君は僕に真実を

取り巻き達

 海斗から攻撃を受けなくなってから約二週間、僕の生活は平穏を極めている……わけもなく、海斗の取り巻き達にいじめは引き継がれ、毎日毎日暴力を受け、私物を隠され、日頃のストレスのはけ口にされていた。軽く助けを求めても、誰も僕のことを助けに割って入ろうとはしない。助けに入ったら次は自分が標的になることくらい理解しているから。


 そして、今日もいつものように奴らのおもちゃは海斗の取り巻きたちにいい様に使われている。頬には拳、腹には爪先をねじ込み、徹底的に僕を痛めつけてくる。正直、痛みはあまり感じない。

 そしてついに飽きたのか手を止めた彼らは「ハハハ」と声をあげながら教室の外へと談笑しつつ出て行った。

 何とか立ち上がった僕は何もなかったかのように自分の机へと戻り、薄青く透き通った空とそこに浮かぶ雲のコントラストをただただ無心に眺める。晩夏の空は日に日に秋の色を見せてくるようになり、ここ最近はもう秋といっても差し支えの無いように感じることが多くなった。


 そうボヤっと意識を空に向けていると横に掛けた鞄のポケットでスマホ震える音がした。なんだなんだとスマホの画面を点けるとチャットアプリに一つメッセージが来ている。

 

 ロックを解除してチャットアプリを開いた。

「なんだよ……また蒼空からか……」

 無視しておいてもよかったが、ふと彼女の方を見てみると何かを懇願するような目をこちらに向けていたから、仕方なくチャットルームを開く。


『お願いだから、今日の放課後中庭に来て(13:17)』



「……またこれかよ。諦めずによく遅れたものだ、尊敬に値するよ……」

 そう小さく呟いた僕はチャットアプリを終了してスマホの画面を消した。

 ここ数日間、毎日のように時刻は朝昼バラバラではあるが彼女から似たようなメッセージが送られ、ごく稀ではあるが直接言われることだってあった。でもどうせそうやって放課後に中庭に行けばどうせ機嫌を直してくれと頼みこむだけだろう。もしくは後ろに海斗がいてコテンパンにされるかのどちらかだ。前者であれば僕が断ったら彼女は泣きだすだろう。それが『女の武器』ってやつだから。後者であれば僕は海斗にボコボコにされて彼のいいおもちゃにまた成り下がるだろう。



――だから、僕は今日も彼女のメッセージを無視した。




 そして放課後、今日も今日とて一日の終わりを告げるチャイムが学舎に響き、生徒たちはぞろぞろと部活動の場所や彼らの家に向かう。そんな中で、僕のもとに向かって歩いてくる海斗の取り巻き二人。いかにもヤンキーという風貌をした彼らは僕の横へ付けるとすぐに

「朔弥く~ん、ちょっとツラ貸してもらおうか」

 そう言って手に持っていたカバンを奪い取る。

「なんで」

 取り上げられる鞄を必死に追いかけながら僕はそう彼らに理由を問うた。

「なんでも何も理由なんかねえよ」

「理由がないなら早く解放してくれ」

「そんな生意気な口きいてていいと思ってるのか!?」

 強く、頬を叩かれる。

「っ……わかったよ……ついて行けばいいんだろ……?」

「言い方が気に食わんが、まぁいい。とりあえず来い」

 僕が歩き出そうとする間もなく、彼らは僕を教室から引きずり出し、ずるずる……ずるずるとまるで丸太を引っ張るかのようにどこかへと連れて行く。


 そして連れて行かれた先は、体育館の裏。いじめではあるあるの人目に付かない場所。そこで僕はすべてを悟った。「ああ、これはやばいかもしれない」と。

 周りを眺めると、いつしか僕は海斗の取り巻き達に包囲され、一切の身動きができなくなっていた。取り巻き達の中には野球部から拝借したのであろう金属バットを持っている奴やスマホのカメラを向けている奴までいる。するとバットを持った男は

「さぁ、どれだけ耐えられるかな? チキチキっ! 耐久レース!」

 そう笑い交じりの大声で叫びながら、おそらく取り巻きグループのトップであろう男、すなわち僕を連れてきた男にそれを手渡した。


――直後、腹部に重い衝撃が走る。


「っ……!?」

 思い切りフルスイングされたバットは空を切り僕の腹部にめり込んだ。ぐぐっと、内臓が押しつぶされるような感覚を覚える。慣れたような手つきでバットを振り、僕の腹部に何度も何度も激突させる。

 殴られるたびに今まで経験したことのないような痛みが体中を駆け巡り、脳は痛みを感じないようにと機能を衰えさせる。

「うおぉ、こいつ、とんでもない顔してるぜ! 気持ちわりい!」

 バットを持ったリーダーらしき男は嬉々とした表情でそれを振り、僕の顔を見ては「キモい」だの「痛そうだねぇ」だのと声を掛けてくる。

「……っせえ……やめろよ……」

 痛みを堪えながら絞り出した声は全く音にすらならず、口をパクパクとさせるだけ。それを見た彼は

「お? 玩具が何か言ってらぁ! なんだ? 「もっと殴ってほしいです」って? お前、とんだ変態だな!」

 そう言ってまた何度も何度も殴りつける。周りにいる観客は彼のセリフを聞いて「キモいなぁ……」「やべえ」と笑いながら呟くばかり。


 声を絞り出そうと思えたまではよかった。しかし「声を出そう」という思いも次第に薄れていき、ついには必死に痛みを堪えるばかりになった。

 歯が砕けそうなほど強く喰い縛り、歯茎はその圧力に耐えることができず血がにじみ出し、そして口の中いっぱいに血の味が広がる。しまいには体の力が抜け、後ろで手を組まれ自由を失った僕の身体は古くなったゴムタイヤを叩いた時のようにぼよんぼよんと力なく勢いに任せて震えるようになっていた。

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