第十二話:深夜の潜入捜査
「凄いの見つけたんじゃよ!!」
ラムノイは受話器を耳から勢いよく離した。フードを内側から引っ張ってコケかけたところをヤエヤマに支えられる。場所はFMF本部、ヤエヤマ班の部屋である。デーディガタンを取り調べから返した後、ヤエヤマは悶々とした表情で捜査資料を一から精査していた。その叫びはそんな時に掛かってきた電話の第一声であった。
ラムノイは受話器の通話をスピーカーに入れて、周りの捜査官に聞こえるようにした。
「凄いのって何」
「試料に気を取られて、ちゃんと分かってなかったんじゃけど被害者の刺創の下部が特徴的な傷になっていたのじゃ!」
「それの何が凄いの」
「特定できたんじゃよ。刺したナイフがな!」
「本当か?」
ヤエヤマは電話に食いつくように近づいた。そして、音量+ボタンを怒涛のごとく連打する。ラムノイは暑苦しそうに電話から離れた。
「しかし、何故分かった?」
「刀による刺創は刃がある方が明確に分かる。その切れ方が鋸歯のように段が付いているようなものであれば、サイズと段のパターンでナイフが特定できるのじゃ。これは連邦軍でも使われている護身用ナイフじゃな」
「……デーディガタンの家宅捜索を行う。すぐに準備しろ」
ヤエヤマの号令にセプトとシュヴェーカはすぐには動き出さなかった。何か遠慮しているような、そんな表情でどちらから言い出そうかと譲り合っている様子だった。
ラムノイはフードの中からアンニュイな目を覗かせて、二人を観察しながら足をぶらぶらさせる。
「何してんの」
「や、それが、デーディガタンの家が無いようで……」
セプトは焦りながら説明を始める。
デーディガタンは家を持っておらず、代わりに会社の一室に住み込みながら研究をするワーカーホリックな社員らしく私物も会社に持ち込んでいるようだった。
「……そうなってくると、令状無しで踏み込むのは無理じゃん」
「国家の機密に関わる部署なんでしょ? 会社が手回しして裁判所からの令状すら出させてくれないでしょ」
シュヴェーカが綺麗な銀髪を指に絡ませながら、難しそうな顔でいう。しかし、代案を他の人間が出せるわけでもなく、その場は静寂に満たされていた。
ヤエヤマの視線は真っ直ぐに一枚の捜査資料に向かっていた。アルヴェルクトゥス製薬について書かれた調書、彼はそれをじっと見つめていた。
「少々手荒な方法だが、やってみるしかないか」
ヤエヤマのそんな呟きにラムノイは一抹の不安を過ぎらせながらも、従わざるを得ないだろうと覚悟を決めていた。
* * *
夜闇に紛れて動く影が四つあった。場所はアルヴェルクトゥス製薬本社、おどおどした様子の影は街灯に顔面を照らされて忌々しげにそれを見上げた。
「おい、あまり光の当たる場所に出るんじゃない。見られでもしたらどうする」
「見られたらマズい作戦なら最初から立てないでくださいよ……」
「無駄話したら更にバレやすくなるから、やめたら」
セプトとヤエヤマの会話に割り込むのは、ラムノイだ。黒色のパーカーがいい感じに隠密効果を出していて、暗闇の中ではヤエヤマ達ですら彼女がどこに居るのか分かりづらかった。
そう、彼ら四人は人の居ない深夜に乗じて、アルヴェルクトゥス製薬に潜入しようとしていたのであった。出入り口のロックは旧式の施錠方式でラムノイが簡単にピッキングして開けてしまった。アラームなどは全く鳴らない様子で、デーディガタンの個室まで簡単に到達することが出来た。
彼はこの時間丁度に「調書の事務処理」の名目でFMF本部に出頭させているのでこの場には居ない手筈になっている。
「やれやれ、こんな簡単だと国家の安全が思いやられるな」
「総司令官も簡単に口を割ったあたり、そこまで重要な機密でもないんでしょう」
レーシュネからの報告を聞いていたセプトはそう言いながら、デスクを漁り始める。彼は丁寧に一つ一つデスクの上に並べていたが、対照的にヤエヤマは建物を解体する勢いで散らかしていた。
「ねえ、もうちょっと直しやすいように剥がしたり、漁ったりしなさいよ」
「丁寧にやろうが、手荒にやろうが、デーディガタンを犯人だと立証できなければ俺達は終わりだがな」
「何であんたの断崖絶壁絶体絶命人生に付き合わなきゃいけないのよ……」
シュヴェーカはそう言いながら、出てきた書類をリノリウムの床に投げ捨てた。そこから漏れ出すようにナイフが滑り出した。刃先は綺麗だが、持ち手の部分に接する部分が燻し銀のようにくすんでいた。
「こ、これじゃない? 連邦軍制式仕様の戦闘用ナイフよ」
彼女は屈んで、証拠を扱うためのビニール手袋を嵌めた手先で慎重にナイフを持ち上げて、証拠袋に滑り込ませた。シュヴェーカはこれで任務完了だと思ったのか、胸を撫で下ろすように息を吐く。
しかし、ラムノイは彼女の開いていた引き出しを静かに覗き込んでいた。
「何か見つけたのか、ラムノイ?」
「いや、なんか変なのがあるんだけど」
ラムノイは引き出しの中に手を伸ばす。その異様な緊張感にシュヴェーカとセプトは静かにラムノイの動きを観察していた。
ヤエヤマは耐えきれないようで彼女に近づいていく。
「変なのってなんだ? ハッキリ言え」
「なんかスイッチみたいのが」
カチャリ。
ヤエヤマがそれを見たのは既にラムノイがスイッチを押下していたところだった。地響きのような異音と共に部屋の西側の壁が下がってゆく。振動が収まると、そこには下階へと続く階段が現れたのであった。
* * *
「何よこれ?」
一昔前のスパイ映画のようなカラクリで現れた階段を覗き込むのはシュヴェーカであった。下の方は暗がりで視界は全く無かった。ラムノイが持っていたペンライトを暗がりの方に向ける。
「何だろう、ドアがある」
「怪しいな。調べるぞ」
ヤエヤマはずかずかと下階へと足をすすめる。ラムノイもそれに付いていくが、上からシュヴェーカが呆れた様子で見下ろしていた。
「もう証拠が得られたんだから本部に戻らない?」
ヤエヤマは彼女の言葉など耳に届いていないかのようにドアノブを捻って、開けた。セプトとシュヴェーカは仕方がなさげに階段を降りてゆく。
「ねえ、探検隊やってるんじゃないのよ?」
「これを見ろ」
ヤエヤマが指す方向に居たのは拘束具に繋がれた男であった。壁に貼り付けにされるように固定されていて、その腕や足には幾本ものチューブやセンサーらしきものが設置されていた。ラムノイはフードを被り直して、側壁に手を伸ばす。カチッという音とともに部屋に光が灯る。
「ひ……っ」
セプトは瘧に掛かったように体を一度震わせた。それもそのはず、目の前に現れたのは人体実験に供されている人間の数々であった。拘束具に繋がれているのは男だけではなかった。男性、女性、子供から老人までが一室の壁に固定されている。顔には麻袋が掛けられ、首のあたりで軽く縛られていた。その様子はまるで処刑を待つ囚人が非人道的に並べられているかのような状況だった。
四人がその異様な光景に固まっていると、ドアの方からこつこつとゆっくりと階段を下る足音が聞こえてきた。四人はホルスターから銃を取って、体勢を整える。
「人の部屋に無断で侵入するとは行儀の悪い人たちだ」
白衣、清潔感のある金の短髪。そこに現れたのは紛れもなくザッカーワイムであった。銃を構える四人の捜査官に対して、全く怯える様子もなかった。
「薬の治験ってやつはこんな酷えやり方じゃねえと出来ないのか」
ヤエヤマは銃口をザッカーワイムに向けて、問う。ザッカーワイムはそれに対して頭を振りながらため息をついた。
「数億規模の報酬に比べれば人一人安いものだ。それに異世界から消滅したところで誰もこの世界では悲しまないからな」
「最低の人間だ。だが、その悪事も今日までだぞ。なぜなら、お前は逮捕されるからだ」
「それはありえないね」
ザッカーワイムはセプトの言葉にさらっと返答する。拍子を抜かされたセプトはその一瞬でスキを突かれた。
「なぜなら、俺は捕まらないからだ――」
手をかざされたセプトは部屋の壁まで吹き飛ばされて、意識を失う。ヤエヤマ達はすかさずトリガーを引くが銃弾は一発も当たらなかった。
「どうやら厄介な
シュヴェーカは背後でノビているセプトを気にしながら、忌々しげにそう呟いた。
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