水陸両用騎士と海坊主

伊達サクット

水陸両用騎士と海坊主

◆10月31日


「どうも海坊主さん」


 騎士は浜辺の岸壁に座る海坊主に声をかけた。

 海坊主は巨大な頭を騎士に向け、気さくに微笑んだ。


「大丈夫ですか、海坊主さん水中のがいいんじゃないですか? なんなら入ってもいいですよ」


 騎士は視界一面に広がる水平線を指差した。


「ああ、いいですここで」

「そうですか」


 騎士は海坊主の隣に腰かけた。


「で、結果はどうでしたか」


 海坊主が騎士に問う。


「……やっぱり、ちょっと厳しいですね」

「そうですか、ちょっと厳しいですか」

「そうなんです。ちょっと厳しいんです」

「なんて言ってるんですか。陸では」

「そうですねえ……。やっぱ、海坊主を殺せみたいな雰囲気になってます。正直」

「そうですか」

「このままでは、私が海坊主さんを殺さなければなりません」

「なんとかなりませんか」

「すいません。立場上そうそう断れないんです。それに私が水陸両用っていう負い目もあるし。どうしてもみんな私に任せようみたいな流れになるんですよねえ」

「やっぱ騎士さんが水陸両用なのが仇となってきますか」

「そうなんですよ。まあ、私が水陸両用でなければ海坊主さんとも知り合えてなかったわけですが……」

「皮肉なもんですなあ。で、いつって決まってるんですか?」

「11月1日」

「そうですか。明日ですか」

「あれ、明日でしたっけ?」

「明日です」

「今日何日でしたっけ?」

「10月31日ですよ」

「ああ、そうか、もう明日から11月だったか。もっと早く会っておけばよかたった。何とか、他へ行ってもらうことできませんか? 海坊主さんを殺したくないです私は」

「私が去ったら海が死ぬ」

「海坊主さんが生きててくれれば海なんて死んだっていい」

「そしたら私はただの坊主だ」

「ただの坊主ですか。それは歓迎しておりません。そうなったら私と海坊主さんの世界が損なわれてしまう」

「でしょうね。そうでしょうね」

「他の海坊主に来ていただくことできませんか? 何も海坊主さんじゃなくて、他の海坊主を殺してみせればみんな満足するんだと思うんですよ」

「いやあ……そうもいきませんよ。やっぱり海違いですからね。よそ様の海坊主さんを巻き込むわけには行きません」

「どうしてですか? 別に死ぬのが他の海坊主だったらいいじゃないですか」

「いや、関係ない海坊主さんを身代わりにするなんてできません」

「海坊主さんの言ってること、私には理解できませんが、海坊主さんが悲しむならやりません」

「騎士さんのそういうところ、尊敬します」

「ありがとうございます」

「しかし、なぜ私は殺されるのでしょうか?」

「この前、勇者が魔王を倒しましたよね?」

「ああ、そう言えば、そんな話ありましたね」

「それで、『勇者が魔王を倒したんだから、水陸両用騎士は海坊主倒せよ』みたいなこと言い始めたんです」

「なるほど、だからですか」

「すいません。世論は手強いです」

「騎士さんのせいじゃありませんよ」

「すいません……」

「いいんですよ。私がこの海で死ねば、私は海に溶けて混ざり、海を豊かにすることができる」

「やはり、なんとか逃げていただけませんかね。どこか海底に隠れるとかでもいいんですが」

「いやあ、運命でしょうね。海が言ってるんでしょうね。明日騎士さんに殺されろと」

「本当に私、海坊主さんを殺したくないんです。明日の今頃には、もう海坊主さんは死んでるんだと思うと辛いです」

「私が騎士さんを倒すってことはあり得ますか? 逆に」

「いえ、私もそれを望みますが、絶対にあり得ません」

「あり得ないですか」

「はい」

「なぜですか?」

「こう言っちゃあなんですが、海坊主さんじゃ私には勝てません」

「ほほう」

「やるとなったら手は抜けません。私は確実に殺します海坊主さんを」

「それでは、最後にやらなければならないことがありますねえ」

「なんですかそれは?」

「私、お金を借りてまして、死ぬ前にそれを返さないと申し訳ないです」

「誰に借りているのですか?」

「『闇の銀行』というところから借りてます」

「どうして借りたのですか?」

「海の神社にお賽銭をしていたら、のめり込み、依存してしまいました」

「最初にいくら借りましたか?」

「金貨一枚」

「あとどのくらい返さないとならないのですか?」

「金貨一万枚」

「借りたのはいつですか?」

「先週ぐらいですかね」

「最初に借りたのは一枚ではなかったですか?」

「利息だそうです。利息なら仕方ありません。悪いのはこっちです。こっちが悪いのに。お金を返す前に死んでしまったら。闇の銀行さんに申し訳がないんです」

「闇の銀行さんはわりかし結構な利息ですね」

「はい闇の銀行さんはわりかし結構な利息です。はい」

「闇の銀行で海坊主さんが話をしたのは何という名前の人ですか」

「いやぁ、ちょっと個人情報なので」

「教えて下さい」

「いや、ちょっとそれは、本当に」

「大丈夫です。ただ聞くだけです。具体的に闇の銀行の担当者の方の名前を教えて下さい」

「……松ポットさんです」

「今でも話は松ポットさんと」

「はい」

「じゃあ松ポットさんがいなければいいのですね」

「いや、たとえ松ポットさんがいなくなっても、松ポットさんの上役のシメ森さんにお金を渡さないと」

「それでは、シメ森さんもいなければいいということですか」

「いいえ、騎士さん、そうはいきません。多分、シメ森さんの上役のサンダーファイヤー富松さんが取り立てます」

「サンダーファイヤー富松さんには上役がいますか?」

「はい、上役だけでなく同僚や部下が大勢。組織の、構成員の人が」

「なるほど、それでは、もう担当者とかいう問題じゃなく、要は闇の銀行そのものがこの世からなくなればいいと。そういうことですね」

「それはそうです。しかし、借りたのは私ですから」

「そうですか……。闇の銀行ってどこにあるんですか」

「どうするつもりですか?」

「どうもしません、ただ聞くだけです」

「すみません、実は、場所自体は知らないんです。いつも松ポットさんとはこの海岸でやり取りしてるもんで。店まで出向いたことがないんです」

「そうですか」

「はい。じゃあ、私はそろそろ海に帰ります」

「分かりました。それでは、明日あなたを殺しに参りますので」

「了解しました。よろしくお願いします」

「お疲れ様でした」


 その夜、高利貸を行う組織『闇の銀行』が壊滅した。そのとき建物内にいた構成員はもちろんのこと、中で取り立てを受けていた債務者達までもが一人残らず、八つ裂きの血祭りになっていた。


◆10月32日(※海坊主カレンダー)


「海坊主さん、あなたがお金を借りている闇の銀行はもうこの世に存在しません。もうお金を返す必要はありませんよ」

「騎士さん、あの後、何かしたんですか?」

「いえ? 何もしてませんよ?」

「私と騎士さんの世界で、嘘はなしでしたよね?」

「……海坊主さん、闇の銀行の場所、知ってましたよね?」

「なぜそう思うのですか?」

「私、先週、海坊主さんが闇の銀行に入ってくところ、見てたんです。最初から」

「……そうでしたか」

「まあ、そんなことより、これ見て下さい。私と海坊主さんの『海坊主カレンダー』。昨日作ったんです。ほら、今日は10月32日です。まだ11月1日じゃないんですよ」

「……もう、いいんです」

「えっ?」

「私を殺して下さい」

「それはできません。だって私と海坊主さんの世界では、11月1日じゃないんですから」

「私は、あなたの両親を食べたんですよ」

「ああ、でもそれは仕方ないですよね、海坊主さんは人を食べるんですから」

「あなたの兄弟も食べました」

「仕方ないです。海坊主さんは人を食べるんですから。食べないと生きていけないんですから」

「あなたの婚約者も食べました」

「ああ、それもそんな気にしないでいいです。親の決めた相手で、私はそんな好きじゃなかったんで」

「では、私はあなたを食べることにします」

「私が食べられたら、私と海坊主さんの世界がなくなってしまう」

「私だって悲しいですが、あなたに殺してもらうため、仕方ありません」

「それはやめてほしいです。でも、もし、海坊主さんが本気でそう思っているのであれば、騎士として受けて立たねば、海坊主さんの気持ちと覚悟に対して無礼です」

「私は本気です」

「……承知しました。海坊主さん」

「はい」

「今まで、ありがとうございました」

「こちらこそ。楽しかったです。人間はおいしかったです。海底人より全然おいしかった。地上に来てよかった。人間の味を知れて」

「そう言ってもらえると嬉しいです。私は信じます。たとえ種と種が相容れなくとも、個と個なら、種の壁を超えられる。私と海坊主さんのように」


◆10月75日(※海坊主カレンダー)


 水陸両用騎士は、一族に伝わる鎧を着ることで、水中でも呼吸でき、自由自在に海の中を飛び回れる。その鎧のおかげで、水陸両用騎士は海坊主と出会えた。


 騎士は信じる。


 個と個が通じ合えば、種を超えた絆を育むことは可能だと。そして、その絆は時を超え、永遠に続いていくのだと。


 騎士と海坊主の世界は、終わらないのだ。終わらせない。

 

 幼い頃、剣を取ったら、周囲の人間は持て囃したが、しばらくしてすぐに取り上げられた。あまりにも才に秀で過ぎる。お前の才は周囲に恐怖を与える。これ以上、上達すべきではないと言われた。


 仕方なく魔法を始めたら、それもすぐにやめるよう言われた。師が何も教えてくれなくなった。これ以上力を伸ばせばきっと周囲を不幸にするとのことだった。


 驕りだった。調子に乗っていたのだ。自分は余りに非力。もっともっと、剣も魔法も研鑽に励んで、誰よりも強くならないと、自分と海坊主の世界など到底守れない。


「初めまして。あなた、海坊主さんですか?」

「おっ、なんやねんいきなり。びっくするやんけ。何で人間がこんな海の中におんねん」

「私、水陸両用なんで」

「へぇ」

「地上って行ったことあります? 食べ物がいっぱいあるんですよ」


<終>

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水陸両用騎士と海坊主 伊達サクット @datesakutto

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