第104話 アーレックの野郎と、ニセガネ作りの親方さん


「あんたが、ニセガネ作りの親方だな………」


 工場がひしめく一角に、アーレックは仁王立ちをしていた。

 時刻は、夕方を過ぎていた。遅くなるかもしれないと、この日、アーレックは恋人様のご家族との夕食を、ご遠慮していた。毎日のことではないものの、定期的にお誘いを受けるのが当たり前になっており、故に、遠慮申し上げたのは、本当にもったいないと言うか、残念と言うか………


 今は、義務が優先だ。

 恋人様のサーベル使いが不機嫌になることは、覚悟の上だ。明日は、ひたすら土下座だと決意しつつ、アーレックは改めて問いかけた。


「おもちゃ屋へ、キートン商会へ品物を送ったことは分かっている………裏賭博のこともだ。ガーネックと言う名前に、聞き覚えがあるはずだ」


 アーレックの前には、古びた箱をイスの代わりにする、ごっついおっさんがいた。

 背の高さは170を越えたあたりだが、横幅が、壁だった。

 おそらくアーレックを上回る筋肉の壁であり、それは、長年積み重ねた年月が力とともに膨れ上がった、正に壁であった。


 抵抗されれば、アーレックといえども、油断は出来ない。

 ハンマーの直撃を受けないように、さて、どのように戦おうか、ここは武器がいっぱいだ。


 アーレックが見回すと、タルが目に入る。

 ふたも閉じられていないタルには、見慣れたコインが山積みだった。カーネナイ事件に関わった人物なら、それはもう、一瞬でわかってしまうニセガネの銀貨の山であった。


 ただ、それだけではなかった。


「おもちゃ屋のコイン………いや、表面は――」

「本物の銀で作っている………コレクターが手にするだけなら、問題ないって建前たてまえを使った、密輸用だ」


 アーレックの推測に、親方は答えを口にした。


 取調べにおいて、自分を有利にするための取引材料である情報のはずだ。いや、ここまで話したのだから、考慮してくれと言う、無言の取引なのだろうか。


 アーレックは、コインを一つ、手に取った。


「これも、ガーネックの注文か?」

「いや、ガーネックの仲介で、他のグループのだ………」


 つくりは単純で、ニセガネと言うよりも、おもちゃのコインである。

 キートン商会が扱っていた、子供のお小遣いでも参加可能な、上限が決められたゲームで使われるコインであった。


 ただし、本物の銀を用いていれば、扱いは微妙となる。

 コレクターアイテムと言う言い訳は、各地へ送るという名目があっても、数量の確認などの手続きが入ってくる。


 言い逃れのための方便だと、親方は告白した。

 加えて、ニセガネとしか説明できないニセガネの銀貨まで、大量にあるのだ。

 国によっては死罪である。目の前の親方の事情がどうであっても、自由な日々との別れは、確実なのだ。


 なのに、抵抗される様子がないことに、アーレックは戸惑っていた。

 親方の仲間が背後から襲ってくるのではないか、その可能性は、当然考慮に入れて警戒しても、その様子がないのだ。


「ニセガネを作ってしまっては、あとには引けない。そう言われてな………おもちゃのコインなら、いくらでも作れると………」


 親方はひとりごちて、コインを手に、寂しそうに見つめる。

 いつか来ると、わかっていたのだろう。アーレックが現れ、身分を明かしても、親方は特に反応を示すことはなかった。


「善良な金貸し………アイツは、にこやかな顔でやってきた。注文書は、ちゃんともらったから、ちゃんとした仕事だと………」


 気付くべきだったと、親方はうなだれていた。


 誘われた時点で、終わっていたのだと。

 裏では、違法な賭博も行われている。その一つに過ぎないと、裏賭博を盛り上げるための、本物そっくりのコインの作成を依頼された。

 アーレックは、聞き逃しそうになったが、最大の手がかりを問いただした。


 注文書――と、親方は口にしていた。


「注文書が、あるんだな。ガーネックからのか、今、どこに?」

「………とってあるさ。オレはちゃんと書いてもらったからな、ニセガネを依頼していると、はっきりした証拠になるはずさ」


 いつか来る、終わりのためだという。親方は、ガーネックに利用された時点で、終わりまで覚悟をしていたようだ。


 終わらせる相手が、アーレックだっただけだ。


 ガーネックは、とても賢かった。

 証言があっても、犯罪者の言葉だけでは、信憑性しんぴょうせいとしては不安だ。決定的な書類はなく、今回、ようやくつながったのだ。

 金融にかかわらないために、ガーネックも油断したのか、それはわからない。


「詳しい話は、警備本部で聞かせてもらおう………ただ、依頼書などの書類は、運べるだけ運びたい」

「あぁ、たいした枚数じゃない、手提げ袋の中さ――」


 親方は、ボロボロの袋の一つを指差す。

 見た限りでは、どれか判別はできない。金具で留められているもの、金具が外れて、くくりつけているものと、豊富だ。


「そこの、立派なやつだ、金具が二つある――」


 親方は指差すが、ずたぶくろの山にしか見えない。

 いや、おかげで隠され続けたわけだ。ガーネックを捕まえる手がかりが、ようやく手の届くうれしさに、アーレックの心がおどる。


 あと、少しだと。

 故に、気を引き締めようと、改めて周囲を見る。この袋が、突然誰かに奪われる。そのような事態が、今は一番警戒すべきだ。


「では、本部まで同行を願おうか………今更だが、身の安全を保障したい」

「身の安全………ね、あんたも強いだろうが、ヤバイのは、本当にヤバイ。死に神だと自己紹介されても、信じられるようなヤツを、オレは知っている」


 アーレックも、知っている。


 どこの暗殺者だ――という執事さんには、心当たりがあった。

 ニセガネの銀貨の拡散および、資金調達のための銀行強盗などの一連の事件は、カーネナイ事件と言う。

 中心となった、かつては名家とうたわれたカーネナイの、最後の足掻あがきだった。


 アーレックが対決した、メジケルと言う執事さんの仕える家だ。


「知り合いにも執事さんがいるけどな………俺じゃ、本気のあいつに勝てるかどうか………」

「おいおい、不安にさせないで欲しいもんだ………まぁ、下手すりゃ死刑だから、どっちに転んでも、今更か………」


 ガーネック以外にも、色々とヤバイお客さんがいらっしゃるようだ。もしも、その皆様へつながっていれば、とてつもない手柄である。


 同時に、裏社会から付けねらわれる危険が跳ね上がる。公僕と言うだけで、常にその危険は意識しているが、家族や恋人に害が及ぶと思うと、心穏やかではいられない。

 アーレックの恋人であるサーベルの使い手に、魔の手が迫れば………


 返り討ちにしそうだ。


 夜討ちに、屋敷へと侵入すれば………弓矢ややりがお出迎えだろう。 心配する要素がないのではと、アーレックは腕を組んで、首をひねった。


 それに、アーレックは、驚くほどの強運に導かれている自覚があった。ねずみが、ちゅぅ~――と、導いてくれるのだ。


 ちゅ~、ちゅぅ~――


 どこからか、本当に鳴き声が聞こえた気がして、周囲をキョロキョロと見回すアーレック。気付けば、方に相棒が乗っていることもあるのだが………

 今は、手にした手提げ袋と、目の前の親方を本部へと運ぶことが先決だ。アーレックは、親方に向かい合う。


「まぁ、証拠となる書類を隠し持ってくれたんだ、協力者として、事情を考慮するように頼んで――」

「どうした?その袋が、どうした――」


 またも、ねずみの鳴き声がした。


 親方さんも気付いたようで、そして、鳴き声がどこから聞こえるのか、同時に気付いた。アーレックが手にしている袋からだ。

 中身は、そういえば確認していないと、アーレックはゆっくりと袋を開ける。そして、親方さんとアーレックは、袋を覗き込んだ。


 袋の中身も、こちらを見上げた。

 同時に、つぶやいた。


「「………ねずみ?」」

「ちゅ~………」


 各地にある公の書類に記された、ガーネックの署名入りの公的書類が出てくるはずだ。それらと比べれば、もはや、言い逃れは許されない。

 カーネナイの若き当主フレッドに、キートン商会の主。そして、ニセガネ作りの親方という。これだけの証人と証拠の書類があれば、今度こそガーネックは終わると………


 書類の代わりに、やわらかそうなクッションの上で、快適そうに寝転がるねずみがいた。

 ちゅ~、ちゅぅ~――と、鳴いていた。



 *  ―  *  ―  *  ―  *  ―  *



「これが、その一枚です」


 アーレックは、紙切れを差し出した。

 残りはすでに、本部へと提出したあとだという。そして、どの書類も同じく、シワシワであった。

 むしろ、文字や押印された紋章の形状がわかることは、奇跡だ。


「まぁ、ねずみなので………」

「まぁ、ねずみだからな………」

「………ちゅぅ~」


 ねずみは、うなだれた。


 せっかくの手がかりが消えたのだ。それは、お酒の匂いをさせても、しかたがない。

 そう、野生のねずみであれば、仕方がないのだ。人が触れない袋に、ちょうど巣の材料もそろっていれば、住み着くのだ。

 ねずみなのだから。


 ただ、アーレックはヤケ酒をしたわけではないようだ。

 親方さんも責任を感じて、アーレックと共に、文字を読み取れる紙切れを探したという。

 それはもう、排水溝から炎が漏れたという、下水でドラゴンが暴れているという大騒ぎに気付かない勢いで――


 結果として、ジグソーパズルのピースのいくつかは、手に出来た。

 どうやら、徹夜だったようで、ハイテンションの挙句、お祝いをしたという。


 文字の判別は、残念ながら不可能である、それでも、手がかりは残されていた。 押印された、酒瓶とコインの山をあしらった紋章が、くっきりと残っていた。


「押印された紋章は、証拠となりうるそうです。ただ、ガーネックが公文書に用いるものとは、違っているようで………」

「むぅ、手がかりが、遠のいたということか………いや、裏社会のための紋章でもあるのだろう。これは重要な手がかりだ」


 ふざけているのか、酒瓶とコインの山をあしらった紋章だった。

 ガーネックが公文書に押し当てた紋章とは異なっていれば、では、どうすればいいのか。

 人では出来ない捜査活動は、誰がするのかと、ねずみは立ち上がった。


「ちゅぅ、ちゅううう、ちゅうう」


 どうやら、私の出番のようですね――


 後ろ足で立ち上がると、おひげをなでながら、ねずみは鳴いた。

 まだ、すべての糸がちぎれたわけではないのだ。久々にガーネックのお屋敷に潜入だと、気合を入れていた。


 野良ねずみが巣を作っていなければ解決だったが、仕方がないことは、仕方がないのだ。すっぱりとあきらめるしかないではないか。


 すちゃっと片手を上げて、ねずみはアーレックの肩から、するすると地面へと向かった。


 今日も、忙しくなりそうだ。


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