第二話:繰り返された前例


 デスクに三人の特別捜査官が集まっていた。彼らがしていたのは、レーシュネからの連絡を受けての捜査の準備。新しいチームに抜擢され、自信は十分だったが今回の事件が初の出動になることで不安にも満ちていた。


「『殺人者 J 事件』ですか……?」


 セプトは首を傾げながら疑問を口にする。それを待ってたとばかり、シュヴェーカが手元の書類をめくった。


「2003年11月、つまりこのユエスレオネ連邦が成立することになる『革命』の直後に起こった事件らしいわね。連続殺人らしいわ」


 『革命』――それは、ユエスレオネ連邦の成立に最も大きな影響を与えた事象である。今から約30年前、市民に対する圧政に立ち上がった者たちは協力して圧制者たちを打倒した。そして、あるのが今のユエスレオネ連邦ということになる。

 その歴史を知っていたセプトは息を呑んで、先を続けた。


「連続殺人としての特徴は?」

「んー、被害者の防御創がないこと、あと頸動脈をひと刺しして殺されてたっていうことと、あと被害者の背中に人民解放戦線のマークが刻まれてたらしいわ」

「人民解放戦線……って何ですか?」

「あぁ、セプト君、もーちょっと歴史の勉強してくれないとお姉さん、怒っちゃうわよ」


 セプトはシュヴェーカの言いようにむっとしながらもそれを表に出さないように努力する。しかし、シュヴェーカは強張ったセプトの顔でそれを察して、にやけながらも説明を続けた。


「人民解放戦線は『革命』を起こした『党』の前身よ。だから、警察も犯人を元人民解放戦線のメンバーだと考えて調査を進めたんだけど……」

「もしかして、政府に妨害されたとかですか?」

「いいえ、被害者と彼らに関わっていた人に人民解放戦線の怒りを買うような要素は全く無かったようなの。それで捜査が行き詰まって未解決事件として倉庫に眠ってたわけ。それに2004年1月の第六被害者以降、被害者が出なかったらしいわ」

「今年が2031年だから、相当放置されてたんですね。それで今年、数十年ぶりに事件は終結していなかったと死体で示してくれたわけだ」


 そう呟きながらセプトは顎を擦った。少しばかりナルシストみを感じる仕草と言葉にシュヴェーカは可愛さを感じて、またもニヤけてしまっていた。


「そういえば、『殺人者 J 事件』のJって何なんです?」

「一回だけ犯人が書き置きを残しててね。その差出人がターフ・ヴィール・イェスカだったのよ。だから、JeskaイェスカのJを取って殺人者 J なの」

「ターフ・ヴィール・イェスカって『革命』の先導者じゃないですか……」

「犯人は相当ナルシストらしいってプロファイリングで出てたわね」

「そういえば、当時の捜査担当者からの聴取ってしたんですか?」

「それが……さっきのヤエヤマっていう捜査官らしくて。いやよね、あんなプライド高そうな面倒臭い男と仕事するなんて……。ま、セプト君と一緒なら私は満足だけど!」

「は、ははっ、それはどうも……」


 セプトが引き気味に答えたところで、レーシュネが少し気を落としたような表情をしながら入ってくるのが見えた。

 自分のデスクに乗りながら、足をぶらぶらさせ風船ガムを膨らませていたラムノイは視界にレーシュネを認めるとデスクから下りて彼を捕まえる。


「ヤエヤマ捜査官はどこに行ったの?」

「犯罪現場を伝えたら、飛んで向かったよ」

「そう」


 レーシュネはそのまま「全く彼は昔から変わってない」だのなんだの小言をぶつぶつ呟きながら、奥の方へ引っ込んでしまう。

 ラムノイはそれ以上言葉を弄さずに捜査用の装備を携帯して、フードを深く被った。現場捜査でもするのかと思ったセプトとシュヴェーカはデスクから立ち上がって、彼女に付いていこうとしたがラムノイは振り返って二人を鋭い視線で見つめた。


「あんたたちは他に調査することがあるでしょ」


* * *


 カヴィーナはユエスレオネ連邦の中央部、フェーユの南部にある都市である。ユエスレオネ屈指の多民族街であり、通りを跨げば市民たちの話す言語も変わるほどの都市である。現場はそんなカヴィーナの住宅街にあった。五階建てのマンションだ。

 ヤエヤマは規制線の貼られた現場の前で周囲を見渡していた。先程までの観光客じみたカラフルなYシャツ姿から、道中でスーツに着替えていた。


「……」


 ヤエヤマは現場を見上げていた。いつもと同じく、『殺人者 J 』の現場や被害者の社会性に共通点はない。老若男女、みんなから愛される仕事の同僚から引きこもりまでが被害者になっていた。今回も明確な共通点は見いだせない――ヤエヤマは過去の現場と照らし合わせてそう感じていた。

 全てを忘れたように眺めていると、彼は背後から近づいてくる人間の気配に気づいて振り返った。


「……遅いな、ガキに特別捜査官は務まらないという俺の予想は外れて無さそうだ」

「チームなのに仲間を置いて行かないでよ。競争じゃないんだから」


 背後に居たのはラムノイであった。ヤエヤマはそのフードの少女に顔を詰めて、鋭い三白眼で威圧する。しかし、ラムノイは全く動じなかった。


「チームになった覚えはない。それに“ヤツ”は俺たちが尻尾を捕まえるまで待ってくれるようなやつじゃない。始まれば、気が済むまで犠牲者がでるだろう」

「一人で捜査するつもりなわけ?」

「ほっといてくれ」


 ラムノイを無視してヤエヤマは明るみへと歩き始めた。いつもと同じように規制線を越えて、現場に入ろうとする。しかし、ヤエヤマはその瞬間、現場を警戒中の制服の巡査に止められた。


「現在、捜査中ですので一般人の方はご遠慮くだ――」

「特別捜査官のヤエヤマだ、通してく……」


 ヤエヤマは警察身分証を取り出そうと、胸元に手を入れた。しかし、そこには警察身分証は入っていなかった。スーツ姿の男が特別捜査官を名乗って現場に入ろうとしている。衆目からすれば自分は特別捜査官でなく会社帰りの野次馬だ。

 巡査は怪訝そうにヤエヤマを見て、業務用のPDAを取り出す。本部に連絡して俺を不審者として報告するのだろう。だが、誰かが後ろから身分証を彼に出す。


「はい、特別捜査官~。この人、身分証忘れただっさいヤツだけど捜査官だし通してね~」

「し、失礼しました……!」


 身分証を出してくれたのはラムノイであった。巡査はバツが悪そうな顔をしつつ、彼女の目の前のテープを少し上げる。彼女はフードを深く被り直して、テープをくぐって行った。

 これが現代ユエスレオネの階級社会、身分証があればパンクスタイルなパーカー少女でも現場に入れる。


「あたしが居なかったらどうするつもりだったん?」


 ラムノイは振り返らずに背後に続くヤエヤマにそう訊く。

 進んでいくたびに周りの所轄の連中や検視官たちが場違いとでも言いたげにこちらに視線を向けてくる。現場に違和感の切れ込みを入れるように進んでいく彼女にヤエヤマはついて行った。


「一番良い身分証なら持ってるんだがな」

「持ってるなら、なんで使わなかったの?」

「俺が捕まるからな」


 ヤエヤマは握り拳をラムノイにちらつかせる。彼女はそれを見て弱く小さなため息をついた。


* * *


 現場を進んでいくとヤエヤマは見覚えのある背中をそこに認めた。彼は今回の被害者らしき遺体の前で写真を取りながら、周囲の職員に指示を出している。着ている制服には鑑識DFと書かれている。髪は灰色の薄毛で、小柄な体躯。


「キヤスカ先生」

「おおっ、ヤエヤマぁ! お前、いきなり居なくなったと思ったら、ひょこっと現れよってからに!」

「今回の事件、俺も捜査に加わります」

「そうなんか! 丁度良かったわ、今仕事大体終わったところでな? ゆっくり話せるところや」


 キヤスカと呼ばれた男はデュイン地方訛りで話しながら、横に立つラムノイに視線を向けた。


「お? カノジョさんかい?」

「そんなんじゃないですよ、彼女もこの事件の捜査官として働くんです」

「ま、そんなところやろな。カノジョを殺人現場に連れてデートする男が居たら、ワイが解剖してやるわ!」


 キヤスカはげへへと下衆な笑いをラムノイに見せる。彼女は不快感も全く見せずにキヤスカを見据えた。


「私はフロシュホキア・ラムノイ・ザーフニツィーヤ、よろしく」

「ワイは疾病対策研究院の検死官、キヤスカ・アイカや! ヤエヤマとは、昔からよう一緒に働いててな? そんで――」

「先生、状況を教えてもらえますか?」


 キヤスカは薄くなった頭を掻きながら、他の鑑識官を呼びつける。


「おいぃ、そこの特別捜査官のお嬢さんに遺体の状況説明しといてくれや」


 鑑識官はラムノイを現場の状況を説明しながら、現場の奥の方へと消えていった。その扱いの違いにヤエヤマは怒りを覚え、キヤスカを睨めつけた。


「先生、何で俺には――」

「おめぇはちょっとこっち来い」


 ヤエヤマはキヤスカに引っ張られながら、建物の奥の方、捜査官などが居ない寂れた空間へと歩いてゆく。キヤスカは先程とは違う硬い表情をしながら、彼を引っ張っていた。


「ヤエヤマ、おめぇこの事件に関わるなら気をつけたほうが良いぞ」

「どういうことです、先生?」

情報特務庁ファーフィスの連中が現場を嗅ぎ回ってやがる。容疑者か被害者か知らんが、国家の安全に関わることらしい」

「ならなおさら、早く奴を捕まえるだけです」


 その場を去ろうとしたヤエヤマをキヤスカは腕を掴んで止める。その視線には真剣な思いが籠もっていた。


「前のようなヘマ繰り返して新しいチームを潰すんじゃないぞ」

「……まだ、俺のチームじゃない」

「お嬢ちゃんの助けを得なければ、おめぇ現場にすら入れなかったくせに」

「……」


 ヤエヤマはキヤスカの目を睨みつけてから手を振り払って、その場を去ってゆく。そんな彼の背中にキヤスカは声を掛ける。


「今は『革命』の時よりも科学捜査技術が進歩してるんやで」

「でしょうね」

「……今度こそ奴を捕まえてやろう」

「もちろんです」


 ヤエヤマはそう答えて、暗がりから去っていった。

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