第105話 オーゼルちゃんと、大騒ぎの翌日


 朝の静かなる時間帯、オーゼルちゃんは学校で、退屈と戦っていた。


 だが、それはあまり長いことではないだろう、噂好きのポニーテールの気配がした。

 ついでに、ワクワクと好奇心の塊と言うツインテールちゃんまで、やってきた。


「わたくし、みましたわ、みましたわっ」


 淑女を気取る明るい灰色のポニーテールの女の子が、ダッシュをかましてきた。


「あら、しゅくじょがそのように走るなんて、はしたない」


 お嬢様を気取って、オーゼルちゃんは、ポニーテールちゃんにケンカを売った。

 いつも突っかかってくるクラスメイトへの、ささやかな苦言と言うか、いつものご挨拶である。ここでお相手は感情的になるものだが、その余裕はないらしい。


 いきなり、ぶちかました。


「オーゼル、魔法少女になったんだって?」


 いつものごとく、ぴょん、ぴょんと、好奇心の塊の子犬ちゃんと言うツインテールちゃんが、ぶちかました。


 先にオーゼルへと自慢したかっただろう、ポニーテールちゃんが哀れである。しかし、遠慮や気遣いより、好奇心が優先なのだ。

 お子様なのだから。


 ギロリと、怒りを込めて振り向いたヘイデリッヒちゃんだが、すぐに好奇心が上回り、オーゼルの正面へと回り込む。


「見ましたの、昨日、街が大騒ぎしてるときに、見ましたのっ」

「オーゼルが、空を飛んでたんだって」


 面倒なやつが来た。


 そんな態度を隠すことなく、オーゼルちゃんは体をそむける。

 ポニーテールちゃんと言うクラスメイトが大げさに騒ぐなど、いつものことなのだ。


 また、ヘイデリッヒが騒いでいて、うるさいなぁ~――と


 だが、座る向きを変えても無駄だった。子犬ちゃんの印象のオレンジのツインテールちゃんが、回りこんできた。


 そして、目をきらきらとさせて、オーゼルを見上げるのだ。


「ねぇ、ねぇ、オーゼル、魔法少女になったの?空、飛んだの?」


 魔法少女?への、憧れと言うか、好奇心を爆発させていた。

 オレンジ色のツインテールが、ぴょこぴょことゆれて、可愛らしい。これで尻尾があれば完璧だ。


 オーゼルちゃんからすれば、何の話だろうかと、困惑だ。

 昨日の大騒動は、ねずみの希望通りに、夢ですよ~と、枕元で念じたとおり、夢だと思っているのだから。


 実際に見た女の子が、騒いだ。


「違いますわ、光のカーペットですのっ」


 噂を自慢したいポニーテールちゃんが、ツッコミを入れた。

 またも、一番乗りを奪われた悔しさもあった。それでも、自分の目で見た出来事であれば、自慢したくもなる。


 空を飛ぶクラスメイトに、事情を問い詰めたくなる。

 魔法少女になったのか――と


「見たんですの、私、オーゼルさんが空を飛んでるの、見たんですのよっ」


 昨夜は、町中が大騒ぎだったのだ。

 いい子はお休みの時間でも、噂大好きな女の子が、じっとしているはずがない。ヘイデリッヒというポニーテールちゃんは、ベッドからガバ――っと起き上がって、窓から町を見下ろした。


 そのため、目撃したのだという。

 オーゼルちゃんが夢と思っている出来事の、目撃者だった。


 驚きは、空を飛んでいた。


「私がお空飛んだの?」


 瞬間、夢に見た出来事が浮かび上がる。ねずみを探して、光る何かに乗って夜空へと飛び上がったという、不思議な夢を。


 そう、夢だと思っているのだ。

 光るカーペットに乗って、ワニさんと野外劇場の騒動を見物したなど、夢としか思えなかったのだ。目覚めればベッドの上だったのだ。


 あぁ、面白い夢だったな――と


 故に、オーゼルちゃんは、大人のお返事をした。


「そんな夢を見たの?」


 可愛く小首を傾げて、興奮冷めやらないヘイデリッヒちゃんを、見つめ返した。

 ポニーテールのヘイデリッヒちゃんは、なみだ目だった。


「でも、私見ましたの、きらきらと光に乗って、空を飛んでましたの」


 可愛そうに、本気で見たのだと、必死なのだ。


 ただし、大人が対応しても、同じ反応しか返ってこないはずだ。魔術師組合に所属している魔法使いと言う現実が、教えてくれるのだ。


 世知辛い現実が、魔法のような出来事など、ありえないと教えてしまうのだ。それが、現実の魔法使いを知る、大人の常識だ。


 絵本のように空を飛ぶなど、ありえないと。


 カツン、カツン――と、杖の音をさせて、夜空を徘徊するミイラ様の都市伝説があるが、都市伝説に決まっているのだ。


 お子様達も、同じである。


「オレなんか、ドラゴンと戦ったんだぜ」

「オレは、王様」

「なら私は、王女様」

「なによ、この前は勇者とか言ってたでしょ?」

「えっと、えっと………ケーキ?」


 混沌は、加速する。


 もはや、何を話題にしていたのか、分かるまい。

 中には、食いしん坊なお子様も混じっているが、始まりのポニーテールちゃんは、泣きそうだ。馬鹿にしているつもりはないが、盛り上がってしまっては、止まらないのがお子様なのだ。


 本人も、すでに止められないポニーテールちゃんは、本当だもん、本当だもん――と、ヒートアップだ。

 オーゼルちゃんとしても、昨晩の出来事は夢のことだと思っているために、困ってしまう。


 空を飛んだ夢は、確かに見た。

 だが、同じ夢を見るなど、とても仲のよい友人と思われそうで、とっても悔しかったのだ。

 常に突っかかってくるヘイデリッヒというクラスメイトは、嫌っているわけではないが、苦手なのだから………


 本当に、認めたくないのだが………


「わかった、認めてあげる」


 ヘイデリッヒちゃんのポニーテールが、大きくねる。やっぱりと言う、驚きと嬉しさのお顔だった。


 そして、ツインテールちゃんも、驚く。

 魔法少女とは、正体を秘密にするのが常識だからだ。


「えぇ~、正体を明かしちゃ、いけないんでしょぉ?」


 魔法少女の常識を破ったのだ。

 さすがはオーゼルだという驚きと、尊敬の入り混じった瞳である。どこまでが本気であるのか、それは本人にもわからないのが、このツインテールちゃんなのである。


 信じてくれるのだと、ヘイデリッヒちゃんも、どこか嬉しそうだ。

 ほら、言ったでしょう――という、えらそうな態度も、いつもどおりだ。


 微妙な結果が、待っていた。


「ワニさんが暴れてて、クマさんと、犬さんと、お姉さんが戦ってたの。それで、ドラゴンの尻尾の女の子が、炎をいっぱい大きくするの」


 オーゼルちゃんは、昨日の大騒ぎを、身振り手振りを加えて、告白した。

 それはもう、ぴょんぴょん飛び跳ねるというか、飛ばされる皆さんの物まねつきだ。クマさんが立ち上がり、ワニさんに飛ばされて、ドラゴンの尻尾のお姉さんが空を飛ぶのだ。


 何の話だと、子供達はオーゼルちゃんの周りに集まる。


 あれ、そういう話だったっけと、ヘイデリッヒちゃんは戸惑っているが、それでも気になる話には、素直に好奇心が顔を出す。


 早く、話せと。


「それで、ワニさんがびっくりして、炎を追いかけて、巣に帰ったの」


 おしまい


 そう言い切ったように、オーゼルちゃんは、笑顔だった。

 お子様なのだ。区切りが明確でないし、話の脈絡みゃくらくなど、考えない。ただ、見たままを話しただけなのだ。


 印象的な出来事を、順序を考えずに説明するのだ。しかも、本人は夢の中の出来事だと思い込んでいるのだから。


 オーゼルからすれば、ワニさんの野外劇場での騒動のほうが、面白かった。自分が空を飛んだことなど、たいしたことではなかったのだ。

 そのため、空を飛んだクラスメイトを見たという、ヘイデリッヒと言うポニーテールちゃんの騒ぎは、吹き飛んでいた。


 ヘイデリッヒちゃんとすれば、自分が見た不思議を自慢したかったのだが、もれてしまったのだ。

 大騒ぎの時間は、ここまでだった。


「はいはい、お話はそこまで、授業を始めますよぉ~」


 先生が、現れた。


 みんなは、素直に席に着き、ヘイデリッヒと言うポニーテールちゃんも、授業が優先であるために、仕方なく従った。

 本当だ、本当だとつぶやきながら、悔しそうだ。


 その様子を、天井から見つめる瞳があった。


「ちゅぅ~………」


 ねずみだった。


 頭上では、淡く輝く宝石さんも、輝いていた。

 天井の隙間から、お嬢様のクラスメイトの騒動を見守っていたのだ。

 ガーネックのお屋敷へ、潜入だ。そう思っていたのだが、昨夜の今日である、オーゼルお嬢様の様子が、気になったためだ。

 結果は、安心したような、ちょっと気の毒なような、微妙な気分であった。


「ちゅう、ちゅうう~………」


 まぁ、がんばれ………――


 ねずみは、心でポニーテールちゃんを応援すると、天井を後にした。悔しい気持ちはあるだろうが、ねずみには何も出来ないのだ。なら、見なかったことにしようと、気持ちを切り替えたわけだ。


 そして、鳴いた。


「ちゅぅっ」


 次は、ガーネックのお屋敷だ。



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