第三話:情報特務庁の奇襲


 シュヴェーカとセプトは捜査資料を集めて精査していた。ラムノイの言う通り、捜査にはある程度のデスクワーカーが必要だ。過去の捜査資料、防犯カメラのデータ、通行可能だった人間のリスト化などなど多方面に協力を要請し、断られ、他のルートを探す。これの繰り返しは足を駆使した捜査に匹敵するほどの労力になる。


「被害者はリュギュヒンギ・ニルタ・ユルト・ジェルチ、32歳、ラッビヤ人男性、カヴィーナ在住ね。29歳の頃にインヴィル鴨の密輸に関わって連邦環境保護法と連邦公共安全法違反で三回有罪判決を受けているわ」


 シュヴェーカはホワイトボードに被害者の周辺情報を張り出していた。セプトはそれを見ながら、首を傾げる。


「公共安全法? 鴨の密輸が国家の安全に関わることなんですか?」

「インヴィル鴨からは異能ウェールフープ無効化手榴弾に使われる原料油が安価に取れるのよ。xelken過激派とかテロリストが喉から手が出るほど欲しがるの」

「なるほど、リュギュヒンギはテロ組織と繋がっていた可能性があるんですね」


 セプトが納得していると、その背後からスーツ姿の男たち数人が家宅捜索じみた様相で部屋に入ってきた。その殆どはサングラスを掛けていたが集団の先頭に立つ男だけは容姿が違っていた。ホスト風の頭髪で耳にピアスをつけた褐色の肌の色男はサングラス男たちを制止して、一歩前に出た。


「『殺人者 J 事件』の模倣犯罪を捜査している部署はここかな?」

「え、ええ、そうですけど……あなたは?」


 セプトが怯え気味に答えると、男は髪をたくし上げながら見下ろすような視線を二人に送った。


「ボクの名前は、ルーワ・リーナ・シャラアン・ミナミラハ・フーン・アライスだ。この事件の捜査はボク達、情報特務局ファーフィスが引き継ぐよ。捜査資料は後で全てウチの本部に送っておくように、分かったかな?」

「何を勝手なことを言ってるの。あの事件の担当は私達、FMFにあるのよ?」


 シュヴェーカが詰め寄って反論したところで、アライスと名乗った男は人差し指を立てて、挑発するように振った。


「言いたくなかったけど、君たちのような新人捜査官たちが担える仕事じゃないと言ったんだよ。は〜っ、国家の安全に関わってちゃ、ボク達プロが出るしかないか〜しょうがいなぁ〜!」

「馬鹿にしてるの……? 私達、腐っても捜査のエキスパートなのよ!」

「おばさん、あまり頑張りすぎると老化が進むよ」

「おばっ……あんたねぇ!!」


 シュヴェーカの剣幕にアライスは「おぉ〜怖い怖い」と言いながら、退散してゆく。その合間に後ろにいた男たちの一人が書類を一枚置いていった。「捜査引き継ぎに関する裁判所命令」と書かれた書類には情報特務局ファーフィスへの捜査の引き継ぎについて事細かく書かれていた。


「裁判所命令となってくると食い下がれないわね……」

「ぼ、僕はシュヴェーカさんのこと、お姉さんだと思ってますよ……」

「あら、セプト君! 優しいのね〜!」


 抱き着こうとするシュヴェーカをセプトはすんでのところで避けながら、デスクへと向かう。今起こったことを少なくとも現場の二人に伝えねばならなかった。


* * *


 静寂が場を満たしていた。

 それはそのはず、ここは疾病対策研究院の検死センターである。全ての司法解剖に付される死体はここに送られる。ラムノイとヤエヤマの二人は被害者の検死に立ち会っていた。検死を行っているのはキヤスカである。

 神妙な空気の中、ラムノイのポケットから可愛らしい童謡の電子メロディが聞こえてきた。パンクな少女に似合わない着信音にキヤスカは死体を前にしながら「くふっ」と笑ってしまう。


「やっぱ、容姿で判断しない方がええよな。お嬢ちゃん」

「本部からの電話、取ってくる」

「あ、ああ……」


 ヤエヤマも少し動揺しながら、部屋を出ていく彼女を見送った。キヤスカはメスを取って再び死体に向き合った。


「さて、亡者も外見だけでは分からん。ヤエヤマ、まず死亡推定時刻は18時頃や。死因は頸部切創が頸動脈に至ったことによる出血性ショックで間違いないやろな。背中の傷は生活反応が見られないことから、死後に刻まれたと思われる」

「手口は完全に一致……か」


 ヤエヤマはため息を付きながら、血の匂いに少しえずいた。久しぶりの検死同席による代償だった。

 キヤスカはニコニコしながら、メスを進めていく。


「いやはや、懐かしいもんやなあ。昔もこうやって検死に立ち会ってもらってなー」

「他の手がかりは?」

「ああ、もうせっかちやなあ。血液サンプルとかを特別警察研究所に送ってある。そっちを先に当たってくれ」

「特警研……特別警察の科学捜査専門機関か。彼らは先生の方に結果を送り返さないのか?」

「あそこはオタク連中の巣窟でよう馴染まなくてな。それに直接行ったほうが何かとおめえさんのためになるだろう?」


 キヤスカはヤエヤマの方を向いて、ウィンクする。その意図が分からないヤエヤマはただただ空返事のように頷くことしか出来なかった。


* * *


 ラムノイは誰も居ない検死室の外の廊下で少し頬を赤らめながら、絶対に着信音を変えると決意していた。彼女は気を取り直して携帯を開いて、応答する。


「ザーフニツィーヤだけど」

『ラムノイちゃん! どうやら被害者はインヴェル鴨の輸入に関わってたようで、前科三犯だったわ。っていうか、ヤバいわよ、情報特務庁ファーフィスの連中がうちに来て管轄を明け渡せって』

「分かった。シュヴェーカはレシェールの過去の公判資料を取り寄せて。セプトは過去にカモの密輸に関わっていた武装テロ組織のうち、連邦に関わる組織を洗い出して」

『でも、裁判所命令なのよ? 令状が出てる以上、うちが捜査を続けることは――』


 シュヴェーカがそこまで言ったところで、ラムノイの耳元の携帯が何者かに奪い取られた。


「替わった、ヤエヤマだ」

『あら、女の子の携帯を奪うなんて手癖が悪いのね』

「知らん。それよりも、裁判所による管轄移管命令は円滑な移管のための準備期間として最低三日の猶予を設けていることを知っているか?」

『つまりどういうことなの?』

「三日以内にこの事件の捜査を俺らが終わらせる。分かったか」

『分かったかって、そんな無茶な……!』

「じゃあ、黙って情報特務庁ファーフィスの連中に手柄を持っていかれるか?」

『うぅ、分かったわよ……! 私もアイツラに生意気な口きかれるのイヤだし! 頑張るわ!』

「頼んだ」


 通話を切断して、ヤエヤマは反射的に携帯を懐に戻そうとしたところで彼はラムノイの視線に気づいた。


「そろそろ携帯返してくれる?」

「あ、ああ、すまん、クセでな。管轄移管命令の準備期間、良く知ってたな」

「なんで分かるの」

「でなきゃ、あんな指示は出さないだろ」

「……ま、言語保障監理官になるためにはある程度法律を知ってなきゃダメだから」


 ラムノイは差し出された携帯を受け取って、パーカーのポケットに仕舞った。


「次はどこに行くの」

「特警研だ。行くぞ」


* * *


 特別警察研究所ファンカ・ファイシェゼド・ルベアル、略称FFLAは検死センターの真横にあった。元々は連邦の国土の端であるルート地域にあったのだが、科学捜査の利便性を鑑みて近年お隣に引っ越してきた。

 建物は新しく、そこら中に漂白剤をぶち撒いたが如く白く輝いている。ヤエヤマとラムノイはそのFFLAの受付に向かっていた。


「特別捜査官のヤエヤマだ。こっちはラムノイ」


 相変わらず、身分証を取り出したのはラムノイだけ。取り出さないヤエヤマを見て、受付は怪訝そうに目を細めた。


「あの……ヤエヤマさんの身分証はお見せ出来ますでしょうか……?」


 受付にヤエヤマは肩をすくめる。受付は目を迷わせながらも不問にして先を進めた。


「それで、ご用件は?」

「『殺人者 J 事件』模倣犯罪捜査本部からのサンプルを受け取った科学捜査官と話がしたい」

「承知しました。今、照会致します」


 受付がキーを叩き始めたところで目の端に特徴ある人影が映った。小学生くらいの身長に東方ラネーメ人風の服装を身にまとった幼女、目はぱっちりとしていて、髪は綺麗に切り揃えられたおかっぱだ。彼女は自信に満ちたような表情でヤエヤマを見つめた。


「『殺人者 J 事件』模倣犯罪とな?」

「そうだけど、君は――」

「良くぞ、訊いてくれた! わらわが担当の科学捜査官じゃぞ!」


 幼女はポケットの中から首掛けストラップ付きの身分証を取り出してこちらに見せてきた。書かれているのはFFLAのロゴと、「科学捜査官 花小雪」の文字。科学捜査官であるのは分かったが、その後が表意文字である燐帝字母で書かれているため正確な発音は分からない。

 ヤエヤマに分かるのは薄っすらと脳裏に残る義務教育で習った燐帝字母の現代リパライン語での発音だけだった。


プデーユヴィェドファーリアーオ……か?」

「ちがーぅ! わらわこそ、FFLA一番の天才秀才美少女科学捜査官シュオ・ニー・レイじゃ! レイと呼べ! わーっはっはっは!!」


 ラウンジ内にレイの大胆な笑い声が響く。あちらこちらから可哀想な子、と言わんばかりの視線が投げかけられる。きっとこの研究所内でもハブられていることだろう。

 ヤエヤマは今になってキヤスカの言っていることが分かったような気がした。


「科学捜査の進展を教えてくれ」

「イヤじゃ」

「は?」

「レイと呼ばぬ者とは仲良くできんっ!」


 レイはぷいっとそっぽを向いてしまう。ヤエヤマは頭痛を感じて、頭を押さえる。


「ガキが二人……」


 その呟きに呼応するようにラムノイがパーカーのポケットをまさぐりながらレイに近づく。


「レイ」

「なんじゃ?」

「飴」


 飴玉を一つレイに与えると、彼女は飛び上がって喜んだ。挙句の果てにアンニュイな表情のラムノイと手を繋ぎながら、階段を上がっていった。頭の痛みに額を擦りながら、ヤエヤマは彼女たちの後を追っていった。

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