第七話:一件落着


「ルーヴァは30年前の犯行後、善良な市民のような隠れ蓑としてカラナと結婚したようです。おかげでカラナはすっかりルーヴァに情が移って、利用されたということになります」

「カラナは本当にダンスクラブに行ったけど、庇うためにクラブからカードキーを忘れたと言ってルーヴァを部屋に戻したのね。でも、ルーヴァ自身はもう足が完全に付いてしまったことを見抜いて、わざと首相府を目標にして、捜査官をおびき出した」


 FMFの本部の一室でヤエヤマ、ラムノイ、シュヴェーカ、セプトは事件の整理をしていた。ルーヴァはラムノイの電撃によって、失神して逮捕に至った。彼の部屋からはリュギュヒンギの血液から検出されたものと同じ成分の粉末が見つかった。彼もカラナも犯行とその後の証拠隠滅を認めることになった。

 報告書作りを終えたヤエヤマは、手元にあったコーヒーを一口啜った。


「一件落着だな」


 事件解決後の爽やかな空気を味わいながら、彼は痺れの残る手先をさすった。ラムノイの電撃を受けても彼は気絶しなかったものの、身体の痺れが暫く残ることになった。

 当のラムノイは自分のデスクの上でガムを膨らませながら、足をぶらぶらさせていた。そんな彼女にヤエヤマは静かに視線を移していた。ラムノイもそれに気づいて、気だるそうな視線をヤエヤマに向けた。


「あの時、目を見て何をするか分かってたわけ?」

「ああ、まあ俺だけでもあの状況から抜け出す算段はあったけどな」

「素直じゃないね」

「まあな」


 ヤエヤマは立ち上がって、三人の捜査官たちの前に出た。背後のガラス窓から差し込む光が彼らの自信に満ちた顔を照らしていた。


「ラムノイ、君が居なければ捜査は円滑に進められなかった。ありがとう」

「別に、仕事だし」

「それにシュヴェーカ、セプト。捜査資料の収集と裏取り、君たちのおかげで捜査が進んだ。ありがとう」

「やめてよ、褒められたら照れちゃうじゃない……」

「お役に立ったのなら嬉しいです」


 シュヴェーカは頬を押さえながら、セプトはしゃんとした姿勢で二人共嬉しそうないい表情をしていた。その反応にヤエヤマも思わず頬を緩める。

 そんなとき、ヤエヤマは部屋の端で暖かな視線を向けるレーシュネ長官に気づいた。陽光が差し込むなか、彼の表情はヤエヤマの今の姿を予期し、期待していたことを示すように温和だった。

 彼はヤエヤマに歩み寄って、両手を差し出した。その上にはホルスターに入った拳銃と捜査官身分証が乗っていた。


「おかえり、ヤエヤマ君」

「大佐……いや、長官」

「これからは最も経験のある君がチームを率いることになる。頼んだぞ」


 ヤエヤマは無言で頷いた。


 その瞬間、彼の背後のドアが開け放たれた。ぞろぞろとサングラスを掛けた黒スーツ達が部屋に入ってくる。その取り巻きの中心に居たのはホスト風の頭髪で耳にピアスをつけ、褐色の肌の色男――アライスであった。

 セプトとシュヴェーカは警戒の眼差しを彼に向けるが、そんな視線も意に介さず彼は拍手を始めたのであった。


* * *


「いやぁ〜!! 感動、感動だよお! ボク達、情報特務局ファーフィスはFMFの新チーム結成をお祝いするよ!!」

「良くも捜査を邪魔してくれたな」


 ヤエヤマの鋭い視線がアライスを睨みつける。彼は苦笑いになりながらも拍手を続けていた。


「これまで国外の案件に関してはボク達が専任してたんだよ? だから、これから協力しようと思ってね!」

「大した態度の変わりようね。ファークでも吸ったの?」

「おばさんみたいに頭が固くないからね。君ももうちょっと柔らかく付き合ったらどうだい?」

「おばっ……! 私はまだアラサーよ!」

「アラサーはおばさんだよ」


 サラッと言ってのけたアライスはそのままヤエヤマに近づく。シュヴェーカの敵対的な目線を背にしながら、アライスは満面の笑みでヤエヤマの耳元で囁いた。


「ボク、優しいから言ってあげてもいいんだけど、ルーヴァが送検される前になんて言っていたか知りたい?」

「是非とも知りたいね」

「『今回の事故の立証は出来るだろうが、過去の事件の犯人だという証明はできないだろう』だってね。今回は50:50、お互い負けだよ」

「……」

「これからもボク達の活動を邪魔するようなら容赦はしない」

「配慮はしよう」


 アライスはその言葉を聞いて、ふふっと笑う。そして、ヤエヤマから離れてサングラス黒スーツ隊に号令を出した。


「さあ、皆! お祝いは少し早すぎたようだ! 今回は撤収だよ!!」


 アライスは黒スーツ達を掻き分けて、部屋を出ていく。黒スーツ達は磁石のように彼に引っ張られて、ヤエヤマ達の前から去っていこうとした。しかし、最後の一人をシュヴェーカはガンを付けて止めた。両手を腰に当てて、頭を傾ける。視線を向けられた黒スーツは全く動じずにその場に突っ立っていた。


「ヤな奴……!」

「退いていただけますか?」

「あなた達、あいつの取り巻きやってて楽しいわけ?」


 黒スーツはシュヴェーカに睨まれたまま、彼女の横をすり抜けるようにしてその場を去った。

 バツの悪い空気が部屋に漂っていたが、レーシュネが手を叩いて注目を集めた。その場の空気がパッと一変した。


「なにはともあれ、今日はヤエヤマ班結成の栄えある日だ。私がディナーを奢ろう」

「あら、長官ったら太っ腹ねぇ!」

「長官の奢り……食べるのが今日で最後のものがありそう……」


 僥倖に盛り上がるセプトとシュヴェーカの横でラムノイだけは少し何かを言いたげな表情でヤエヤマの顔に視線を当てていた。


「ね、ねえ」

「何だ、どうした?」

「フードを取ったときのこと、他の人には言わないで」

「……なんで?」

「は、恥ずかしいから……」


 ラムノイはらしくもなく頬を少しだけ赤くする。そんな彼女を前にして ヤエヤマはいたずらっぽく笑みをこぼしながら、デスクの引き出しに拳銃と捜査官身分証をしまって鍵を掛けた。


「さて、どうしようかなあ」

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