパイス入りのミルクティーを口に含んだ。今日はいろんな意味で少々暑いのでアイスにしていた。

 優紀も冷たいチョコレートソース入りのコーヒーを飲んで、意を決したような顔を向かいの二人へ向けた。


「私は、無理していました」


 再び優紀は口を閉ざす。次の言葉が出てくるまで、陽壱は辛抱強く待った。今日は奮発してトールサイズにして正解だった。

 隣の美月は、微笑んでいた。優紀が何を言いたいか、わかっているようだった。


「あの格好をすれば、変われるかなって思って。近くにいれば、私を気にかけてくれるんじゃないかなって。浅香くんの気持ちも考えず、必死に自分をアピールしてました。きっと、浅香くんも……私も楽しくなかったです」


 途中から声を震わせ、泣きそうになりながらも、優紀は心情を語った。

 美月がテーブル越しに、その落ちた肩へ手を置いた。


「私も勘違いしててね、最初によういちにくっついちゃったから、勘違いさせちゃったね。ごめんね」

「そんな、深川さんは悪くないです」


 美月は優しく笑って、優紀に耳打ちする。それを聞いて、優紀は驚きの表情を見せた。

 ただし、陽壱には何を言ってるのか全く聞こえなかった。


「あとね、優紀ちゃんって呼んでもいい?」

「は、はい。嬉しいです」

「よかった。できれば、私のことも美月って呼んでね」

「はい、美月……さん」


 にっこり笑う美月と、はにかむ優紀。

 問題は女子同士で解決したようだ。少なくとも、二人は仲良くなっているように見えた。

 若干の疎外感はあるが、ここは口を出してはいけない部分だろう。陽壱は出かかった言葉を飲み込んだ。


「あ、まだ間に合うかも。今日は失礼しますね」


 すっきりした様子の優紀は、店の時計を確認し慌ててチョコレートソース入りのコーヒーを飲み干した。


「あの、明日の朝、駅の改札で待ち合わせしてくれませんか?」

「いいよ」

「もっちろん」


 優紀はその勢いでバタバタと去っていった。


「何話したの?」

「へへー、女同士の秘密」

「なんだそりゃ」

「私たちも帰ろー」


 美月もなんだか楽しそうなので、それ以上の追及はやめた。


 そしてその翌朝、陽壱は驚愕することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る