話してもらおうか
あの激痛軟膏薬を僕の身体に塗り終えた兵藤さんはその瓶を元あった引き出しの中にしまい、僕にここで待っておくようにとだけ伝え、駅長室の外へ出て行った。
「いや、すごく痛い……」
塗られた場所がまだひりひりと痛み、思わず手を額の傷のあった場所に近付け、触れる。が、そこには傷のざらざらとした触感も塗り薬系のぬるぬるとした感触もなかった。触る場所を間違えたのかなとその周りも触ってみるが、どこにも思い当たるような場所はなかった。
「傷が……ない?」
不思議に思った僕は僕の横に置いてある鞄からスマホを取り出し、カメラを起動して内カメラにする。
「本当に傷がない……」
前髪をかき上げて額を確認してみると、そこにあったはずの傷が無くなっていた。斜めに引き裂くような、深い傷が。まるで元からそこに何もなかったかのように、消え去っていた。
「ふぁっ、なんで傷が……」
ありえない状況に僕は戸惑いを隠しきれず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
不思議な力で消え去った傷に困惑していると、駅長室のドアが開かれ、
「すまない、待たせたね」
そう言いながら片手にティーカップの乗ったお盆を持った兵藤さんが入ってきた。
「話をするときにはこれがないと」
笑顔でそういう彼は手に持つお盆を机の上に置き、ティーカップを一つ持ち上げて僕の方向に寄越す。
「今日はね、前とは違う茶葉で点てたんだ。前の茶葉よりも甘みと酸味が強いんだ」
彼は軽くこの紅茶の説明をしながら僕の対面に座る。
「じゃあ、いただきます」
僕は目の前に置かれたティーカップの取っ手を握り、持ち上げて紅茶を口の中に注ぐ。お茶独特の酸味の後にすっきりとした林檎のような甘みが通り抜ける。フルーツティーのような味で、「お茶を飲んでいる」と言うよりも「甘みの少ないジュースを飲んでいる」感覚に近かった。
「どうかな?」
「前の茶葉よりもあなたが言ったように甘みと酸味が強くておいしかったです。ほんのりと林檎の味がしましたね」
「そこに気づくとは、いいセンスをしているね。これは、海外の果樹園にある林檎の木の葉と甘くて口当たりの良い茶葉を混ぜて、それから……」
僕が感想を言うと、彼は目を輝かせながらつらつらとこの紅茶に使われている茶葉の説明を始めた。初めのほうは何とか理解できたが、途中から何を言っているのか全く理解できなかった。
――とりあえず、すごいんだな。
そう無理やり完結させ、僕を納得させる。
一通り話し終えた彼は」手を組んで一度大きく背伸びをする。彼の身体からぽきぽきと骨の間の気泡がつぶれる音が聞こえた。
「それじゃあ、場も和んだことだし、始めようかな」
彼はそう言い、本題に入ろうとする。たぶん傷の話だろう。その前に、聞いておきたいことがある。
「あ、その前に一個聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんだい?」
「僕に塗った薬って、一体何物なんですか? 流石に傷の直りが早すぎますよ」
僕は不思議に思うことを思い切って聞いてみた。流石に異常なものだから、タブーなのかもしれない。正直、聞いたことで何か起こるのではないかととてもとても不安だった。
「やっぱり、不思議に思うよね。さっきの薬はね、現世にあるものじゃないんだ。要するに、あの世の世界の物だ」
「あの世の物……現世では存在してはいけないもの……?」
「そう、現世では存在してはいけないもの。ここは現世とあの世の境目で曖昧な状態だから存在できるってわけさ。本来は君みたいな生きた人間には使っちゃいけないんだけど、今回は特別だ。今日のことは誰にも言っちゃいけない。いいね?」
「はい、わかりました」
彼の説明に納得した僕はうんうんと首肯した。
「う~ん、余談はこれでおしまい。じゃあ、本題に入ろう」
「本題ですか……まあ、どんな質問が来るのかはもう予想が付きましたよ」
「勘のいい男は良い奴だ。じゃあ、話してもらおうか、何があったのかを。じっくりと、君が話せる範囲で」
「わかりました、今回ばかりは暴力沙汰なので話せないこともありますがね」
僕はそう言って、大きく息を吸ってから、僕が遭遇したことを話し始めた。
「まず、ここは先に言っていたと思いますけど、昨日、幼馴染の買い物に付き合いました。その後彼女と別れた時にですね、その『
頭の右側をこんこんと叩き、少し笑いながら説明する。僕が笑っていたのはたぶん、恐怖心を薄れさせるためだろう。
「それはひどいな……本当に生きていること自体が奇跡かもしれないレベルの話だ」
「本当にそうです。悪運がいいのか、はたまた不幸なのかはわかりませんけど」
嘲笑気味に話す僕と、少し険しい表情をする兵藤さん。その間には少し異様な空気が流れていた。
「じゃあ、私から何個か質問をさせてもらおう」
黙って話を聞いていた兵藤さんが唐突に口を開く。
「わかりました」
「まず一つ目、どうしてその『アイツら』が君をいじめるのか、理由はわかるかい?」
了承の意を示すと彼は僕に一つの『
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