ウイルス・ガール

さかなへんにかみ

ウイルス・ガール

「あなたの心に感染中!感染乙女組でーす!」

マイクに向かってなるべく明るく、魅力的に聞こえるように叫ぶ。せいぜい五十人しか入らないライブハウス――ハコと業界では言うらしい――の中を私の声が反響して返ってくる。フロアにはまばらにファンの人たちがいて、「うぇい」だとか「へい」だとかそんな声を出しながらサイリウムを掲げている。みんな一様に眼鏡をかけていて正直かっこよくはないけど、まあ無名地下アイドルのライブにしてはマシだ。ハイテンポな曲に合わせて踊りながら、ぼーとそんなことを考えている。空気がこもっていて気持ち悪いなとか、おなか減ったなとか。それに私、注目されてないなとか。私たちは三人組のユニットだけど、明らかにファンの目はセンターのユウキちゃんに向いている。肩にかかるくらいの、何回ブリーチしたか分からないような銀髪を揺らして、この曲の締めに合わせて手を突き上げている。男の娘というやつで、悔しいくらいにかわいい。

「ありがとう!次で最後だよー、最後まで楽しんでいってください。……ウイルス・ガール」

ステージが一瞬暗転して、アコギのイントロが流れ出す。私が一番好きな曲。アイドルらしくないバラードの曲。

 イントロを聴いてひときわ大きな歓声が上がって、すぐにみんな静かになった。静かだけど熱がピークへと高まっているのを感じる。ユーチューブに上がっているミュージック・ビデオの中でも一番再生されているし、まあまあ有名な歌い手がカバーしたから感染乙女組にとっては最大のヒット曲なのだ。深呼吸して、喉に力が入っていないことを確かめる。歌いだしは私なのだ。


  ちょっと待って体温確認 

  見ていてよ液晶画面

  三十七度五分

  冷ましてよ恋の微熱 

  溶けちゃってもいいからさ

  ロキソニン二錠のむ


根津さんが作詞したらしいけど、あの人にこんな感性があるんだろうか。フロアはゆったり揺れる青のサイリウムで彩られて、さながら幼い日に見たホタルイカ漁のようである。お父さんのことはよく知らないけど、なぜか色んな場所に連れて行ってくれた。競馬場、回転寿司、遊園地、大阪の新世界、ホタルイカ漁。そう考えると遊園地浮いてるな。だけどどれも楽しかったことは覚えているのだ。そしてそこにお母さんの姿はない。お母さんとの記憶は嫌なことばかり。いや、曲につられてセンチになっているのかもしれない。ギターの音色はサビに向けてだんだんと上りつめていく。


  キミに感染してウイルス・ガール

  作り変える内側から

  何度だって何度だって

  キミは反省してマイ・ベイビー

  私のことめちゃくちゃにした

  この熱はもう下がらない


最後の一音が鳴り終わって、拍手と歓声があがった。ユウキちゃんが挨拶をして、カナちゃんが物販のお知らせをする。私もそれを盛り上げつつ、ファンの人に手を振ったりする。だんだんとフロアから人が減って、ついにはいなくなった。今日のライブもうまくやれた。

 「お疲れしたー」

スタッフをやってくれているバイトの男の子がそそくさと帰っていった。このハコは根津さんが所有しているみたいで、基本的に根津さんとバイトで取り仕切っている。その根津さんは肩をぐるぐると回しながら管理室から現れた。長髪をおさげにしていて顔がやけに童顔だからともすると女性みたいだし、年齢もよく分からない。経歴不明の男は、風貌まで変なのだ。

「おう、お疲れ。じゃあミーティングするか」

そういって私たち三人に声をかける。カナちゃんは背筋をぴんとさせて根津さんにうなずき、ユウキちゃんはスマホに熱中している。これでいて後で聞くとちゃんと内容はわかっているから、要領がいいのだろう。私はどんくさいほうなのでメモ帳にペンをスタンバイだ。根津さんはいつもの光景を見てにやっとした。根津さんは笑うと口角だけが上がる。

「今日の集客は延べ七十二。チケ代と物販で売り上げは二十八万ぐらいだな。まあショバ代浮いてるから差し引き黒だ。上出来上出来。」

根津さんはすらすら話す。ライブは悪くなかったらしい。私たちくらいのレベルのアイドルでまともな利益が出るのは稀らしい。あくまで根津さんの話によればだが。メトロと東急の区別も分からない私には、業界のことなど当然分からない。メモ帳に日付とその横に「ライブ売り上げ 二十八万円 上出来」と書き込む。これが役に立つかは分からないけれど、癖みたいなものなのだ。

「それじゃ各自へのフィードバックだけど、ユウキはやっぱり客の引きがある。今日もかなり目立っていた。今後ともそんな感じで頼む。それと楽屋にパッツンの女が来てたけど追い返したぞ。カナも悪くなかった。前説頼んじゃって悪かったな。最後にナツキ。フリもだいぶ板についたしその調子でやれ。歌は相変わらず上手い」

根津さんの講評もだいたいいつも通りだ。ユウキちゃんは目も向けずにはーいと気のない返事で、カナちゃんは対照的にありがとうございましたと腰を折っている。私もお礼を言いつつ、メモ帳に書き込む。それじゃ解散と根津さんが言うとユウキちゃんとカナちゃんはすぐに帰っていった。そして私はそのままだ。

「今日は差し入れでもらったドーナツと、あと裂きイカあるけどそれでいいか」

今日の夕飯である。食べられるならなんでも、と答えておく。管理室のわきの小部屋、例えるなら宿直室だろうか、そこに置かれたちゃぶ台を囲んで二人でドーナツを食べた。会話もなく食べ進めていく。朝にレモンティーを飲んでから何も口にしていなかったから、あっという間に二つ平らげた。こんな食生活では健康に悪いに決まっているが、私も根津さんも料理ができない。それに疲れているライブ後はこうなってしまう。

「こっち来て、もう慣れたか。辛くないか」

根津さんが問いかけた。これもいつものことだ。

「少し分かってきました。あともともと辛くないです。前よりは」

そうか、とだけ根津さんは答えて耳を掻いた。この人の癖なのだ。私と根津さんがはじめて会ったとき、裏路地の自販機のわきで私をスカウトしたときもそうやって耳を掻いていた。根津さんが差し伸べた手をつかんだあの感触をまだ覚えている。年齢を偽っていたのがばれてバイトをクビになって、ネカフェに行くお金もなくてサラ金と風俗とかよく知らないくせに考えていた私を引き上げてくれたのだ。食事もこんなだし、ライブハウスに寝泊まりするのは法律的にはダメな気もするけど、とにかく根津さんは私を助けてくれた。そろそろ寝るかと根津さんが言った。隣どうしに引いた布団に潜り込んで彼の方を見る。真っ暗な空間の中を、私と彼の発した熱が浮かんで溶け合うようだった。温かいような、冷えていくような心地。もぞもぞと根津さんの布団に潜り込んで彼の背中に手を触れる。そうやって今日も意識を手放す。



 「右、内股、外、左、内股、外、膝、キュッ……」

ダンスの先生がやってみせる振り付けをなぞって、一つずつ確かめるように足を動かす。もう一時間はこうやってステップを体に覚えこませている。シンプルな動きの連続ではあるが、テンポを上げるとたちまちに乱れてしまう。本番であれば足元を見ながらやるわけにはいかないし、それこそ眠りながらでもできるくらいにはしないといけない。頭の中で右、内股と唱えながら、スニーカーでキュッと音を立てた。こうしていると体育の授業を思い出す。小学生のころ、私をいじめていた女の子に騎馬戦で思いっきり頭突きした。母は額にできた痣を見て震えていた。顔に傷がついたらどうするの、と言ってエアコンのリモコンで私のみぞおちをどついた。息が浅くなって、母の怒鳴り声が肺の中を浸していくようだった。床が冷たくて

「ストップ!一回お昼休憩入れましょうか」

激しい運動というわけではないが息が上がっていた。先生はじゃね~と手をひらひら振ってライブハウスから出て行った。一時間後にきっちり帰ってくるだろう。好き勝手にふるまっているようで、仕事に誠実だしダンスもとびきりうまい。したたかというか、世渡り上手というか、どうしたらああなれるのだろう。根津さんとも長い付き合いのようだが、二人の間に何かあるような気がする。そもそも感染乙女組ぐらいの知名度のアイドルに先生がついていることも珍しい。根津さん。どういう人なのだろう。

「ナツキちゃん、顔色あまり良くないけど大丈夫ですか」

カナちゃんの顔が鼻先まで迫っていた。髪も瞳も真っ黒で一見すると冷たげなのだが、私の肩に置かれた彼女の手の熱が私を解いていくのが分かった。ちょっと疲れちゃってといってカナちゃんに笑い返す。もう私の顔のこわばりは残っていない。カナちゃんはぐいぐいとお弁当とペットボトルのお茶を渡してくる。でかでかと載ったハンバーグがプラスチックの蓋に目いっぱい張り付いている。私はおなかが空いているらしい。カナちゃんありがとう。彼女に目を向けると私を見てにこにこと笑っていて、手元にはきれいに完食されたお弁当の容器があった。この娘は私より年下なのだが。

「根津さん、どこいるか知らない?」とさっきまでスマホに夢中だったユウキちゃんが私たちに話しかけた。私もカナちゃんも首を横に振った。彼はたいてい気づくといなくなっているのだ。ユウキちゃんはふーんと言って出ていってしまった。彼の視線はまた画面に向けられ、私の知らないことを見ているようだった。私とカナちゃんだけがその場に残された。しばらく空調の音だけが反響して、かえって沈黙をあからさまにした。カナちゃんは音もなく二つ目のお弁当を食べている。

「いつもよく食べるね」と話しかけてみた。ユウキちゃんほどではないが、まだ打ち解けてきっているわけではない。恐る恐る口に出してみたはいいが、いつもよく食べるねって皮肉みたいに聞こえるじゃんと思って不安になってきた。カナちゃんは口いっぱいのご飯を咀嚼している(本当に三十回噛んでいるのかもしれない)。ややあってごくんと飲み込んでカナちゃんは口を開いた。

「うん。食べられるうちに食べておかないとね」

私より見たところ細いのに、そんなことを言うものだから思わずくすりとした。それ、自衛隊の人じゃんと言ったら、カナちゃんは手を当てて口元を隠しながら笑った。

 二人で喋っていると、先生とユウキちゃんとそれから根津さんが一緒に帰ってきた。根津さんと先生は何事かを話して笑いあっていた。

「今日レッスン見れなくてごめんな、午後からは居るから」と彼は言って髪をかき上げた。外を出歩いていたのか少し汗の匂いがした。お弁当のごみを片付けていよいよレッスン再開となる。先生は「次のパート行っちゃうよーん」とおどけて言うが、同時に決めたポーズがあまりにきれいだった。底が知れない人だ。

「僕からの提案なんですけど、このあとのレッスン、#感染者拡大中てタグつけてキャスしたいんですけどいいですよね?」

その時ユウキちゃんが口を開いた。ユウキちゃんは私たちの中ではtwitterのフォロワーが一番多く、三万人を超えている。彼自身もたびたびツイキャスで配信をしているらしいが、そこに私たちを誘うのは初めてだった。なんとなく彼に認めてもらえた気がする。私たちを知らない人に興味を持ってもらうにはどうすればいいだろう。根津さんは、自分はSNS詳しくないから、と私の方を見た。

「ナツキ、カナ、やってみたいか」彼の目はまっすぐ私を見据えていた。カナちゃんを窺うといまだにこにことしているだけだ。

「私は、やってみたい、です」なるべくしっかりと声に出した。その場の雰囲気がにわかに変わったのが分かった。根津さんは目を輝かせていた。

「そうか。なら普段通りのレッスンっていうだけでは見映えがしないだろ。ユウキ何かアイデアはあるか」根津さんは立て板に水で話す。

「まあ、ベタなところだと流行っているのを入れるとか、僕らが仲良いていう様子を見せるか」言い終わるやいなやユウキちゃんは小型の三脚を用意してテキパキと準備を始めた。画面を見ながら、光量が気になると言ってしきりに位置を調整している。あとは私たちで決めろということらしい。

「あの、今から新しいことはできないので、今やってるステップをやりたいです。あとウイルス・ガールの新フリやりませんか」私は考えていたことを伝えた。ウイルス・ガールが私の魅力を一番伝えられると思ったから。

「私も同感です」カナちゃんが一言、加勢してくれた。先生も根津さんもうなずいている。

「ユウキちゃん、それでどうかな」恐る恐る尋ねてみる。彼はそれでも準備にかかりきりだ。だけど私がもう一度尋ねようとしたとき、「いーじゃん」とユウキちゃんは言った。私に向き直ってにやっとした彼の顔があまりにかわいくて、私は顔が熱くなるのを感じた。

 先生の合図でウイルス・ガールが再生されはじめた。数メートル先のスマホを見つめて最初のフリを構えた。歌いだしは私。息を大きく吸い込んだ。最初の音はG4、ソの音だ。


 結果として、その配信は大成功だった。一週間でユウキちゃんのフォロワーは倍近くに増え、感染乙女組もネット上で瞬間的にせよ多少知られるようになった。私も貯金してようやくスマホを手に入れて自由に扱えるようになった。それまではライブハウスのパソコンを借りていたのだ。今では寝る前にエゴサーチするのが日課になっている。そして「この曲エモい」「声めっちゃ綺麗やな」といったツイートを見てこそばゆくなって、嬉しい気持ちで眠ることにしている。今日もいつものようにエゴサーチをしていると、根津さんが宿直室に戻ってきた。「根津さん、営業どうですか」と聞いてみる。ユウキちゃんを中心に私たちも少しずつではあるが、ネット番組に呼んでもらえるようになってきた。収入も増えて、ご飯もおいしくなった。それでもこの部屋が心地よくてこれだけはそのままだ。

「うん、何件か話をもらった。明日詳しく話すよ」そういって根津さんはインナーだけになって布団に寝転がった。

「最近風邪も流行ってきてるしさ、ここも営業できるか分からない。体だけ気を付けてくれ。」根津さんは闇に向かって呟いた。

「うん。大丈夫。ありがと」根津さんの手を探りあてて指を絡ませた。私の一日はこれで最強で完全なのだ。



 「あの、何か盛り上がってます!」私は驚いた勢いのまま、根津さんにスマホの画面を見せた。慌てて立ち上がったから押された椅子がひっくり返った。そんなことよりこれは大ニュースだ。今は週一回することになった配信が終わって、おやつがてら休憩しているころだった。いつものようにエゴサーチをして気づいたのだ。#感染者拡大中のタグがトレンドに入っている。私はターゲティングを切ってるから、これは日本全体のトレンドだ。少しずつ知名度は上がっているとはいえ、まだまだトレンドに入るほどじゃない。この間収録した深夜番組は今夜オンエアされる予定だし、何かバズるようなことはしていない。何かが起こっている。根津さんもその事態の異常性を悟って目を見開いている。今調べてみます、と言って検索をかける。ここのWiFiは若干弱い。ぐるぐると回転する円がもどかしい。

 小気味よい音を立てて、検索結果が表示される。そして目に飛び込んできたのは「福岡で新型ウイルス発見 重傷者三百人超」という文字と政府の会見の中継だった。

「根津さん、テレビつけてください」根津さんがリモコンを向けると、スマホに移っているのと同じ会見だった。官僚だろう男性がしどろもどろに話している。フラッシュが幾度となくたかれ、質問する記者の手が槍のように突きだされていた。

――呼吸器系に異常を訴える方が多いという情報がありますが、どうお考えですか。

――あの、えー、先ほどももうしました通り感染者がどんどんと拡大しておりますので、えー、各医療機関との連携を行っておりますが

――いやですから分かっているのかを…

まだるっこしいやり取りが続く中、テロップが画面上部に挿入される。「感染者拡大中 都内でも発症者」。

「これのせいみたいですね」根津さんを見ると、食い入るように画面を見つめていた。私が声をかけてみても上の空だ。ライブハウスの営業のことでも考えているのだろうか。中継が切り替わると、根津さんは気を取り直した。さっきの根津さんの表情は、少し怖かった。根津さんは、今後のこと考えないとな、と私に笑いかけた。

 翌朝、昼前に目を覚ました。根津さんは予定があるようだが、私は今日はオフだった。軽くのびをしながら枕もとのスマホを手にとる。素早くtwitterを起動する。昨日のことがあったから、何か変わっていないだろうか。違和感に気づいたのは赤く囲われた通知の数だった。普段はせいぜい数十件だが、99+と表示されている。私に大量にリプライとDMが来ているらしかった。そしてリプライのツリーをスクロールしたときだった。

―すごい不愉快仕事というのは分かりますが不謹慎では私の祖母は今集中治療室にいます収録は前なんだから本人言ってもしかたないだろ頭悪い奴多すぎ大炎上してて草少し調べればわかるのにひどいこと言われてなっちゃんかわいそうわたしはなっちゃんの味方です😭最近のテレビ関係の程度の低さには本当に嫌気がさしますね当方は昔某テレビ局の編成にいましたがしっかりとした確認をしていました地下アイドルが調子乗んな地下なら地下にひっこんでればいいのに表にでてくるからこうなるなっちゃん、大丈夫カナ⁇ 😊番組見たヨあんまり応援できません😭でもオイラは味方です✌ https://office24web.jp/index/blog.htmlテレビの内容とは関係ありませんが、娘がみなさんの衣装を見て「気持ち悪い」と言っていました胸や足の露出が多すぎると思います今の男の人の趣味なのかもしれませんが私も娘に同感ですゆーちゅーぶで曲ききましたこれどういう意味ですか?ケントくんの家族が大変なのにあんなこと言って謝罪してくださいこのメディアは、表示しないよう設定したコンテンツが含まれているため表示されません―

私の中をどうどうと音を立てて知らない人の声が濁流のように通り過ぎた。通り過ぎてしまった。泥水が私の家に押し寄せて、積み上げてきたものを崩していった。胃が痙攣して、液体がせりあがってきた。なにも入っていないから黄色っぽいさらさらした液体だった。脳が揺れる。でも私の手は下から上へと動きを止めなかった。時折救いの手が差し伸べられたかと思うと、すぐに次の濁流がやってきた。お母さんが私を教団の集会所に連れて行った日、ちょうどこんな気分だったと思いだした。私はもはや天地も分からなかった。

「ねづ、さん」こんな時に限っていないんだから。


 目を覚ますと私は宿直室の布団に寝かされていた。いつもの天井だった。部屋には根津さんにユウキちゃん、それからカナちゃんがいた。根津さんは私を心配そうに見下ろしていて、ユウキちゃんも珍しく不機嫌そうでスマホも見ずに座っていた。カナちゃんは洗面器でタオルを絞っている。口元が汚れてないのは彼女が拭いてくれたらしい。

「さっそくで悪い。みんなもまあ、もう分かってるとは思うが聞いてくれ。ナツキは横になったままでいい」根津さんははっきりと話した。根津さんにはこう言われたけど私は体を起こした。

「うん、どうやら炎上したらしい。俺たち。ナツキはまだニュース見てないだろうが、例のウイルスさ潜伏期間がかなり長いらしくて今日から都内でバタバタ人が倒れてる。テレビも新聞もめちゃくちゃだし、店もろくにやってない。」私の寝ている間にそんなことが起こっていたらしい。

「それでなんだが、昨日オンエアされた深夜の十五分番組がさ、夕方に急遽差し込まれたんだ。局の都合は知らないけど、十五分枠なんてめったにないから他になかったのかもしれない。それであの芸人さんと絡む企画、あれがダメだったらしい。」根津さんの言葉をゆっくり飲み込んでいく。いくらウイルスが流行っていると言っても、それだけでこんなことになるのだろうか。人は石を投げるのだろうか。

「うん。言いたいことは分かるよ。たまたまみんながウイルスをモチーフにしてて、それを活かしたバラエティやってただけだ。でもそれで十分だったんだ。今もう救急車も足りないらしい。」また吐き気が込み上げてきたが、なんとか抑え込む。カナちゃんが背中をっすってくれた。こんなどうしようもないことで、私たちの、私の努力はつぶされてしまうのだろうか。やっと新しい宿を見つけたと思ったのに。

「私、悔しいです」胃液のかわりに言葉が口からこぼれ出た。悔しかった。根津さんは黙ってうなずくだけだった。

「俺、帰ります」ユウキちゃんはぶっきらぼうに言って立ち上がった。「こんなんじゃしばらくまともに活動できないでしょ」誰にも彼を止められなかった。沈黙がその場を支配していた。何に言うにせよ、舵を切る覚悟が必要だった。沈黙を破ったのは根津さんだった。

「すまん。twitter見せてくれるか。」カナちゃん差し出したスマホを、根津さんは顎に手を当てながら見ていた。

「わかった。こういう状況だし、俺なりになにか考えてみる。みんな売れるだけの素質はあると思ってるんだ。」一度言葉を切って「ちょっと出かけてくる。二人とも手洗いうがいちゃんとな」そう言って根津さんは出て行った。去り際、私をちらりと見ていった。また私はカナちゃん二人きりになった。そして珍しくカナちゃんが口を開いた。

「私、今日はナツキちゃんが心配だから残るよ。それと、もし誤解だったら申し訳ないんだけど、ナツキちゃん妊娠してるんじゃないかって。根津さんとそういう関係でしょ」

「えと、うん」

気づかれているかもとは思っていたけれど、やはり彼女には見抜かれていた。アイドルという立場上一応隠していたのだ。カナちゃんは、やっぱり、と言って笑った。

「今日のこと、ストレスだけじゃくなくてつわりだと思うの。最近ご飯もあんまり食べてなかったし。私そういうの、何人か見てきたから。」

そうなんだ、とだけ返した。彼女の過去は分からないが、やけに重みのある言葉だった。カナちゃんの目はわずかに細められて私を捉えて放さなかった。

「なんでさ、私によくしてくれるの。いろいろ」

「うーん、泣いてる女の人たくさん見てきたの、昔から。それに私アイドルやるの好きなんだ。夢だったから。あんまり時間がなくてね、ナツキちゃんもユウキちゃんもせっかくできた仲間だしね」

「私、こんななのに?」

「うん」

私たちはそれからも言葉を交わした。私は知っていたはずなのだ。彼女が誰よりアイドルに賭けていたことを。そして今、私がそれを台無しにしようとしている。ごめん、と気づくとつぶやいていた。

「泣かないで、それじゃ意味がないの。」カナちゃんは私をふんわりと抱きしめた。その夜、いつもの宿直室で私はカナちゃんと並んで寝た。私が眠るまで抱きしめてくれたカナちゃんの体から熱が伝わって、私たちはぴったり同じ温度になった。体の芯にとどまり続けるような温かさだった。


 次の日、昼過ぎに根津さんは帰ってきた。着て行ったジャケットは持っている様子はなくて、ネクタイもしていなかった。そしてなにより感じたことがないほどお酒の匂いがした。

私とカナちゃんで千鳥足の彼を支えながら、座らせて水を飲ませた。根津さんは据わった目なのに、言葉だけははっきりと

「融資と仕事取ってきた。ネット番組だけど、五十万人は視聴者持ってるやつ。」とだけ言って糸が切れるように机に突っ伏した。私はユウキちゃんに、仕事あるみたい、と連絡した。既読はすぐさまついた。



 それから何日か経って、ミーティングをすることになった。ユウキちゃんとカナちゃんもそろい、根津さんが私たちに資料を配って、話を始める。資料の表紙には大きく「炎上二十四時」と書かれていた。

「見てわかる通り、例の炎上を突っつかれるだろう。こっちとしては探られて痛い腹はないし、釈明にもなると思う。MCが結構やり手だし生だから、ちょっときついかもしれないが強気でいってほしい」

資料を読み進めながらミーティングは進んでいく。まだ炎上も冷め切っていないこの時期ならかなりの視聴率を見込めるだろう。テレビ局はのきなみリモート収録化を推し進めている中、スタジオで撮影するらしい。ミーティングがひとしきり終わった後、私に声をかけてきたのはユウキちゃんだった。

「あの、ちょっといい?」間近で見る彼は華奢とはいえ、確かに男性なのだと分かった。少し身構えてしまう。

「あんまり話したことなかったよね?」

「うん。私があんまり話しかけなかったから……」

「うん。それでさ、言いたいんだけど。僕、この仕事絶対失敗したくないんだよね」

彼からこんなにはっきり意気込みや懸念を聴いたのは初めてだった。彼はいつも涼しい顔で何でもこなしてしまうから。

「それでさ、言っておきたくて。こないだの仕事、お前だけを責める気はないけど、きっかけはナツキだったじゃん。」

「ごめん。私が」

「ああ、いやそうじゃなくて。うまく言えないな。僕もさアイドルやめたくないんだ。僕が何でこんなのやってるか言ったっけ?」聞いたことない、と私は答えた。

「俺さ、ちやほやされたいんだ、とにかく。人に愛されたい。だからせっかくここまで来たのを手放したくない。だからさ、その、頑張ろう」それ分かる、と私が言うと彼はにやっと笑った。もう感染乙女組のセンター、ユウキになって、とびっきりの笑顔だった。すごくかわいい。やっぱり私たちのセンターはセンターだった。


 本番入りまーす、とADさんの声が響く。ここで好感度を回復できれば、またやり直せる。根津さんのその言葉を信じて深呼吸した。本番が終わったら、話したいことがありますと彼には伝えてきた。今まで踏み込めなかった彼のうちに入れてほしい。私と子どものこと。そのためにこの仕事をやりきらないといけない。スタジオで私たちは三人並んで座っていて、中央のモニターを挟んでMCの男性と向かい合っていた。五十歳くらいに見えるが、黒々とした髪と洒落たスーツの下のがっしりとした体が彼の自信を表しているようだった。楽屋に挨拶に行った時もすべて自分に任せておけ、と言わんばかりに早々に追い出されてしまった。本番が始まると、自己紹介もそこそこに炎上についてのVTRが流れる。大丈夫、大丈夫。分かってたことだ。みんなもそばにいてくれる。

―ネットでいろいろ言われてるけど、本人としてはどうなの?

―こういったコメントがあって、でもこれが国民の意見てことじゃん。これ、テレビからしたら使いづらいよ~

二時間番組のはずだが、それよりもはるかに長く感じた。あえて私たちの怒りを煽るような話しぶりで、プライベートに踏み込んでくるようなものばかりだった。それでもバラエティとしての雰囲気を崩さないように、なるべく当たり障りのないコメントで受け流していた。流れが変わったのはチーフディレクターの男性が「週刊誌Sの話いってください」というカンペを出したときだった。MCの男性はちらっとカンペを見ると、ひときわ大きな声で「さあ、続いてはこちら!」と言った。スタジオに声が反響して、何人もが叫んでいるかのようだった。

――これは明日発売の某週刊誌からのたれこみなんですけど、ご本人に嘘かホントか、答えてもらいましょうか。

少しどきりとしたが、私は大丈夫なはずだ。子どものことはカナちゃんしか知らない。

――まずカナちゃんね、清楚キャラでやってるけど、出身は関西の方なんだよね?これは噂なんだけど、お父さん、今服役してるっていう情報が入ってます!これホント?これは言えないんだけど、某反社組織の構成員だとか。これイメージ的にどうなの?

ぺらぺらと話す男はこの上なく楽しそうだった。返答を何度も促してにやつく顔が目に焼き付いて離れなかった。

――黙っちゃったてことはマジなの、ヤバいね。ユウキちゃんね、なんとtwitterのフォロワー二十万人超え男の娘アイドルってことで、プロフィールには男の子が好きって書いてあるけど。実はユウキちゃんに捨てられたっていう二十歳某名門私大の女の子のレポが出てるんだけど。かわいいで売ってるけど、実はクズだったりして?そこどうなのよ?

彼の口はとめどなく回って、二人をなぶり続けた。何か弁明したり話題を変えようとしても、引き戻されてしまう。カメラも目いっぱいに寄って二人の表情を映していた。スタジオ全体がひとつの生き物ように二人を食い破っていた。またあの濁流の中にいるようだった。そして今は私だけじゃなくて二人も一緒で、二人は首元まで水に呑まれていた。私だけが手を差し伸べることができた。

――それでナツキちゃんだけど、なんも出てきませんでした(笑)。二人がこれだけインパクトあったからさ、ギャップすごいね。ナツキちゃんは知ってた?二人が普通じゃなかったって。ナツキちゃんとしては迷惑なんじゃない?騙されてたみたいなもんでしょ、ねえ?

 うまく説明できない感情に私は襲われた。この人、なんの権利があってこんなことを言えるんだろう。私たちのことなんてろくに知らない癖に、人の心にどかどかと立ち入って。私が二人にどれだけ助けられたか知らないで。私の人生っていつもそうだ。少し良いことがあると誰かがやってきてめちゃくちゃにしてしまう。小学校でできた友達は、お母さんがその子の家に水とかネックレスとか変なものを売ろうとしたせいでいなくなった。中学校で芽生えた恋は、教団の男の人に壊された。高校になってお母さんが肺炎になって、やっと毒親から逃げてきてやっと見つけた仲間たちも今奪われようとしている。でも今の私を舐めないでほしい。もう一人じゃないから、二人と根津さんともう一人。だいたいこの人だって知名度はあるけど、嫌われているからこんなネット番組でしか仕事がないのだ。そう思うといっそう体が熱くて、燃え上がるようだった。

「ごめん、カナちゃん、ユウキちゃん」

立ち上がって男の前に行く。男はまだにやついて、「あれ、キレちゃった?」とか言っている。彼の言うとおり、私はキレちゃっていた。上体をひねって重心を意識する。普段のレッスンで柔らかくなった私の脚がうなりをあげて打ちあがった。左脚のかかと、腰の順に回転が伝わって、私の全体重が載っているのが分かった。初めて打ったハイキックは男の首と顎にまともに入って、男は後ろにぶっ倒れた。趣味でMMAの動画を見ていたことが良かったかもしれない。

「二人ともごめん、逃げちゃお」

二人の手を取って、時間が止まったかのようなスタジオを走る。私は笑っていた。一生で一番くらい笑った。二人も最初は青くなっていたけど、走っているうちに笑っていた。やみくもに走って、気づくと公園にいた。太陽は南中して真上に昇り、光を発していた。暑い。噴水が舗装された地面から拭きあがって虹のプリズムを作っていた。例のウイルスが流行っているから、子供なんてひとりもいやしない。私たちは水を浴びて、笑い続けた。空の青と水の冷たさと一つになっていくようだった。まわりなんか気にしないで笑った。永遠にも思えた時間は私が警官に取り押さえられて終焉を迎えた。私がごめん、ともう一度言うと二人はまた笑った。もういい、って。そのとき私たちは確かに無敵だった。



 「ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!大沢ナツキでした。バイバイ」

いつもの別れの挨拶を言って配信終了のアイコンを押した。きちんと切断されたか確認する。最高同接二万六千人、スーパーチャット収益四十六万円。今日も失敗せず、なんとか乗り切れた。息を吐きだせば腹のなかのもやもやも出し切れる気がして、大きくため息をついた。ボルビックを手に取って、パキシルとロキソニンを飲み込んだ。それから手のひらに明菜と書いて飲み込んだ。昂っていた神経が元の場所に戻ってくるような感覚があった。配信用の部屋から出ると、佳奈ちゃんがキッチンで料理をしていた。

「配信、もう終わった?」彼女は作り置き用のタッパーをいくつも並べていた。

「……うん。あー、ば、ばっちり」

「そか。明菜ちゃん、さっきまでテレビみてご機嫌だったけど今は寝ちゃってるみたい」

「……ありがとう」子供部屋をのぞくと、明菜はベビーベッドの上で眠っていた。タオルケットを手に一生懸命握っていたけど、体には全然かかってない。かけなおしてあげて、頭を少し撫でて部屋を出る。心なしか安心したように見えた。

 私はあの事件のあとすぐに勾留された。警察の取り調べを受けて、起訴までされた。けれども突然保釈されることになった。迎えにきてくれた佳奈ちゃんに話を聞いて、驚いた。私があの男を蹴り上げた映像は生配信だったために瞬く間に拡散して、私たちを擁護する人々が現れたというのだ(彼の好感度の低さもあると思う)。そして保釈のための資金が集められたという。書類関係のことは勇気ちゃんがやってくれたらしい。彼はロースクールを卒業していたというのもその時知った。

 それからは慌ただしく日々が過ぎた。示談を成立させて、裁判の準備をした。その様子をtwitterで報告していくうちに、さらに私のファンが増えていった。配信活動も驚くほど伸びて、経済的にも余裕ができた。だが、感染乙女組としての活動は不可能になってしまった。そして根津さんはまたいなくなった。後で先生に聞いた話だと、私の事件が決め手だったらしい。根津さんは以前にもアイドルのプロデュースをしていて、そのメンバーと結婚していたらしい。だが離婚して、奥さんを見返して復縁するためにアイドル業で成功を目指していたとか。先生は「あんたとの子どものこと気づいてたね、ありゃ。いくつになってもクズはクズ。」とため息をついていた。先生は彼が関わっていたアイドルの元メンバーだったそうだ。根津さんは恩人だし、好きだったけれどその目は私を見ていなかったのだろうか。そして明菜のこと。佳奈ちゃんに支えてもらいながら、彼女は生まれてきた。例のウイルスの流行は停滞したとはいえ、収まる気配はなく病院も色々と面倒だった。分娩室のドアの向こうで待っていてくれた佳奈ちゃんは、いつにないにこにことした顔で「おめでとう」と言ってくれた。彼女は今まで生まれてこなかった子供たちを見てきたという。

 「夏樹ちゃん、今日調子はどう?」二人で食卓を囲んで、佳奈ちゃんの料理を食べた。ロールキャベツとご飯とお味噌汁。私は人が作ったロールキャベツを食べたことがなかった。おいしそうと言うと、よかったと彼女は答えた。

「……うん。ちょっとだるいけど今日は落ち着いてる。配信の時もハイになりすぎなかったし、今もさ、ご飯食べられてるし」そっか、とだけ彼女は答えてお米を音もなく掻きこんでいた。

 明菜が生まれて二人になってから、育児のかたわら配信をする生活を送っていた。自分ではやれると思っていた。けれど違った。

 私は配信をするとき、アイドルのナツキになるとき、ハイになってしまうらしかった。その特性を自覚したときはぞっとしたものだった。自分の中にもうひとり自分がいるような。

「そうそうそう!だからね、メディアなんてほんとくだらないことばっかやってんですよ。今コメントでマスゴミってありましたけど、ほんとにそう!今思い出しても腹立ってきますね。え?いや、何か投げたわけじゃないですよ。机叩いただけです。今こうやっておうち時間になってね、よかったなって思うのはテレビだけじゃなくてこうやって配信を見てくれるひとが増えてるじゃないですか。テレビの見せてる嘘から目を覚ましてくれる人が増えてよかったです」

自分の配信を見返して、自分があまりに早口で乱暴であることに気が付いた。そして話した覚えのないことも話している。たまたまヒートアップしただけかと思っていた。だけど、突然気が付くと、体に痣をつくって息も絶え絶えな明菜が目の前にいたときにもうダメなんだと分かった。配信で信者の人に祭り上げられる生活は、私をおかしくしていた。

 それから佳奈ちゃんに助けを求めた。今では娘の世話のほとんどは任せきりだった。私にできるのは気分が安定しているときに遊んであげるくらい。最近やっとつかまり立ちになった娘を私は傷つけてしまうかもしれない。それだけは嫌だった。食事が終わって、佳奈ちゃんが明菜をお風呂に入れてくれているのを見守る。それから彼女にお礼を言って玄関先まで見送った。明日の朝にまた来てもらうことになっている。眠った明菜を起こさないように小声で子守歌を歌う。ちょっとまってー、たいおんかくにんとしみついた詞を口ずさんだ。私にできるのはこれくらいだから。


 体が熱い。いや冷たいのか。分からない。ウケる。デスクの上の書類やらを払い落としてパソコンを起動した。起動した画面の明るさに目がくらむ。眩暈までする。なんだろうこれ、下半身がないみたいにだるかった。

「みなさーん、こんな深夜にすみません。配信しようかなーと思いまして!うわ、こんな時間なのにもう五千人もいらしてくださって、ありがとうございます。今日は、何をするかと言いますと……」肺から空気がせりあがってきて、思わずせきこんだ。気道がやすりをかけたように熱かった。

「えへへ、すみません。みなさんもまだ流行ってますからね、ソーシャルディスタンスですよー。で、今日はですね、久しぶりに歌を歌いたいなと。聞いてもらえますかね。」

コメントが氾濫のように流れて行った。速さのあまり重なって、言葉は意味をなさなかった。どんどん体がふわふわしてきてる。どうしよ、これヤバすぎ。フォルダの奥底にあった音源を再生する。スピーカーから懐かしいアコギのイントロが流れた。

「今日は私からのお別れみたいなもんなんです。それじゃあ聞いてください。……ウイルス・ガール」


  ちょっと待って体温確認

  見ていてよ液晶画面

  三十七度五分

  冷ましてよ恋の微熱

  溶けちゃってもいいからさ

  ロキソニン二錠のむ


歌詞は口が覚えていた。意識は無くなるすんでのところを泳いでいた。上がっては下がっていく音色に体をゆだねた。前の音に従うように次の音がつながって、また次の音が現れた。音楽は一方向なんだ、と根津さんが言っていたのを思い出した。鳴ったら二度と戻れないし、後ろの音は前の音に繋がってるんだ、と。根津さん、どうしてるかな。


  キミに感染してウイルス・ガール

  作り変える内側から

  何度だって何度だって

  キミは反省してマイ・ベイビー

  私のことめちゃくちゃにした

  この熱はもう下がらない


座っているのか、横たわっているのか分からなかった。ただこの曲がこの部屋から這い出て、家中に感染っていくのが分かった。私がいなくなっていく。でも、また蠢きだしていた。明菜。この熱はもう下がらない。

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ウイルス・ガール さかなへんにかみ @sakanahen

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