嘘だよな
担任と何かを話していたのに少し怖気付いたのか、海斗は何もしてこなかった。遠巻きに悪口を言ってみたり、小さな悪戯程度のものはあったが、ほとんど授業中に後ろから睨んでくるばかりだった。
「所詮、そんなものなのかよ。意外と腑抜けだったんだな……」
しめしめと予期せぬ幸運に一人静かに睨みつける海斗を憐れに思いながら授業を受けて、中休みには話しかけてきた蒼空と駄弁り、それを悔しがる海斗を見てひとりほくそ笑んで、それを繰り返すこと数回、気が付けば昼食時間になっていた。
今日は久しぶりに教室で昼食を食べるという僕の中ではトップクラスの危険度を持つ行為に挑戦してみることにした。普段は海斗から逃げるように屋上だったり中庭で昼食を食べていたが、今日は、いやこれからはそんなことはしない。昼食を手に持った僕が自分の机に座るところを見たクラスメイトは全員呆気にとられた表情をしていた。
周りの人間はたいそう驚いているが、これが普通のことだ。逆になぜ迫害されるような真似をしなくちゃいけない。周りの小さなざわつきと嫌な視線を受けながら、僕は一人静かに昼食を食べ続けた。
「やっぱり、中庭のほうが良かったな……少し強がってみたものの、精神的には結構つらいな……」
心でつぶやきながら周りを見つつ箸を進めていると、海斗が唐突に立ち上がり、こちら側へと向かってくる。
「おい! なんだよお前、まさか担任に話したからって強がってるんじゃないだろうな? それがクラス最底辺の奴の態度か!? この前言ったよなァ、「さっさと死ね」ってよ。昨日お前が来なかったから期待してたが、朝来てみたらお前がいてよ、んでもって……って、聞いてるのか!」
彼が僕の机を勢いよく叩いく。ダン! と教室内に大きな音が響いた。一瞬体が跳ね上がったが、消して表情を崩さないようにする。そして、思わずして心の中で封じ込んでいた言葉が、漏れてしまった。
「ねえ、そんなに馬鹿みたいに騒ぎ散らしてさ、時間なくなるよ? あ、もう食べ終わったのか。いい時間稼ぎになってよかったね……」
――海斗の振るった腕が、僕の頬を襲った。
叩かれた衝撃で椅子から崩れ落ちる。そのままロッカーに後頭部が直撃し、一瞬だけ眼前が真っ暗になったが、すぐに意識は明瞭になった
「痛いなぁ……人を殴るのはよくないじゃないか……」
頬を軽く抑えながらゆっくりと立ち上がる。正直頬は全く痛くなく、後頭部の痛みのほうがひどかった。
薄ら笑いを浮かべながら彼を見つめる僕に
「お前、おかしいぞ! 薬でもキメたのか!?」
「『おかしい』だなんて心外だなぁ。それに、おかしいのは君の方じゃないか? いつもこんな状況だったらこんな無駄話なんかせずに僕を殺しにかかるだろう? なんで今日は来ないんだ? 僕は逃げも隠れもしない。君と真っ向に立ち会うだけだよ」
ケタケタと小さく笑い声をあげて、彼の目を見据える。彼の顔は若干引き攣っていて、いつも僕に見せるような強気の表情はなかった。クラスメイトの視線は冷え切っており、教室内もまるで真冬の北国かのように冷え切っていた。
ふと彼が後ろを向き、駆け出したと思うと遠目から心配そうな表情を向ける空の腕を掴んで
「ちょっと来い!」
そう怒鳴って否応なしに彼女を引いて教室から飛び出していった。
「クソっ! やりやがった!」
普段出ないようなほどの声を上げ、彼に続いて教室を飛び出す。まさか、そんな訳が無かろうと、勢いに任せてそのような行動をしてもよいのかと、最悪の状況――すなわち海斗が蒼空に突発的な怒りと対抗心で告白してしまうのではないか、そして彼女がそれを承諾してしまうのではないかと。心配に苛まれる僕の心を抑えながら必死に彼らを追いかけた。
彼らはすぐに見つけることができた。昼食時に弁当も持たず二人、人気の少ない中庭にいるだなんて異質でしかなかったから。
僕は彼らに見つからないような場所に隠れ、そこから彼らの様子を注視した。
「で、どうしたの? いきなりこんなところまで連れてきて」
きょとん、と言う擬音がぴったり当てはまりそうな表情を浮かべながら彼女は海斗にそう聞く。彼女がそうなるのも仕方がないが、ここまで連れてこられたらどうなるのかは多少想像がつくはずなのだが、彼女にはその能力は備わっていないよだ。この前で書けたときに距離感が異様に近かったのはこれがあったからなのだろう。
「いきなりで悪い。君嶋と仲良くしてるようだが、奴の事どう思ってるんだ?」
海斗が彼女に聞いた。正直彼女にどう思われているのか気になっていたから、耳の感度を最高まで上げて聞き取ろうとする。
「うぅん……幼馴染、かな……?」
あとにごにょごにょと何か言っている気もしたが、変な期待をしなくてよかった。久しぶりにそう思えた瞬間だった。
すると、海斗は大きく息を吸い込んで、ついにその言葉を言った。
「じゃあ、俺と付き合うのはどうだ?」
すっと、秋口にしては冷たい風が足元を吹き抜けた。そして
「うん、ありがとう……わかった」
彼女の口から、そう発される。僕の脆い心を打ち砕くかのように、大きな杭のようなものが打ち込まれるような感覚がした。
「「わかった」なんて嘘だろ……? それは海斗の申し出を受け取ったってことだよな……?」
彼らが教室に戻ろうと歩を進めた少し後に、僕は身を隠していた場所からひょいと体を出して、教室に戻ろうと歩き始めた。
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