君ともう一度

謝罪

「……るせぇ……うるせぇよぉ……もう少し寝たいのに……」

 僕の頭上でぶるぶると震えながら目覚ましという爆音を鳴らす僕のスマートフォンに怒りを覚えつつも、なんとか二度寝しようとする僕を抑え込んで起き上がる。

 だって今日は、彼女に謝らなくちゃいけないから。直接会ってでも、謝意を示さなければならないから。

 けたたましく爆音を鳴らし震えるそれを手に取り目覚ましの設定を解除してからメッセージアプリを開く。チャットルームの選択画面、一番上に赤地に①の白抜き文字でピックアップされていたのは僕がちょうどメッセージを送ろうとしていた人。

「蒼空から……? なんであいつが……」

 少し不審に思いつつもチャットルームを開いてみると

「大変なものを見ちゃった。見たら何かしら返信して!(08:28)」

 そう一言だけ送られていた。

 そして僕は返信するために入力欄をタップし、普段のように画面を叩き文字を打ち込んで

「見ました。あと、昨日は本当にごめんなさい。気が動転してました(10:39)」

 そう送信した。その直後、おそらく十秒も経っていないであろう位に既読が付き、

「別に大丈夫だよ。私自身もいろいろ間違ってたってことに気づいたから(10:40)」

 そう返ってくる。これまでずっとスマートフォンを握っていたのだろうか

 そして次に僕が送信しようとしていた「直接謝りたい」という言葉と、彼女が「動画を直接見せたい」と志願したのはほぼ同時だった。

「じゃあ、噴水広場に10:50くらいに来て。私も行くから(10:42)」

「わかった(10:43)」

そう返信して、スマホを閉じる。急いで身支度をしなければ、と大急ぎで顔を洗い、手櫛で寝ぐせのついた髪を整える。そして軽めの外行きの服に着替えて階段を駆け下りる。リビングの前で両親に

「どこか行くの?」

 と聞かれたので

「急ぎの用事!」

 とだけ答えて玄関を飛び出した。僕の家から噴水広場まではおおよそ五分、急ぎ足で行って三分だ。特に理由はないが彼女を待たせるわけにもいかないから、彼女より先に着くために汗をかかない程度に走り気味で広場へと向う。



「やば……体力もないのに急ぎすぎた……」

 広場に着いたのは家を出て三分ほどが経った十時四十八分。彼女はまだ来ていない。ふと一瞬これも海斗の罠ではないのかと疑心暗鬼になりかけたが、さすがに彼女がそんなことするはずがないと僕自身に言い聞かせて到着を待った。


 噴水を囲むように円形に等間隔で並べられたベンチの一つに荒れた呼吸を整えるために座り込む。そして呼吸が落ち着きの兆しを見せ、額に溢れた汗も引き切った時、僕の横に誰かが腰かけた。ふわりと甘い香りが僕の周りに広がり、それが『彼女』であることを僕に認識させる。

「ごめん、待たせちゃったね」

「いや、別に大丈夫だよ」

「こうやって、休日に会うのって久しぶりだね」

「そうだね、久しぶりだ」

 二人正面を向いたまま決して目も合わせることなく、当たり障りのないような会話をしようと努力しすぎるあまり途切れ途切れのぎこちない会話となり、いつしか沈黙が走るようになった。数十秒、いや数分だろうか。重苦しい嫌な沈黙が流れる。

 そして、そんな沈黙に嫌気が差したのか彼女は

「で……でさ、二人共したいことがあって集まったわけなんだけれども……どっちから先に本題に入ればいいの?」

 そう切り出した。

「……じゃあ僕から行くよ。先に言うべきなのは僕からだろう?」

 そう言って僕は彼女の方向に身体を傾ける。それに合わせて彼女も体を傾けた。そして僕は大きく一度息を吸ってから

「蒼空、ほんとにごめん。混乱しすぎて君にひどい事を言ってしまった。君は僕を救おうとしてくれていたんだろう? それなのに感謝の一つも……」

 そう途中まで言葉をつなげていた時、彼女が割って入ってきた。

「いや、私も悪かったよ。だってさ、唯一の仲間だった私が君のことも考えずに『いじめを止められる』っていう浅はかな考えで動いてたんだからね……」

「でも……僕だって……」

 彼女の言い分がどうにも納得できず僕は思わずふさいでいた口を開いてしまった。すると膝の上に置いていた僕の手に彼女は手を乗せて力強く握る。

「この後続けてたって、でもでも~ってどっちつかずになっちゃうじゃん? だからこの話は両成敗ってことでおしまい! わかった?」

「あ……あぁ、わかった……」

 半ば強制的に終了させられるような形にはなってしまったが、僕の目標であった『彼女への謝罪』は何とか完了した……はずだ。



「……じゃあ、私の方から行こうかな」

「そういや、すごいものってなんなんだ?」

「それを今から説明するから待って」

 僕の質問にそう返答すると彼女は肩から提げていたショルダーバッグからスマートフォンを取り出し、フォトライブラリーを起動して一番初めに出てきたスクリーンショットを見せてくる。そこには海斗から「仲間がこんなもの撮ってた。すごいぞこれ」というテキストと一本の動画が送られてきた。そしてその下には『0:29』と表示された通話履歴が残っていた。

「この通話履歴って……」

 僕がそう聞くと彼女は

「あー、これ? 問い質しただけ。君が関わってるんでしょ? って」

「なるほど」

 そして彼女はスマートフォンを一旦手元に寄せると一度画面をスワイプしてまた僕の方向に向けた。

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