奇蹟の列車は僕を乗せて
あの大輪に端を発した花火の宴は駅に近付いてもなお勢いを緩めず、空で炸裂する大玉小玉がまるで闇夜に咲く枝垂桜のように炎の尾を引きながら地面へと落下してゆく。
「この花火、映像に撮ったらどうなるんだろう……」
焼きそばに占領されていない右手を使いカメラを起動し、夜空に咲く花火たちに向けて録画開始のボタンを押す。僕の周辺では花火の光にわずかに遅れて炸裂する重い音が響く。
そしてそのまま後ろ向きに歩き、駅の入り口に近付いたところで録画を止めて、駅舎へと入った。僕は一直線に駅長室へと向かい、こんこんこんと三度ドアをノックする。直後にがたっと椅子から立ち上がる音が聞こえ、まもなくしてガチャリとドアが開かれる。
「お帰り朔弥くん。楽しめたかな?」
「はい、おかげさまで」
「うん、顔色も良くなってる。これは心配なさそうだな……って、屋台の物そのまま持ってきたのかい!?」
「……あ、ほんとだ」
「まっ……まあ、電車の中ででも食べなさい」
込み上げてくる笑いを押し殺すような声で彼は僕にそう言う。
「……わかりました」
僕もつられて笑いそうになってしまう。
「そうだ朔弥くん。私がこの駅に来る前に行ったことをもう一度言おう。蒼空さんのことだ。君は彼女のことを罵ったと言ったけれど、彼女は恐らくそれが君の本心じゃないことくらい気付いているはずさ。まだ君に彼女を信じる気持ちがあるのなら、明日の朝にでも電話なり直接なりで謝りなさい。最近は『すまーとふぉん』とかいう便利なものがあるのだろう?」
「ええ、スマートフォンという文明の利器がありますよ」
僕はそう言って空いている手でスマートフォンを取り出し彼に画面を見せる。
「よし、じゃあ明日しっかりと謝るんだぞ」
「わかりました」
そう言いながらスマートフォンをポケットに入れ、前側に入れていた懐中時計を取り出し手渡す。
「あ、兵藤さん。懐中時計を……」
「おお、そうだった」
彼は懐中時計を受け取り、懐中時計を握っていた僕の手に一つの紙切れを渡してくる。
「あ、切符……」
「この駅と君の世界を繋ぐほぼ唯一のものだから大事にしてくれよ?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、もう少ししたら列車も来るだろうから、それに乗って帰りなさい。後焼きそばは電車の中で食べきるんだぞ?」
「わかりましたよ、兵藤さん。では、ありがとうございました」
「じゃあ、気を付けて」
くるりと左に向いた僕は歩を進め、渡された切符と焼きそばと割り箸を手に改札口へと向かう。今日も今日とてあの改札員の人とあの
「一番線、奇蹟の列車が参ります。指定線の内側にお下がりください」
改札に出た時、そうアナウンスがプラットホームに響いた。その直後に小さな警笛と共に軽快なリズムを奏でながらゆっくりと減速する列車が入線する。後ろを振り向くと、兵藤さんが小さく手を振っている。僕はそれに一礼し、渡された切符をポケットに入れ、列車に乗った。
列車はがしゃりと大きな音を立ててドアを閉め、そのままさっき北方向とは反対方向に進路を取り、走り出した。がたごとと、線路の継ぎ目で列車が少し跳ね、十六分音符四個分の規則的なリズムを奏でる。
「あ、焼きそば食べよう……」
蓋がされた紙の容器を開け、ぱちんと割り箸を割る。
「いただきます」
割り箸で焼きそばを摘み、口に運ぶ。
「あぁ……美味しい……流石冥途の食べ物だな……」
動き出した箸と口は止まることを知らず、気が付けば紙の容器は空になっていた。
「いやぁ、美味しかった。また食べたくなるなこれは……明日また作ってみよう……」
ふと、僕が睡魔に苛まれていることに気が付いた。
「まあ、いろいろあったからな……今日は」
軽く目を瞑ると、僕の意識はそのまま微睡の中へと吸い込まれていった。
「……あれ、寝てたのか……」
目が覚めた時、僕はきさらぎ駅で乗ったもの同じ物の席に座っていた。窓の外を覗けばそこはすっかり昔のような田園風景ではなく、現代の住宅街になっている。
「まもなく~
古めかしいスピーカーからノイズをふんだんに含んだ車掌の声が発され、車内に響き、列車は次第に減速する。そして鉄と鉄の擦れる高い音をあげながら駅のプラットホームに停車した。
「この列車のまま駅に着くとはねぇ……珍しいというか、すごいというか……」
ガラッと列車のドアが開き、僕はその列車から降りてスマホを見た。
「十二時半……終電をとうに過ぎてるじゃないか……」
スマホのディスプレイに表示されていた時間は午前の十二時三十分。縁麓寺駅がある路線の終電は日付が変わる少し前にはもうすでにこの駅を出発している。
「……でも、帰れたことが一番ラッキーかな」
スマホの画面を消してポケットにしまう。そして幸運は重なり、自動改札のフラップゲートが完全に開いていたので、そのまま突っ切るように改札を抜けた。
「夜中の住宅街って、なんか新鮮だな」
そう呟いて、僕はいつもの帰路を辿る。辺りはしんとしていて、風が木の枝を揺らす音と虫の鳴き声、そして僕の足音だけが響き空へと抜けていく。
「父さんと母さんが帰ってたら今頃カンカンに怒ってるだろうな……」
くすっと笑いながら玄関の取っ手を引いた。施錠はされておらず、両親の靴もなかった。リビングを覗いても、両親の寝室を覗いても、彼らが帰宅したようには見えなかった。
ふと、スマホが震えた。
「母さんからだ……なんだろう」
ロックを解除して、母親からの連絡を見る。
「ごめんなさい! 機材の故障で直すのに時間かかるから泊りがけになる!(22:37)」
「明日に帰ってくるのね……探しに行ったと思ってびっくりしたよ……」
拝借していたライターを父親の机へと戻し、服を脱いで僕は自室へと転がり込む。
「今日はほんとにいろいろあったな……もう疲れちまったよ……」
寝巻に着替えながらそう呟いて、ベッドに飛び込む。自分の匂いが染みついた布団に何か安心感を覚えた。
「……明日は蒼空に謝るんだ……絶対に」
そう弱く零して、僕は眠りに落ちた。
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