不意に起こる奇跡
そして彼女はその後も何個か服飾店を回り、一時間も経ったころには僕の両手にはたくさんの紙袋が握らされていた。
彼女が冬物のコートまで買ってしまったから、そしてそれを持たされているから、それがかなり僕の腕に堪える。
「とりあえず、お昼食べようよ! ちょうどいい時間帯だからさ!」
「そうだね。で、どこで食べるの?」
「あそことかいいんじゃない?」
彼女が指差したのはイタリア料理店。前に彼女と来たとき、二、三か月前はフランス料理、その前、半年ほど前に来た時にはドイツ料理だった。正直、ドイツ料理が食べたかったのだが、店が変わっていたから仕方がない。
「いらっしゃいませ~! 二名様ですね! そちらのテーブルへどうぞ!」
元気のよい店員が奥にあるテーブル席に誘導する。僕たちはそれに従ってその席に座る。
「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」
そう言う店員に水の入ったコップとお手拭き、メニューを渡される。
「蒼空は何にする?」
「う~ん……パスタにしようかな?」
「僕もそうしようかな……」
勢いでイタリア料理店に入ったはいいものの、何も考えずに入ったためにメニューを見て悩む。
「じゃあ僕は……ボロネーゼにしようかな?」
「じゃあ私はチリカルボナーラにしよ!」
「あとはピザを頼んて二人で食べよう」
「いいね! そうしよう!」
二人注文するものを決めて、それを頼んだ。
「いやぁ、いっぱい買ったねぇ~」
満面の笑みで彼女は言う。どうやら本当にご満悦のようだ。
「僕としてはいろいろ大変だったんだけど……」
あのセーターを買った店であったことを思い出す。正直、本当に何を話しているのかが気になってしまった。
「アクセ買いに行ったときはびっくりしたね!まさか付き合ってると思われたなんて……」
あはは、と笑いながら彼女は続ける。
「まさかペアの指輪勧められるとは思わなかったよ~!」
「あれはびっくりしたよ……本当に」
「でも、勘違いされるのも悪くはなかった……かな?」
彼女の顔がほんの少しだけ紅潮しているのが見えた。
「いやぁ、いい迷惑だったよ。別に悪く思わなかったけど……ね」
すっと、微妙な空気が流れる。お互いが変に意識し合っている。そんな何とも言えない空気。
何も話せずに悶々としていると
「お待たせしました~。チリカルボナーラとボロネーゼです」
注文したものが厨房から届けられた。
「うわあ……おいしそう……」
さっきまで少し恥ずかしそうにしていた彼女も一瞬で表情が変わる。それくらいに美味しそうだった。
「「いただきます」」
二人の声が被る。くすっと笑ってから、料理を口に運ぶ。
「美味しいよ! すごくおいしい……」
「ほんとに、すっごいおいしい……」
あまりのおいしさに驚きを隠せない僕たちは思わず感嘆の吐息を漏らす。
二人で「おいしいね」と言い合いながら食べ続けていると、焼き立てのピザが運ばれてくる。
僕はパスタの麵を掬う手を止めて、ピザに手を伸ばす。チーズが程よく伸び、テレビで見る宅配ピザのコマーシャルのような光景が完成した。
「サク君! すごいよ! CMみたい!」
「ほんとだ! すごい!」
見たことのないものを見て興奮する小さな子供のような調子で話す。もちろん小声で。
「写真撮っていい?」
「いいよ。というか逆に撮ってほしいな」
彼女はスマホを取り出し、パシャリとカメラでコマーシャルのような小さな奇跡を写真に収める。
「じゃあ、サク君のほうにも送るね」
慣れた手つきで画面をタップする彼女から写真が送られてきたのはそれから数秒後の事。
「ありがと。じゃあ、冷めないうちに全部食べちゃおう」
「4785円です」
レジを打つ店員が値段の合計を告げる。
「うおっ……意外と高い……」
「半分半分にする?」
「いや、僕が払うよ。普段のお礼代わりにさ」
「なら、お言葉に甘えて……」
僕は財布から5000円札を取り出して、トレーに乗せる。
「 215円のお返しです」
「御馳走様でした」
そう言って僕たちは店を出る。
「いやぁ、美味しかった」
「ほんとに!」
「また来ようね」
「うん。また来よう!」
そして行く当てもなくモールの中を歩く。こうやって彼女と一緒に出掛けることが久々だったから、ぶらぶらと歩きながら雑談するだけでも楽しい。
「あ! あれ!」
いきなり彼女が声を上げる。
「どうした?」
「あのぬいぐるみ、すごくかわいい……」
彼女が指差すのは雑貨屋にある一つのクジラのぬいぐるみ。たくさんの荷物を持つ僕を尻目に彼女はすたすたとそのぬいぐるみの元に近付き、手に取った。くるっと一周させ、ぶら下がる紙のタグを見て一瞬険しい表情になったと思えば、そのぬいぐるみをもとの場所に置いて僕の元へ戻ってくる。
「なんで買わなかったの?」
そう理由を聞いてみる。
「大きさのわりに値段が高かった」
少し不満げに彼女は言う。
それからはショッピングモールの外に出て、少し高級なブランドのショップに入り、最近の流行に便乗してタピオカミルクティーを飲んでみる。
「ん! 美味しい!」
「私も飲ませて!」
「自分で買えばいいじゃん」
「おかねない!」
「お前は……別にいいのか?」
「小さいころにいっぱいしてるから今更気にしてられない!」
「はぁ、わかったから……」
蒼空の勢いに押されて、僕はタピオカミルクティーのカップを手渡す。
「おいしい~」
頬を緩ませる彼女。そして僕が口をつけていたストローが、彼女の口に触れている。彼女は気にしないと言ったが、僕としては気になってしょうがない。
「いやぁ、おいしいいねぇ~」
そう言ってカップが返された時にはすでに中身は入っていなかった。
「え、全部飲んだの!?」
「だって美味しかったから……」
「まあ、別にいいんだけど…というか君が口をつけたものにまた口をつけるのは気が引けるから……」
自身の顔がほんの少し紅潮するのがわかる。
「じゃあ、このことは置いといて、次はどこ行く?」
「君の行きたいところに」
「じゃあ、ゲーセンとか行く!」
「じゃあ、行こう」
そう言って、歩を進める。
――正直、タピオカのぶよぶよした触感が少し苦手だった。
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