#1 チーム始動

第一話:過去のしがらみ


 フェーユ国際空港はユエスレオネ連邦の中でも数少ない空港の一つである。国際的な交通は機械化された異能ウェールフープを利用した交通機関のほうが良く使われていた。連邦で空港を使うのであれば、その理由は隣国であるPMCFとの行き来一つだけだった。


「懐かしいな、何一つ変わっちゃいない」


 ゲートから出てきた中肉中背、ツーブロックヘアの男――ヤエヤマはそう呟く。彼の鋭い三白眼は知らずしらずに周りの観光客を威圧していた。

 手荷物引取り所まで出てきたところで彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。レーシュネ大佐だった。彼とは部下の国葬以来数年ぶりの再会となる。昔から変わらない高そうなタキシード姿は空港の旅行客の中では浮いていた。乾季のユエスレオネは気温が30度を超えるため、旅行客は皆軽装だった。


「相変わらずその服装で生きているのが不思議ですね、大佐」

「案外涼しいんだぞ、ヤエヤマ君」

「そりゃ驚きです」

「それに今は私は大佐ではない。長官だよ」


 ヤエヤマは目を細め、首を傾げる。レーシュネはバゲージクレームの近くにあるカフェを頭で指す。続きの話はお茶でも飲みながらということらしい。ヤエヤマは荷物を取ってから、レーシュネの後に付いていった。


「俺を呼んだ理由はどうやら数年ぶりの再会のためというわけでは無さそうですね」

「そうだ、新しいチームを作ることになった」

「新しいチーム?」

「うむ」


 レーシュネは頷きながら注文票に紅茶を2つ書き込み、テーブルの端に置いておく。ユエスレオネ連邦では一般的な外食の注文方法だ。


「国家公安警察と言語保障監理官事務所、憲兵捜査局、あとネステル市警が協力して捜査班を立ち上げる」

「わざわざ組織の枠を超える理由は?」

「異世界との邂逅、近隣諸国の戦争や国内のテロで越境者の数は増える一方だ。不法移民とその仲介者シヤ、違法就労にテロリストの潜入まで多種多様な犯罪に即応できるように多方面からエキスパートを集める必要があった」

「なるほど」


 ウェイターが紅茶を持ってくる。レーシュネはミルクと砂糖を入れ、匙でゆっくりと混ぜ始めた。


「ヤエヤマ君、君を呼んだのは――」

「やりませんよ、捜査官はもう」


 レーシュネの匙を回る手が止まる。


「君が過去に囚われているのは分かる」

「……」

「しかし、我々には特別捜査官ヤエヤマ・ラーシアル・ルークが必要なのだよ」


 ヤエヤマは大きなため息をついた。そして、席を立ち、レーシュネを見下げる。


「今のは聞かなかったことにします。俺は観光でもして帰るんで」

「まあ、待て」

「さーて、どこに行こうかなあ!」


 背後から聞こえた店員の声を無視して、店を出ていこうとするヤエヤマをレーシュネは追いかける。


「ヤエヤマ君、メンバーを見るだけでも良い。少し付き合ってくれないか?」

「……」

「頼むよ」

「あぁ……命の恩人に頼まれては、しょうがないですねえ」


 そう言って、ヤエヤマはポケットからヨレヨレの100レジュ札を三枚取り出し、レジに叩きつけてから駐車場へと急いだ。


* * *


 越境犯罪捜査班フォンティアヴァル・マッサグリメン・フューキャヴェール――FMFはユエスレオネ連邦で新たに設立された連邦特別捜査班である。

 移民や外国人の出入りが指数関数的に増加するユエスレオネ連邦では、彼らに関わる犯罪が増加した。不法移民とその仲介者シヤ、違法就労からテロリストの潜入まで多種多様な犯罪に対応するためにFMFは新設された。

 FMFには、組織の枠を超えて多方面から捜査のエキスパートが集められた。国家の安全に関わる捜査の達人である国家公安警察、言語と社会のエキスパートである言語保障監理官事務所、軍人犯罪のプロフェッショナルである憲兵捜査局が手を組み、そしてこのチームには連邦の隣国であるハタ王国のネステル市警の刑事実習生も参加した。


 FMFの本部、デスクに一人の男が居座っていた。彼はネステル市警の刑事実習生――セプト=イザルタシーナリア。彼はキーを叩きながら、本国への報告書を書いていた。

 そこに銀髪蒼目の美女が現れる。彼女は憲兵捜査局からの出向者シュカーシア・ド・ヴェアン・シュヴェーカだ。シュヴェーカはセプトを視界に認めると、美しい銀のロングヘアを左右に振りながらデスクに近づいた。

 彼女はセプトの眼前の画面を眺める。そこには連邦で一般的に用いられるリパライン語ではなく、明らかに彼女には読めない文字が書かれていた。


「あら、もしかしてこれユーゴック語?」

「読めるんですか? っていうか、あなたは?」

「憲兵捜査局から来たシュヴェーカよ。ネステル市警の刑事実習生セプト君でしょ?」

「そうですよ、本国に到着の報告をしていたんです」

「あらあら~こんな若い男の子と一緒の職場で働けるなんて夢みたい~!」


 シュヴェーカが両頬を押さえながら、恍惚な表情をしているとその後ろからレーシュネとヤエヤマが部屋に入ってきた。

 長官の入室に気づいたシュヴェーカとセプトの二人は身なりを正す。


「紹介しよう、国家公安警察の元特別捜査官ヤエヤマ君だ」

「憲兵捜査局のシュヴェーカよ、よろしく」


 差し出した手を握るべきか、ヤエヤマは困惑しながら逡巡する。しかし、そんなことをしているうちにシュヴェーカは気まずそうに手を引っ込めてしまう。


「僕はネステル市警刑事実習生のセプト=イザルタシーナリアと言います」

「ああ、そうかい」


 ヤエヤマのそっけない態度に空気は完全に悪化していた。そんななか、出入り口の方からもう一人の人影が近づいてくるのを四人は視界の端に捉えていた。

 しかし、その身なりはどう考えてもプロの捜査官とは言いづらいものだった。黒のパーカーに下はデニムショートパンツ、灰色じみたシャツの真ん中にはビジュアルバンド「フィーマ」のロゴ。身長からして高校生くらいで、髪は茶髪のショート、瞳は緑色の女の子だ。

 シュヴェーカがパーカー少女を遮るように前に出た。パーカー少女はアンニュイな表情で彼女を見上げる。


「ちょっとここは子供は立入禁止よ」


 パーカー少女はシュヴェーカの言葉に気だるげな表情を全く変えずに、挙句の果てに風船ガムを膨らませ始めた。

 レーシュネはシュヴェーカの肩を叩いてから、パーカー少女に近づく。


「ふむ、30分遅刻だよ。それにその服装はここでは不適切だと思うがね。フロシュホキア監理官」

「監理官……って、えええええええ!!」


 そう、パーカー少女の正体は言語保障監理官事務所からの出向者、フロシュホキア・ラムノイ・ザーフニツィーヤであった。

 ラムノイを前にシュヴェーカの顔は驚きに引きつっていた。それと同時にヤエヤマがその横を早足で通り過ぎてゆく、彼は出口を目指していた。


* * *


「おい、待ってくれ、ヤエヤマ君!」


 出口に向かって急ぎ足で進んでゆくヤエヤマをレーシュネは追いかけ、やっとのことでその肩を掴む。しかし、ヤエヤマが彼に向ける表情は厳しいものだった。


「俺にガキの御守をさせようったって、そうは行きませんよ」

「口を慎み給え、ヤエヤマ君。君が言っていることは能力者差別ヴォルシェーアだ。能力者ケートニアーの老化が20代で止まることは君も知ってるだろう」

「だからって、職場でガム膨らませるようなやつを認めろと?」

「就労規則では勤務中のガムの使用は禁止されていない」

「はあ、付き合ってられないですね」


 そういうとヤエヤマは出口から出ていこうとする。その瞬間、レーシュネの携帯が着信音を鳴らした。良いタイミングだと思ったヤエヤマは去る足を早める。


「ヤエヤマ君」


 後ろから呼び止める声は先程のように焦ったものではなかった。ヤエヤマはその変わり様に疑問を持って振り返った。


「どうやら君の力が本当に必要になったようだな」

「……どういうことです?」

「例の事件と同じやり口の事件がまた起こった」

「例の事件……?」


 ヤエヤマが呟くようにそう言うと、レーシュネはバツが悪そうな表情をして腕を組み、視線をそらした。


「『殺人者 J 事件』、と言えば分かるだろう?」

「……!!」


 その言葉にヤエヤマは目を見開く。彼はその場で打ち付けられたように動けなくなってしまっていた。

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