第1部 その5「絶対おかしいです」

 陽壱はとても困っていた。

 協力者活動の二日目、今日も陽壱の左腕には美月の腕が絡まっていた。今日はゆるい三つ編みを右肩から前に垂らしている。とても可愛い。

 そこそこ大きめの胸が肘に当たって、ほんのり柔らかな感触を伝えてくる。

 それはいい。とてもいい。


 問題は右隣だ。

 全身を包む真っ黒でピッチピチのインナーに、身体の各所を守るように配置された蛍光色のアーマー。髪はロングのツインテール。しかも銀髪。

 整いすぎたスタイルは、衣装で強調され大変なことになっている。顔は美人な上にばっちりメイク。

 平凡な街には違和感のすごい美女が、満面の笑みで陽壱と腕を組んでいた。

 だいぶ大きな胸元をカバーしている一万二千枚の特殊装甲(優紀談)が、肘にゴリゴリ当たって痛い。


「浅香くん。あ、陽壱くんって呼びますね。いいですよね、振りとはいえカップルですから。グイグイいきますねー」

「お、おう」


 普段の優紀とは正反対のテンションに、どう反応すればいいかわからない。この衣装は性格を変える効果があるのだろうか。

 そもそもなぜ、この格好なのだろう。待ち合わせの時点でこれだったので、ツッコミの機会を見失ってしまっていた。


「よういちー」


 美月は動じずに昨日と同じく演技を続けている。多少慣れたとはいえ、ドキドキは止まらない。これは、将来の予行演習としておきたい。


「陽壱くん、宇宙人は地球にたくさん来ています。見た目は地球人にそっくりなのでばれていないんです。だから、ノイズは地球人にも反応してしまいます。しかも地球人と子供も作れちゃうらしいですよ。ってもう、恥ずかしいこと言わせないでください」


 優紀の話によると、男女が仲良ければ良いほどノイズの出現率が上がり、サイズも大きくなるらしい。

 バイトの厳しい目標を達成するには、小さいものを潰していては間に合わず、大きいものをドンと退治しなければならない状況とのことだ。


 他の地域ではもっとカップルが多く、目標達成も楽なんだそうだ。確かに、陽壱たちの学校にはカップルが多くない。

 そんな風に貧乏くじを引いてしまうのが優紀という子なんだろうと、陽壱は思っていた。


(だからと言って、二人で挟むのはなぁ)


 そんなことから陽壱は、左右で別々の緊張感に襲われていた。


「おかしいですね、こんなに仲良くしてるのにノイズかでてきませんね。なぜでしょうね、陽壱くん」


 キラキラの優紀が顔を覗き込んだ。美月とは違う濃厚な甘い香りがした。体臭とも化粧ともつかない不思議な感覚に、頭がクラクラする。


「んー、こっちも見て」


 美月が頬を膨らまし、陽壱の左腕を引いた。とても愛らしい。好きだ。


「あっ、ノイズの反応です。お二人とも少し我慢してくださいね」


 優紀は陽壱の腕から離れると、すごいスピードで上空へと飛び去っていった。ノイズは音の発生後しか消滅させられないらしく、数秒間耐える必要がある。耳をふさいでも、あまり意味はないそうだ。


 ちなみに、上空から急降下してノイズを処理するのは宇宙人の趣味とのことだ。

 変身ヒロインみたいな衣装といい、処理方法の指定といい、宇宙人はやりたい放題だ。絶対どこかでニヤニヤ見ていると陽壱は確信している。



「美月、掴まってていいからな」

「うん、ありがと」


 美月へ気休めの声をかけつつ、横目で公園を見た。空気の揺らぎは昨日と同じくらいのサイズに感じた。


 少しは慣れた嫌な音の後、揺らぎは光に包まれる。陽壱にはどういう原理かさっぱりわからないが、ノイズは消滅した。


「大丈夫ですかー?」


 キラッキラ優紀がゆっくりと降下してくる。三度目となるともう、お馴染みの光景だ。

 ただ、今日はこれで終わりではなかった。


「昨日と同じくらいって、三人で仲良くしたにしては小さいですよね。何ででしょう。これじゃノルマ達成できないので、もう少しお付き合いください」

「佐久間さん、ついにノルマって言っちゃったね」

「ほんとだー」


 再び三人でくっついて、公園の周りをうろうろする。


「さすがに目立ちすぎない?」

「大丈夫です。今日は認識阻害装置を使っていますから」


 優紀は小さいハート型のイヤリングを指差してウインクした。

 宇宙人の考えることは、陽壱の理解を遥かに超えていた。


 想い人と奇抜な服装の美女。両側からアピールされ役得ではあるのだが、陽壱の精神はいっぱいいっぱいだった。 

 しばらくドタバタしたのたが、結局この日はそれ以上ノイズが発生することはなかった。


「おかしいです。絶対おかしいです。こんなに仲良くしてるのに」


 優紀が首をかしげる。

 確かに、昨日と同じサイズが一体だけというのは奇妙だ。三人でかなりくっついていたはずだ。


「はいはいー、その理由わかったかも」

「まじか美月」

「教えてください深川さん」

「ふふふー、反省会だね」


 三人はおしゃれなコーヒーチェーンへ向かった。

 もちろん、優紀は猫背に戻ってから。

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