理由なんてわからない

――あいつらが僕をいじめる理由、そんなものわかる訳もない。通学中に起こったこと、下駄箱で起こったこと、教室で起こったこと、体育館で起こったこと、下校中に起こったこと、二週間前の事、一か月前の事、三週間前の事、僕の封印しておくべき忌まわしき記憶を呼び覚まし、アイツ海斗達の言った言葉を鮮明に思い出そうとする。


 「男のくせに女みたいになよなよしやがって」そうアイツが言った言葉――これかもしれない。


「もしかして……僕がこう、なよなよしてるから……」

「それは違うと思うな」

 僕が思い当たる理由を口にしたすぐ後、兵藤さんに否定される。

「なぜです?」

僕がそう聞くと

「だって、あの軟膏の痛みを耐えきったんだ。たぶんほかの理由があるはずさ。例えば、交友関係とかで」

「交友関係……まさか……」

 彼に指摘されて、思い出す。昨日彼に言われた『あの言葉』を。



「わかったかもしれません……海斗……いや、クソ野郎が僕にひどいことをする理由が」

「そうか、それはなんだい?」

 僕がぽつりとこぼすと、兵藤さんはその言葉に耳を傾け、僕にその内容を言うように促す。

「昨日、アイツから暴行された時にこう言ってました。「どうして蒼空はあはお前みたいな奴なんかと仲良くするんだ。こんなカマ野郎と、どうして仲良くするんだ」って。蒼空と言うのは僕の幼馴染で、昨日一緒に買い物に付き合った人です」

 うんうんと、彼は頷いていた。それを見たのと同時に、僕の心にある一つのたがが外れたような音を感じ取った。これ以上喋っては止まることはできない、そう直感で理解していたのに、僕は言葉を発してしまう。

「「どうして蒼空と一緒にいるんだ」って、おかしいでしょう!? こっちはただの幼馴染、恋人でも何でもないんです! ただ仲良くしているだけなのにどうしてこんなことにならないといけないんですか!?」

 箍が外れてしまった僕は止まることができなかった。僕の本心を兵藤さんにぶつけるうちに目尻が熱くなり、眼前が歪み始める。頬には一筋の涙が伝っていた。でも、僕の思いを伝える口は止まろうとしなかった。

「当の蒼空だって、一人ぼっちの僕を憐れんで一緒にいてくれただけなんだろうに! 今回も彼女から誘われたから行っただけなのに! なんで……なんで……」

 初めははっきりと話せていたが、感情的になっていくにつれて声が震え、最後は嗚咽に近いものになる。

 さっきは少しの小さな涙が頬を伝っていただけなのに、いつの間にか大粒の涙が頬から流れ落ち、僕の服の裾とズボンに小さなシミを作っていた。

「君に悪いところはない。ただの一方的な私怨だよ。教えてくれてありがとう、辛いことまで思い出させてしまったね……申し訳ない」

 兵藤さんはソファから立ち上がり、僕の横に座る。そして肩を組んで

「君は何も悪くない。悪いのはそのリーダーとやらだけだ」

 彼が肩を組む横で僕はしゃくりあげるように泣いた。わあわあと人前で、久しぶりに声をあげて泣いた。そして、いつの間にかすっと消えるように僕の意識は闇に吸い込まれていった。





――少し眩しくやわらかな朝日が僕を差し、ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえる。

「ん、ここは……ってやばっ!」

 僕はがばっと体を起こす。どうやら泣きながら眠ってしまったようだ。

 立ち上がって机の上に何かあった僕はそれを見てみる。

「おはよう。今日は学校を休んでいなさい。軽く朝食を作っておいたから、部屋から出たらだれか近くにいる駅員に声を掛けなさい」

 そう丁寧な字で書かれた書置きが机の上にあった。


 僕は学校に休みの連絡を入れようとスマホの画面を点ける。あの世とこの世の境ならもしかすると電波が届いているかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。

「まあ、そりゃそうか……そりゃぁ、圏外だよな……」

 がくっと肩を落とす。

「でも、無断欠席もたまにはいいよね!」

 僕はそう一人呟いて、スマホを鞄にしまった。




「とりあえず、朝食を頂きに行くか……」

 そうまた呟いて、駅長室のドアを開ける。「おわっ」と誰かの驚く声が聞こえ、ドアの陰からひょっこりと駅員の格好をして黒髪で首あたりで整えられているショートカットのいかにも真面目そうな女性が現れた。

「あ、すみません」

「ん、ああ。大丈夫だ。長らく朝食を食べに来るのを待っていたが全くやってくる気配がなかったから起こしに来た。起きているなら話が早い。ほら、行くぞ」

 彼女はさっさと歩き始める。

「起こしに来てくれてありがとうございます!」

 僕はそう言いながら、彼女に歩調を合わせる。



「着いたぞ」

 彼女は『給湯室』と書かれた札が打ち付けられた木でできたドアを開け、中に入る。そしてそれに続いて僕もその中に入った。

 給湯室の中は木製の小さな机と椅子が一つづつと簡単な調理場がある質素な部屋だった。窓から入ってくるやわらかい日差しと木製の調度品が美しく混ざり、どこか安心する雰囲気を出していた。


「そこにあるのがお前の朝食だ。私が丹精込めて作ったから味わって食べろよ? 残したら……まあ、わかってるか」

「すみません怖いです」

「ははっ、そうか、すまなかったな」

 あはは、と彼女が笑う。初めて見た時の鉄仮面とは打って変わり、かわいらしい笑顔をしていた。

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