高架下の幽霊

青キング(Aoking)

高架下の幽霊

 三文ホラー小説で佳作を受賞した僕は、傑作を待つ編集の期待に応えるために目下題材探し中だ。

 そんなころ友人でフリーターの良平から電話口でお誂え向きな話を聞かされた。

 俺の今住むマンションの近くの高架で幽霊が出るらしいぜ、とのことだった。

 新規性のある題材が欲しかった僕は、一緒に見に行かねという良平の誘いに乗り、次の日良平のマンションを訪ね、二人で噂の高架下に向かった。



 快晴の日照りがさんさんと降り注ぐ昼時に僕は良平と並んで歩道を歩いている。

良平は金髪にアロハシャツの出で立ちでいかにもヒッピーという感じだ。


「なあ、良平?」

「う、なんだ?」

「お前の言ってた幽霊の噂って具体的にどんなのだよ?」


 ホラー小説の題材にするには事象の背景というのは大事である。

 思い出すような間をもって良平は答える。


「そうだな、たしか深夜に高架下に女の幽霊が出る、って聞いたぞ」

「高架下とは言っても詳しいとこどこの辺りか知ってる?」

「細けえな。高架下は高架下なんだろ」

「場所は重要なんだよ。こっちは小説に使うかもしれないんだからな」


 こちとら取材だ。野次馬根性で訪れた良平とは違うのだ。


「わっーたよ。幽霊を見た奴に訊いてみるよ」


 渋々という感じで良平はスマホをズボンのポケットから取り出し、幽霊に遭遇したという人と電話で話し始めた。


「……あんがとな」


 二言三言話して電話を切る。


「見た奴が言うにはな。高架下の曲がり角だってよ」

「それって高架下とは違うんじゃないか」

「それがな、見た奴の友人が言うには、高架下を出てすぐだから高架下だってよ」

「それじゃ高架下だな」

「しかしな、見た奴が言うには、高架下を出たら高架下じゃないだってよ」

「それじゃ高架下とは違うか。って漫才してる場合じゃねぇんだよ。早くそこに連れてけ」

「こっちだ」


 キリがない話を打ち切り、僕は良平と件の場所へ向かった。

 

「はあ、ここが幽霊も目撃情報があった場所か」


 良平が僕を連れてきたのは、高架下の影と日向の境目近くだった。


「でもどうしてこんな所に幽霊が出るんだ?」

「詳しい経緯は知らないが、十年前に高架から飛び降り心中した女性がいたらしいぜ。それで女性の落ちた場所がここのへん」


 良平は説明しながら高架下の影と日向の境目を指を大きく回して示す。


「それじゃおそらく良平が電話してた奴が見た幽霊はそれだろう。どんな幽霊だったか見当はついてるのか?」

「たしか女性って聞いたぜ。気になるなら直接聞いてみるか?」


 そう言って、スマホを差し出してくる。

 僕は掌を振った。


「いや必要ない。女性だとわかれば十分だ。それよりも他に目撃談はないのか?」

「ほかにねぇ」


 良平は思い出そうと顎に手を当てた。

 が、しばしして眉をしかめる。


「他の目撃談はないな」

「そうか」


 一人の目撃談では幽霊話として心もとない、と気を落としそうになったところで、良平はニヤリと笑った。


「目撃談はないが、違う人の話で妙なことを聞いたぜ」

「妙なこと?」

「女性の幽霊じゃないんだけどな、夜にここを自転車で通るとき腹あたりに赤ちゃんの手が触れるような感覚があったらしい」

「赤子の鳴き声とかなら怪談として聞いたことあるけど、腹に赤子の手?」

「ああ、そういえば。そいつは鳴き声も聞いたらしい」

「先に言えよ」

「いや、すまん。忘れてた」


 頭を掻いて軽く詫びる。


「まあ、忘れていたのは仕方ない。それより赤子の話はいつ頃のことだ?」

「六年ぐらい前だよ。そん時は気のせいだって思ったらしいけど、女性の幽霊の話を聞いてから思い出したらしい」

「女性の幽霊が出たのはいつ頃だ?」

「一週間ぐらい前だぜ」

「随分最近だな」

「だからここの怪談は出来立て新鮮だぜ」


 自分の関わった事柄じゃないのに良平は自慢するように親指を立てた。

 怪談を取れたての野菜みたいに言うな。



 良平もあまり詳しくないという女性の飛び降り心中について調べるため、僕は良平に案内してもらって高架上までやってきた。

 ここの高架は鉄道では無く車道なので、車で登ってこれば誰でも入れるのだ。


「飛び降り心中があったのがどこだ?」


 寄せた車から降りて良平に尋ねると、良平は運転席から腕を伸ばして指さす。

 指さす先には、白いガードレールと歩道を挟んでその奥に大人がよじ登れそうなこれといってコンクリートの塀がある。

 僕はコンクリート塀の飛び降り心中現場に近づき、異質な空気を感じないかと意識を尖らした。

 だが、僕の神経には何も感じなかった。しいて言えばコンクリート塀でできた日陰による涼しさだけである。


「道路の邪魔になっちまうから早く戻れよ」


 良平に促されて、僕は仕方なく車に戻る。

 結局、この日はたいした収穫もなく、高架下の幽霊話は僕の中で段々と薄れていった。



 だが、十年後。僕は高架下の幽霊話を思わぬ筋から聞くことになる。


「先輩。高架下の幽霊を調べに行きましょうよ」


 後輩ホラー小説化の晃が、ぜひぜひとかつてホラー小説を書いていた僕の同行を望んできた。

 今の僕はホラー小説から身を引き、刑事サスペンスばかり書いて社会派ミステリー作家になっている。


「そんな幽霊話。一人で調べに行けよ」

「だって、あそこの幽霊話マジなんすよ。つい先週も幽霊を見たって話でしたし、

目撃者の多くが幽霊を見た直後に自転車で転んだらしいです」

「自転車で転んだ、ってそれ幽霊に動揺して手元が狂っただけだろ」「

「いや、それがですね。スピードを落として高架下を抜けた人は転ばなかったですよ。なんか不思議でしょ?」

「それってスピード出過ぎて運転操作誤っただけだろ。スピード落としたら転びにくくなるのは当然だ」


 あそこには何もない、そのはずだ。でもなんだろ、この妙にモヤモヤした感じは?

 後輩の話を聞き何か見落としてる感じがして、僕は後輩と件の高架下に行くことした。



「ここで幽霊に遭遇するらしいんです」


 幽霊が出現する場所に立って説明する後輩の話を聞き終えて、十年前とは高架近辺の様子が変わっていることを思い知った。

 今いる場所とは反対の程離れた高架の向こう側に、新しく私立の高等学校が建立されたのだ。

 後輩が僕にした幽霊話は全て高校の卒業生や在校生から聞いたものだそうだ。

 おそらく高架下を通る人が増えたから幽霊の目撃談も増えた、という単純なことなのだろうが。


 結局、この時も幽霊の出現理由はわからず仕舞いだった。

 真相は幽霊のみが知るのであろう。

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