第十一話:特別計画部門


 アルヴェルクトゥス製薬はこじんまりとした会社であった。

 受付に特別捜査官であることを告げ、捜査官身分証を見せるとヤエヤマ達の前に案内役の担当者が出てくる。


「今回はどのようなご用件で?」

「殺人事件の捜査をしている。ここから、犯人と思わしき人間がアクセスしたことが分かっている。このパソコンを見せてもらいたい」


 ヤエヤマはパソコンを特定するデータを印刷した紙を担当者に見せる。それはクレサイヤから送られたものをそのまま印刷したものであった。

 担当者は少し驚いた様子を見せながら、その紙を受け取る。


「な、なるほど、今、情報システム担当者に問い合わせますので少々お待ちを」

「頼む」


 担当者は携帯を取り出して連絡を始める。短いやり取りを数度繰り返してから、彼は通話を切った。


「確かにうちのコンピューターですね。二階にある部署共用のPCです」

「その部署って言うのは、何の部署なの?」

「『特別計画部門』ですね。どうぞこちらへ、ご案内します」


 『特別計画部門』という曖昧な部署名に首を傾げながらもヤエヤマ達は担当者について行く。


「『特別計画部門』って何を扱っているんだ?」

「特別な計画です。詳しくは国家の機密に関わることですのでお教えできませんが……」

「名も知れてない企業が国家の機密に係る計画を担当するとはね」

「ええ、まあ、うちは民間向けプロダクトも出してますが売上の殆どは国の計画への協力によるものなんです。次のプロジェクトは数億レジュ規模の報酬に……あっ」


 担当者は口を滑らせたとばかりにそこで沈黙した。


「こ、こちらが『特別計画部門』です。あれがお求めのPCです」

「セプト、PCを調べろ。ラムノイ、シュヴェーカ、探すぞ」


 ヤエヤマはそういってズカズカと部屋の中へ入っていく。何を調べるのか釈然としない二人は彼の後ろにただ付いていっていた。

 突然ヤエヤマがしゃがんで地べたを這いながら何かを探し始めるのを見て、彼の行動が奇行と写ったのか担当者は唖然とした表情をしていた。


「あ、あの、何をしてるんですか……?」

「靴を探してる」

「く、靴ですか?」

「靴だ」


 「はあ……」と担当者は理解できない様子で答え、額を拭った。ラムノイはいつものアンニュイな表情でヤエヤマが靴を探すのを見ていた。


「別に地を這う必要ないじゃん」

「こっちのほうが見やすい」

「社員さん達、怯えてるけど」


 ラムノイの言葉にヤエヤマが顔を上げると、珍獣でも見るような視線がヤエヤマに集中していた。


「お前らも探せ」


 ラムノイとシュヴェーカは不承不承といった様子で靴を探し始めるのであった。


* * *


 レーシュネは目の前を見つめていた。広い会議室の自分が座っている場所の真向かいに彼が目的としていた人物は座っていた。

 その人物の名は、ヴィヨック・ノアフィス――連邦軍総司令官であった。


「いつも多忙な私を呼び出したのには、それ相応の理由があるんだろうな?」

「ええ、こちらの人間にも関わることですから」


 答えたのはレーシュネではなく、その横に座る小柄な人影であった。腰にまで届く美しい黒髪、瞳は灰色でキリッとした目元がアクセントとなっている。服装はその場に似合わないゴスロリ様の服装だったが、同席する二人はそれを全く疑問に思わないような顔で議論に望んでいた。

 彼女の名前はシア・ダルフィーエ・シアラ、言語保障監理官事務所の統合局長を務めている。言語保障監理官事務所の任務は広く、軍内部にも渡っている。ノアフィスに圧力を掛けるには十分の人選であった。

 レーシュネは目を細めて、ノアフィスの顔面に視線を集中させた。


「アルヴェルクトゥス製薬の特別計画部門、といえばお分かりでしょう」

「……はぁ、あれの話か」


 レーシュネはおくびにも出さなかったが、その反応が少し意外に思われた。機密の計画に関して触れれば、誰だって少しはストッパーを掛けるはず。その兆候が全く見られなかったのだ。

 ノアフィスはあくびをするような柔い口調で、その後を続けた。


「大したことではないよ。連邦政府の新型兵器の開発を依頼していたんだ。TH-13145RSという薬品でね」

「それはどのような薬品なんですか」

「ケートニアーだけを選択的に殺害する薬品だよ。作用機序はケートニアーのモーニ体を薬品によって過活性化させて、体を焼き切るようなものらしい」

「なるほど」


 レーシュネがそう答えると、ノアフィスは席を立って荷物をまとめ始めた。


「それ以外に質問がないなら、帰らせてもらうよ。」

「ご苦労さまです、ノアフィス総司令官。しかし、もう一つ質問が」

「なんだね」


 ノアフィスは面倒臭そうにレーシュネの顔を見た。


「新型薬品兵器の実験などは今のところされていますか?」

「いや、まだ設計段階にも満たないはずだがね。実験段階に入れば数億は下らない予算が当てられるし、会社もウハウハだろうよ。参謀本部は期待しとらんがね」


 そういって、ノアフィスは部屋を後にしていく。レーシュネはその背後を怪訝そうな目で見つめていたが、ややあって緊張の解けた様子で席を立ち上がってシアの方を向いた。


「ありがとう、ダルフィーエ君。わざわざ同席してもらって」

「いえ、ラッビヤ人居留区に居たときは何かとお世話になりましたので。私なりの恩返しみたいな物です」


 レーシュネはその言葉を聞いて、しみじみといった感じで頷く。

 シアは昔、レーシュネがラッビヤ人居留区の行政長官だった際に前線に立つ言語保障監理官として派遣された一人であった。それ以来、何かと二人は仕事の上で協力しあってきた。


「ラムノイ君の人選はちょっと微妙だったがな」

「あら、彼女は私の一番の部下ですよ。何か問題でも?」


 シアは冗談めかして嘲るように言う。レーシュネはそれを見て、首を振りながら笑みを漏らした。


「やはり、君によく似ている」


* * *


 部屋の一面はコンクリートむき出しで、情緒も何もなかった。薄暗く冷たい無音の部屋、FMFの取調室はそういうところであった。

 そこには白衣で清潔感のある金の短髪の男とヤエヤマが面と向かって座っていた。金髪男は忌々しそうな表情を浮かべながら、苛立たしげに腕を組んで貧乏ゆすりをしていた。


「ザッカーワイムさん、探すのに少し手間取りましたよ」

「床を這い回る捜査官なんて聞いたことないからな。物見だと思って研究室から出てきたら、これだ」


 はあ、とザッカーワイムはため息をつく。ヤエヤマは目の前にある捜査資料をめくって、靴の画像を彼の前に差し出した。


「この靴を持っていますね?」

「ああ、最近のモデルでね。ネットで健康管理が出来る」

「ええ、会社から健康管理システムにアクセスしたことも知っています」

「健康に気をつけるのは別に違法じゃないだろう?」


 ザッカーワイムは不思議そうに問う。ヤエヤマは更に複数の資料を取り出して、彼の前に出した。


「先日、身元不明の刺殺遺体が発見されました。現場に残された被害者近くの足跡のうち、加害者と考えられる足跡とあなたの靴の型が一致した。靴は現場からあなたの健康データに接続し、あなたは会社からその健康データを参照した。つまり――」

「俺が殺人犯だと言いたいんだろ?」


 取調室は静寂に満たされる。ヤエヤマとザッカーワイムは厳しい視線をお互いに交わしていた。


「どうなんだ」

「……殆ど状況証拠だろ。そんな証拠、法廷ではクズだ」

「そうかもな」


 ヤエヤマは瞑目しながら考える。今の所、ザッカーワイムを犯人だとする直接証拠は存在しない。ザッカーワイムはやれやれと言った様子で首を振った。


「もう良いかな。こっちは忙しいんだ」

「今日は帰ってもらっても構いません。ですが」


 ヤエヤマは席を立とうとするザッカーワイムに息が掛かる距離まで顔を詰めた。


「絶対に証拠を掴んでやる」


 ザッカーワイムはその剣幕に驚いていたが、顔を背けて取調室を出ていった。

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