ずっとこの手を
「ねえねえ、あれ取れそう?」
蒼空がクレーンゲームの中にあるクジラのぬいぐるみを指差して聞く。
「取れるんじゃない?頑張れば」
「今、取れるって言った?」
「うん、言ったけど……」
「じゃあ、よろしくおねがいしまーす!」
どんっ、と蒼空に背中を押され、クレーンゲームの筐体の方向に突き飛ばされる。
「うん……わかったよ、頑張る」
鞄から財布を、そしてその中から 500円玉を取り出して投入口に入れる。陽気で軽快なBGMが流れ、ゲームがスタートした。
①とマークされたボタンを押すと、にゅるにゅる……といった意味不明な効果音と共にアームが左に動き、②とマークされたボタンを押すと、奥のほうへと彼女が欲しがるクジラのぬいぐるみにアームが向かっていく。
「おっ!いい感じ……いい感じ……」
思い通りに動くアームとぬいぐるみを取ってあげたいという気持ちが僕に熱を与える。
「あっ……!」
少し調子に乗ってしまい、アームの微調整がうまくいかず、開かれたアームはクジラの胴体に掠りさえせず、尻尾に引っかかる。「やらかした……」と少々落ち込んでいた時に、奇跡が起こった。
尻尾に引っかかったアームが上に上げられたときに尻尾側が一緒に持ち上げられ、転がり落ちるような形で滑り落ち、
「一発じゃん! すごい!」
蒼空が驚きの声を上げる。
僕はしゃがみ込んで取り出し口にごろんとおなかの方向を上に寝転がっているクジラの姿を写真に収め、それを取り上げて蒼空に渡す。
「ありがとね! サク君!」
かわいらしい笑顔を浮かべ、景品のぬいぐるみを抱きしめながら彼女は僕にそう伝える。子供のように嬉しがる彼女の姿が、本当にかわいらしくて、そのままポケットにしまって連れて帰りたいくらいだった。
そして彼女に連れられるまま、プリクラの機会の中へと入れられる。すると彼女はちゃりんちゃりんと投入口に小銭を放り込み、いきなり僕の手を握る。
「え……え?」
「気にしない気にしない! さ、撮るよ~!」
急いで左手でピースを作り、笑顔を浮かべる。
ぱしゃっ、という少し大げさなシャッター音が響き、その後に彼女は機会にはめ込まれたタッチパネルを器用に操作し、何やら文字を書き込み始める。
書き込みを終えると、彼女はカーテンの外に出る。僕もそれに追随して外に出る。
「はいこれ。サク君の分」
そう言って、プリクラで撮った写真を僕に渡す。その写真をよく見ると、僕の上に『彼氏』。蒼空の上に『彼女』。その上に訂正線が引かれ、すぐ傍に縦書きで『幼馴染♡』と書かれていた。
「蒼空さん……?この訂正線の下には、何と書いてあるのでしょうか……?」
驚きのあまり、ふざけたような固い口調で聞いてしまう。
当の彼女は僕に背を向けたまま、一言も言葉を発しない。
「次、あそこ行こう!」
彼女が振り向いたので、答えを返してくれるのかと思いきや、少し遠くにあるリズムゲームの筐体を指差し、そう言った。
ずっとずっと、この楽しい
ずっとずっと、蒼空と一緒にいたくて。
例えそれが計り知れないほど遠い未来でも
いつか彼女と離れ離れになるのが怖くて。
ずっとずっと、彼女の温かさを味わっていたくて。
でも、時の流れというものは非情で、
僕の願いなんて叶えてくれなくて――
そのあと僕たちはたくさんのゲームをプレイして、財布の小銭が尽きるまで遊んで、喫茶店に入ってはカップルの真似事をしてみたりして、今までにないくらい楽しい日を過ごした。そして日が落ちかけた今、住宅街の交差点にいる。
お互いに「バイバイ」と手を振り合って、帰路を辿ろうとした。が、僕も彼女も動き出していた足が止まる。
「何か、言いたいことあるんでしょ。そんな感じがする」
彼女に背を向けたまま、茜色に染まった空を見上げて彼女に話しかける。
「言いたいこと、いっぱいある。でも、一個だけ。もう一個はもっとずっと先」
少し間を開けて、彼女は続ける。
「実はね、今日、サク君をいきなり誘って来てくれるのか、ちょっと心配してたの。だって、「僕と関わるな」って直接言ってくるからさ……」
彼女の声はだんだんと力が抜けていき、最後は少し震えた声になっていた。
「心配なんかしなくてもいいよ。口ではあんなこと言ってるけど、本当は仲良くしていたい。もっと、ずっと仲良くしていたいよ。だから、君の誘いを断ることなんて無い」
思っていることを、本心のまま言葉に乗せて彼女に届ける。
「よかった。じゃあ、また学校でね。サク君」
「うん。また学校で」
お互い背を向けたまま、別れを告げた。顔を合わせていれば、理由もないのに涙がこぼれていたかもしれない。
「また、学校で、ねぇ……」
彼女の言葉を頭の中で転がしながら帰路を辿っていると後ろから肩をつかまれ、
「おい、君嶋。やけに楽しそうだったじゃぁないか」
そう声を掛けられる。
聞き覚えのある男の声。
「不味い」、そう確信した僕の心が僕に逃げろと警告を発する。しかし、肩をつかまれているために走ることができない。たとえ逃げられたとしても、運動が嫌いなこの僕だ。たぶんすぐに追いつかれるだろう。
僕に残された選択肢は、後ろを振り向くことだけだった。
――ああ、なんと無情な世界なんだろうか。
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