第106話 ガーネックさんと、大騒ぎの翌日


 私は、善良な金融業者です。


 それは自称であると、ガーネックを知る誰もが思うところだ。

 しかし、本人は恥じることなく、堂々と名乗るのだ。面の皮が分厚く、頑丈でなければやっていけない商売である。

 堂々として、なにが悪いという気持ちで………腰を低くしていた。


「やぁ、やぁ、皆様、おそろいで………」


 ガーネックは、ただでさえ低い腰を、さらに低くして扉をくぐった。


 細やかな木彫りに、金細工までしつらえた扉だった。 それは豪華と言うか、派手な豪奢なつくりの扉の向こうは、恐怖の世界だった。

 ナイフやおのを握った、こわ~いお兄さん達が待ち構えているわけではないが、それよりも、もっと恐ろしい方々が、お待ちなのだ。


 とっても広いお部屋は薄暗く、互いの顔がはっきりと見えない演出がなされている。広いはずなのに、とっても重苦しく、圧迫される気分のガーネックさんだ。


 それも、仕方ないことだ。

 扉をくぐった小物のガーネックを加えて、五人しかいないのだ。今のガーネックにとっては、裁判所を通り越して、処刑場へと向かう気分だ。


 怖い方々の、会合だった。


「まぁ、座りたまえ」


 先に部屋にいた一人が、ガーネックに命じた。楕円を描くように、木製の机とイスが配置されているのだが、微妙に離されているのだ。


 その数は、五つ。


 しかも、入り口の、ガーネックが座る机とイスだけ、やや質素なつくりであった。それは、この部屋でのガーネックと言う金融やさんの身分を現していた。


 我々と対等ではないのだ、貴様はそこだ――と


「ではでは、失礼いたしますです………」


 文句が言えるわけがない、ニコニコ笑顔で、ガーネックさんはイスに座った。

 石畳の上にある木製の机とイスである。調度品としては自然であり、石畳の室内にある木製の家具は、本来、温かみを与えてくれるものだ。


 だが、光加減と演出は大切だ、幹部達の顔は見えず、シルエットだけが浮かび上がる。ガーネックの座る席だけ、取調室のように照らされている。


 あるいは、被告人の座席である。

 裁判所などではなく、ここにいる皆様は、法律に背を向けて過ごす方々だ。故に、恐ろしいのだ。

 立派なイスに腰掛けた方々は、話しはじめた。


「昨夜の騒ぎは、知っていよう」

「ドラゴンが出た~っ………などと、大騒ぎでしたな~」

「ふむ、そういえば、とある密輸ゲートが大混乱で、犯人はいまだ逃走中とか………」

「ほっ、ほっ、ほっ――宝石が大量だとな、不思議な宝石だったと………」


 老人と言う年齢に差し掛かった人物が、議会進行役らしい。

 他には年甲斐もなく、子供っぽい言葉遣いのおじ様に、のんびりとした青年がインテリぶっていた。

 そして、楽しそうに笑うご老人だ。


 四人の幹部様は、ガーネックを置いてけぼりにして、何かをお話していた。

 ただ、ガーネックを忘れたわけではない。ガーネックももちろん、幹部の皆様の話が聞こえていた。


 これは、圧力である。


 世間話を装っているが、これから、ガーネックさんに質問したい話を、とっても回りくどく説明しているのだ。


 一言なりとも、聞き逃しては致命的だ。ガーネックさんは、だらだらといやな汗をかきながら、幹部の方々の世間話に耳を傾けていた。


 お前、なにか知っているか――と、探りを入れているのだろうか。昨夜の騒ぎはガーネックの耳にも入っているが、都市伝説が増えたという認識だったのだ。


 違ったようだ。

 しかし、ここに呼ばれた意味がわからない。小心者は演技ではないガーネックである。この場に座るだけで、どれほどの勇気を振り絞っているのか。法律や正義と言う建前に守られる、あるいは縛られている警備本部への呼び出しより、こちらが恐ろしい。


 そんなものはない、ウラの社会なのだから。

 裏には裏の秩序があるが、その秩序を決めるのが、彼らなのだ。


「ガーネック………お前も最近、色々と事業がつぶされたようではないか」

「まぁ~、そういうこともありすな。運が向かないとき」

「ふむ、窃盗品のオークションとか、話があったような………」

「ほっ、ほっ、ほっ、手広くがんばろうとしたのだろう、流れ者の盗賊が持ち込んだのだった………どのようなものだったかな………」


 わざとらしいために、わかりやすい。


 ガーネックを疑っている

 昨夜の事件は知らないが、うつむきがちなガーネックさんは、嫌な汗がだらだらと流れていた。


 すでに縁が切られているが、『窃盗品のオークション』を持ち込んだ『流れ者の盗賊』とは、ガーネックの取引相手だった四人組の窃盗団の話に違いないのだ。

 誰も手にしようとしない、ドラゴンの神殿からの宝石を持ち込んだのだ。そこまではよく、その後は逃げて、行方など知るはずもない。


 だが、その宝石が、どういうわけか昨夜の事件に関わり、ガーネックが裏で糸を引いている、あるいは、なにか事情を知っていると、疑われているのだ。


 ガーネックさんは、知らないと、お返事をしたかった。

 しかし、使い捨ての小物ではないのだ、そんな言葉で許されるわけがない。

 この会合に呼ばれているだけで、名のある裏社会メンバーなのだ。そう、ここは探りあい、権力構造を生み出す場所なのだ。


 ガーネックは、恐る恐ると、口を開いた。


「流れ者は消え、宝石も盗まれましたです………皆様にはご存知かと思われますが、ウラ賭博の会場のおもちゃ屋、そのおもちゃの宝石にまぎれて保管しておりましたが………盗まれましたのです、はい」


 正直に、語った。


 幹部の財産をちょろまかした、情報を当局に売ったという話ではなく、ガーネックが取引しようとした宝石が、消えたのだ。

 これは、本当にガーネックの知らない、知らない間に起こった出来事なのだ。知らないことは、知らないとしか答えようがないのだから。


 本当に、知らないのだから。


「なるほど、おまえの宝石が、盗まれたと?」

「へぇ~………ガーネック、どんな宝石だった?裏で流れていれば、取り戻すことも出来るぞ、犯人も一緒にな」

「うむ、我々は小さな集まりなのだ、助け合わなくては」

「ほっ、ほっ、ほっ………その前にガーネック。その宝石の特徴を、この年寄りにもわかるように教えてくれんか………さぁ」


 老人と言う年齢に差し掛かった人物が、わざとらしい。年甲斐もなく、子供っぽい言葉遣いのおじ様が、とっても優しくて、とっても怖い。

 のんびりとした青年が、ガーネックに手を差し伸べているようで、きっと代償は大きいのだろう。ご老人が、ご機嫌そうに笑う姿も、怖くて怖くて、たまらない。


 なんとも、やさしい方々だ。

 ガーネックは小物に過ぎないという態度でありながらも、助け合う仲間だと認めてくださっているのだから………


 などと、甘えたい気持ちが湧き上がるわけがない。だらだらと、ガーネックやいやな汗でぐっしょりだ。

 目覚めてしばらく、さて、次の獲物でも探そうか。そのようなときに、幹部会合への召集令状が届いた。名目は、会合へのお誘いだが、断れるわけがない。これが、牢獄にとらわれているという事情があれば、そもそも、目に出来ない。

 だが、使いの方が、にっこり笑顔で手紙を手渡してきたのだ。


 にっこりと、逃げるなよ――と


 こういうときのための用心棒と言うか、けん制しあうための盾が執事だったが、その執事がいない今は、無防備に身をさらすしかないわけだ。


 ガーネックの頭の中では、大騒ぎだ。何が野望を狂わせたのかと、実施に記憶を手繰り寄せる。

 心当たりは、一つだった。


 宝石だった。


「ほ………宝石といいましても、よくあるものです。おもちゃの宝石箱に隠れれば、見分けがつかない………赤い宝石でございますです」


 本物なら、一つだけでもかなりの値打ちのある、小石サイズの宝石だ。

 いいや、小石と言うには失礼な、卵ほどの、大きな宝石だ。それも、大量にあるのだ。そのために、おもちゃだという感想が湧き上がるほどの、宝石の山であった。

 オークションにかければ、大もうけだ。


 それが、間違いだった。


「なるほど、赤い宝石………とな?」

「へぇえ~、しかも、石ころ――卵サイズとは………」

「オマケに、数も多い。確かに、おもちゃ箱に山と詰まれていれば、飾りのガラス細工と思いたくなるものだ………」

「ほっ、ほっ、ほっ………そうだのぅ、それほどの財宝を手にしているなど、領主様でも無理だ。そんな財宝を見せびらかすなら、古くなった橋を架けなおせとか、言われそうだわい」


 幹部の方々は、わざとらしく驚き、楽しげに話し合う。

 とってもゆっくりと、ガーネックへ向けて、刃を近づける。徐々に、徐々にと、ガーネックの命がもぎ取られる瞬間が近づく。


 逃げ出さないガーネックは、すさまじい勇気の持ち主である。

 それは、逃げ出さない勇気と言うべきか、逃げ出したほうがやばいと知っているためか………


 見ているだけでも、心臓に悪い光景だ。

 ねずみのように小さな心臓では、もはや、命がつきそうだ。


 ドキドキと、鳴いた。


「ちゅ、ちゅううう、ちゅうう」


 や、ヤバイよ、ヤバイって――


 見つめるねずみは、やばい、やばい、やばい――と、ドキドキしている。

 頭上の宝石さんも、どっ、どっ、どっ、どっ――と、短く光って、緊張している。


 ガーネックが馬車に乗る姿を見つけ、馬車にこっそりと便乗したわけだ。ねずみ一匹くらい、馬車の屋根に潜んでいても、気付くわけもない。


 こそこそと、とある倉庫へと向かっていた。

 がっしりとしたつくりで、レンガ造りの洋裁と言う印象を受けた。警備兵さんが守る武器庫といわれても信じたくなる、ただし、構成員は裏側の皆様だ。


 それでも、ねずみ一匹だ。

 潜入する程度は、どうにでもなる。宝石さんは、人前では姿を消してくれるのだ。ぼんやりとした影と言うか、透明モードでは、光がゆがんだようにしか見えない。


 天井裏へと身を隠したねずみは、ガーネックがピンチだ、ざまぁみろ――と言う気分など、とっくに吹き飛んでいた。


 やばい、やばい、やばい、やばい――と、ここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。むしろ、あの会合に出席するガーネックが、大物に見えていた。


 今も、質問を続けていた。


「その、宝石の名前は?」

「………は、はは………持ち込んだ四人組が言いますには、ドラゴンの神殿に山積みされていたと………ドラゴンの宝石と申しましょうか………あっ――」


 ガーネックさんは、正直に答えながら、ようやく気付いた。


 あ、ヤバイ――と


 もちろん、裏社会の皆様を牛耳る幹部を前にしている、そういった意味ではない。なぜ、ここに呼ばれたのか、なぜ、ヤバイのかと言う理由が、やっとわかったからだ。


 この王国だけではない、ドラゴンと言う種族にケンカを売った愚か者の末路は、皆様は知って当然である。裏であろうが、表であろうが、決して触れてはならない禁忌きんきと言うものが、存在するのだ。


 ドラゴンの宝石が、答えだ。


「なるほど、盗まれた宝石は、ドラゴンの宝石か」

「あ~、いましたな~………流れ者が、ドラゴンの宝石を自慢したことが」

「恐れ知らずというか、ドラゴンに手を出せばどうなるか、誰もが知っているというのに………」

「ほっ、ほっほっ………たまにいるのよ、強さを示すためといって、けんかを売るバカが。いやぁ~、若気の至りにしても、割に合うまいよ」


 答えなど、とっくに知っていたのではないのか。

 わざとらしい会合に、いったい何の目的があるのか。一人、答えがわからなかったガーネックさんも、今は知った。


 ドラゴンの宝石が、答えだと。


 手を出してはならないものに手を出した、そのために、みんなが迷惑する。知っているはずのガーネックも、気を大きくしていたため、気にしていなかったのだ。


 気にすべきだった。

 裏の社会にも、禁忌と言うものがある。

 やりすぎ注意。


 盗みであっても、賭博であっても、限度を守るべきなのだ。自分達は、人の暮らしの裏側で、ひっそりと生きている住人なのだ。

 ここは、そうした方々の、ささやかな会合なのだ。


 自称――であっても、ガーネックさんに何かを言う資格はない。細々と食いつなぐ面々に、面を覚えられた小物なのだから。

 裏の社会に伺いを立て、互いにつぶしあわない協定があり、その証として、裏社会で通用する紋章が、与えられたのだから………


「わ………わた………わた………」


 手をワタワタとさせ、必死に言い訳を口にしようとがんばるガーネックさん。だが、何を口にすれば助かるのかと、ワタワタと手が空中を漂うだけだった。


 ねずみも、ドキドキだ。


 頭上の宝石さんも、ドキドキだ。ピカピカと光って、サスペンス劇場を見ているように、興奮を表していた。


 ねずみは、鳴いた。


「ちゅぅ、ちゅううう」


 いや、お前のことだって――

 宝石さんは、ピカピカと光っているだけだった。


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