第95話 レーバスさんは、運がない


「よう、あんたか………」


 怪物だ。

 知らぬ人物が見れば、暗闇から現れ、人をさらう怪物と思うだろう。暴力が日常だったに違いない。片目はつぶされたのか、眼帯をしている巨体が、小さなイスの上に座っていた。


 裏・商業組合のカウンターであった。


「町を出る。色々と後始末で遅くなったが………」


 言いながら、執事姿の死に神さんが、数枚の銀貨を差し出した。


「ガーネックのところの用心棒………執事さんだったか………」


 銀貨を受け取り、切符を切りながら、一人で納得する。

 裏家業といいながら、一応の仁義もある。裏切りと報復の巻きえはゴメンこうむりたい、自分達だけでやれ――と言うのが、暗黙の常識だ。


 もっとも、常識をわきまえない人々は、常にいる。

 そのため、逃げ出す道も用意しているのが、裏・商業組合の品ぞろえの豊富さである。

 表の相場の数倍であるのも、常識だ。


「あんたほどの人が、ねぇ――」


 質問をしないのも、常識なのだ。しかし、あまりにも奇妙であり、危険の兆しと思えば、話は別だ。


 さりげなく、顔を見た。


「契約だ。危険だと判断すれば、切れる」


 疲れた顔で、レーバスさんは言い放った。

 

 続きは口にしなかったが、調子に乗って、ドラゴンの宝石に手を出したのだ。逃げる決断は、レーバスには当然であった。


「あんたが逃げだすなんて、何に関わったんだ、あの金貸しは」


 レーバスと言う執事さんは、答えない。

 元・執事さんであるが、執事服が気に入ったようだ。とはいえ、死に神さんと名乗ったほうがしっくり来る。

 カウンターの前にたたずんでいるだけであるのに、ただよっている“何か”が、本能的に感じさせるのだ。


 あ、ヤバイ――と


「過去の栄光をまぶしく思ったバカが、バカをして、巻き添えを食っただけだ。おなじ目にあいたくない………」


 レーバスさんは、振り向いた。


「なぁ、そうだろう」


 メイド服に身を包んだ、ロングヘアーさんが、たたずんでいた。

 いつの間にか、たたずんでいた。


 170センチはありそうな、長身の女性だ。胸元はつつましやかに、スレンダー美人なメイドさんだった。


 しかも、感情を表に出さず、静かにたたずんでいるのだ。美しいというよりも、かっこいい、ステキなお姉さんという表現がふさわしい。

 無口な女性も少なくなく、一歩引く使用人と言うメイドさんであれば、なんとも出来た人と言う感想もうまれよう。


 口を、開いた。


「やぁ、久しぶりだね」


 意外と、子供っぽい口ぶりだった。

 しかも、声変わりをする前後の少年のような、独特なハスキーボイスである。

 それにしても、レーバスの、昔馴染みのような口ぶりだ。レーバス自身の言葉が、それを証明する。


「………相変わらず、女の服装を――いや、生き延びるためだ。裏にも足を踏み入れるし、互いに刃を交えることもある………か?」

「ふふ………ボクは、ただのメッセンジャーだよ。キミもそうだったろ?」


 死に神です――


 そのように名乗って違和感のない執事さんを前に、スレンダー美人なメイドさんは、一切のおびえも、戸惑いも、何もなかった。

 ただただ、自然体であり、むしろ親しみを抱いていると言ってもいい。


「脅しのつもりか?」

「ははは………レーバスを脅せる人間なんて、この町にはいないよ」

………だろう?」


 一触即発。


 互いに自然体という、どこかをお散歩して、偶然知り合いに出会いました。そのような仕草なのに、周囲は一歩、二歩と、距離を置き始める。

 

 あ、ヤバイ――と


「まぁ、いい………ヤバイと思えば、逃げる。契約は、契約だ………文句はないはずだ。お前の主人も、裏を牛耳る一人ならば承知のはず………」

「うん。だからね、教えて欲しいんだ。レーバスがヤバイって思う………あぁ、レーバスがやばいって思うんだ………ドラゴンに決まってるよね~」


 問いかけつつ、スレンダーメイドさんは、すでに答えを得たようだ。

 さらに三歩、四歩と距離をとっていた周囲の人々は、少し興味が湧いたらしい。聞き耳を立てるだけで危険と承知しながら、立ち止まる。


「(――ヒソヒソ)誰だ、あのメイド」

「(――ヒソヒソ)ほら、館の裏の――」

「(――ヒソヒソ)し、静かに」


 自分達も、表通りより、裏通りを行くのだ。ビビってたまるか――という、意地もある。貴重な情報は、聞き逃せば不利益になる。場合によっては、即死だ。


 目の前のレーバスという執事さんと、スレンダー美人なメイドさんの会話は、そうしたヤバさをちららしていた。


 回りの目線を浴びたからか、レーバスはため息をつく。

 次の瞬間、目の前のメイドさんにナイフを突きつけていても不思議はない。そのような危うさを感じさせつつ………


 メイドさんも、同じ方角を見つめた。


「まきぞえは、もうゴメンだ」

「ははは~………ホント、そうだよねぇ~」


 終わっていた。


 知らぬ間に、彼らの話は、終わっていたらしい。周りで見守る皆様は、ガーネックと言う人物つながりだと、様々に推測をする。


 自称・善良なる金融業者は、ウラでは盗品のオークションを行おうとしていた。

 それが頓挫とんざした、それまでの裏の商売も、頓挫とんざしたと言うことは知られている。


 なにが、きっかけか。


 ちゅぅ~――と鳴く名探偵だとは、誰も知らない。

 だが、レーバスが何を恐れ、なぜ、逃げるのか、誰もわからない。

 ただ一人、スレンダー美人なメイドさんはレーバスが逃げる理由に、気付いていた。


 ドラゴンだと。


「同胞のよしみだ、この町を去る前に言っておく」

「うん、なに、なに?」


 緊迫感は消えており、ただの道端の会話になっている。

 メイドさんなどは、子供っぽさすら出していた。無邪気さというか、昔馴染みを思わせた。


「噂話を、あなどるな。とくに、幽霊などの、不気味な話は………な」

「あははは~、魔法が原因でもありえない。そんなことがありえる………分かってるさぁ~」


 下水のワニさんや、幽霊。しゃべる犬や、不思議な丸太小屋に、夜空を徘徊はいかいする老婆の噂話など、常に都市伝説は生まれる。

 ただの作り話、噂話は尾ひれがついて、実態がない場合も、少なくない。

 こんな話があれば面白いのに………そう思った誰かが、聞いた話しだと前置きで広めれば、誰も実在を知らない都市伝説の、完成だ。


 しかし………


「突然に湧いて出た噂が、突然に広まった………そんな場合は、気をつけてるさ~………実話が、下地にあるんだってね?」

「なら、いい………」


 言いながら、レーバスは切符売りの強面こわもての眼帯さんに向かい合う。


 もう、話は終わった。

 別れの言葉もなく、唐突とうとつに二人の会話は終わり、そして、スレンダー美人なメイドさんはすっと、この場から消えた。


 何者だったのだろうか、そんな謎を残して………


 だが、レーバスさんは、知らない。ひっそりと逃げ出そう、そう思って深夜の船旅を選んだことが、運のつきだと。


 裏のボートは、広い広い、下水のせせらぎを行くのだから――


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