第94話 哀れなる四人組


 さぁ、町を出よう。


 ワニさんとの追いかけっこを経験した、盗賊の四人組は、そう決断した。

 ガーネックとの取引は終わりだ。他に宝石を売る手立てはなく、そもそも、宝石も手元から消えたのだ。

 なにより、ワニさんが住まう街から、早く逃れたいのだ。


「兄貴~………いくら残ってる?」

「………銀の狼が三枚………あとは犬銅貨に………」

「ねずみ銅貨が、一番多いわね………下水から連れてきたのかしら」

「………クマもいた………なのに、ついてきてない」


 この王国の金貨は、森の王者のクマさんである。

 古代の戦いと言うか、御伽噺が元になっている。そして森の勇者が銀貨で、眷属の犬達が銅貨である。


 小銭の代名詞は、ねずみさんが彫刻される、小銅貨である。

 下水において、散々お世話になった皆様がいるが、最強はワニさんではないかと、生還した今は思うのだ。

 森の王者のクマさんですら、ワニから逃げるしかなかったのだから。


 ずたぶくろといっても過言ではない、さもしい財布の中身は、みんな仲良く、寂しかった。


「ガーネックにオークションを持ちかけられて………信じたのが馬鹿だった」

「けどよ、兄貴………ガーネック以外、みんな断られたんだぜ?」

「そうよね、ドラゴンの神殿から盗んできたって………みんな、それだけで逃げるようにね」

「いや、あの時はお前が――なんでもない」


 仮住まいにしていた、カーネナイの無人のお屋敷には、戻れない。

 なぜか、カーネナイの執事さんに、おまけに公僕の騎士らしい若者まで現れたのだ。負けるとは思わないが、勝てるとも思えない二人組みが出現したお屋敷は、危なくて、隠れ家にできない。


 デナーハの兄貴さんをはじめ、密偵のベックに、変装のバルダッサ、運び屋のバドジルの瞳からは、生気が失われていた。


 あぁ、助かったんだ………だけど、これからどうしよう――


 そんな、途方にくれたい顔だった。

 疲れた頭では、何も考えることが出来ない。 幸いにして、下水という名前の迷宮からは生還できたが、懐は、寂しかった。

 最高の財産である、ドラゴンの宝石の皆様が、いなくなったからだ。

 ねずみの鳴き声に呼ばれて、列を成して脱走だった。いや、どこかの御伽噺のようだと、笑いたくなる。


「あのねずみが鳴いて、宝石が逃げ出したように見えたんだが………」

「まさか、ドラゴンの神殿の、刺客?………」

「いや、ねずみでしょ?」

「けど、宝石は消えた………」


 そろって、ため息をついた。

 それぞれに野望を抱き、盗賊団を結成、怪盗でもいい。ドラゴンの神殿から財宝を盗んだ。そうした伝説を背に、裏社会にデビューを果たそうと、夢見る若者達だったのだ。

 その宝石はすでに手元から去り、あきらめの空気が漂っていた。ただ、疲れているだけではない。この街では、誰もまともに相手にしてくれないのだ。


 ドラゴンの神殿を襲った。大きな実績のはずの、その実績が元凶なのだ。

 これからどうしよう、それを決めるリーダーのデナーハの兄貴さんは、顔を上げる。


「ともかく、決めなきゃいけない。この街の裏社会では、ドラゴンの神殿に関わった。それだけで、仕事が出来ないからな」

「誰も手を出さなかった山に手を出した………すげぇって思うんだけどなぁ~」

「そうよねぇ~………誰も手をつけてないから、宝石の山だったのに………」

「そういえば、ガーネックの執事も、ずっとおびえてた………」


 デナーハの兄貴さん、密偵のベック、変装のバルダッサが過去の栄光に思いをはせていると、運び屋のバドジルがふと、思いつく。


 そういえば――と


 自分達は、凄腕だ。

 そんなうぬぼれを抱いている四人組みをして、あの執事さんは恐怖を覚えたのだ。死に神です――と自己紹介をされても驚かない。

 そんな執事さんが、逃げたのだ。


 宝石の輝きをきっかけに、逃げたのだ。


 この王国だけではない、ドラゴンという最強種族に手を出した。そんな愚か者に関わりたい物好きは、とても少ない。まきぞえはゴメンこうむりたいのだ。


 流れ者の彼らでも、知っているはずだが………


「とにかく、俺たちは誰も恐れて出来ないことをする。だからこそ、俺たちも恐れられる。そうだろう、みんな」

「あ、兄貴………」

「なによ、まだれさせるつもり?」

「………」


 希望を胸に、無謀むぼうに突き進む愚かさが、彼らの強さのようだ。

 約一名ちょっと発言が不穏というか、無言を貫いたのは賢いというか………


 とりあえず、どうすべきか。

 リーダーであるデナーハの兄貴さんは、すでに決めていた。


「せっかく盗んだ宝石なんだ。なぜか逃げ出しやがったが、逃げた獲物を追いかけるのも、悪くはない………だろ?」

「………兄貴?」

「あら、それって………」

「………下水へいくってことか」


 希望に胸を熱くしていたのもつかの間、彼らの熱は冷めていく。

 下水の冷たさを思い出したためである。なにより、ワニさんと言う恐怖が、心臓をわしづかみにして、凍えさせるのだ。


 もう、いやだ――と

 しかし………


「俺たちが名前を挙げることなんて、何度ある………ていうか、ドラゴンの神殿から財宝を盗み出した。それはもう、裏社会には広まっているはずだ。なのに、手ぶら………そんなことで、これから盗賊団としてやっていけると思うか?」

「だけどよう、兄貴~………」

「そうねぇ~、口だけって言われるのも、マズイわよねぇ~」

「………よくある話………とか」


 デナーハの言葉に、密偵のベックも、変装のバルダッサも、否定は出来ない。なにしろ、運び屋のバドジルが口にしたように、よくある話なのだ。


 作り話で、はくをつけようとする。そんな口だけの連中は、いつでもいるのだ。

 そして金箔きんぱくのように、いつかがれ落ちる。実力がないと、バレてしまう。そんな連中は、まともに相手にされないものだ。


 今のままでは、デナーハたち四人組も、そんな口だけの連中と思われてしまう。

 ドラゴンの神殿に忍び込み、財宝を手に入れた。それは、本当のことだというのに………


 それだけは、耐えられない。


「思い出せ、どこまでも続く森を。密偵のベックの身軽さで、何度救われた?」

「兄貴………」


「忘れたのか、情報の大切さを。奥様方の会話に混じって伝わる話題から、神殿関係者しか知らないはずの情報を探ったのは、誰だ」

「ふふ………そうだったわね」


「それに、ドラゴンの森までの、あの大河だ。船を調達して、俺たちを運んでくれた運び屋は、誰だ」

「………それが、仕事………」


 デナーハの兄貴さんは、密偵のベック、変装のバルダッサ、運び屋のバドジルの、それぞれの手柄を、過去の栄光を思い出させる。

 そして、そのメンバーをまとめ上げ、くじけそうになるとはげますリーダーがいる。今もまた、デナーハの兄貴というリーダーは、リーダーらしく、仲間達をはげましていた。


 無謀むぼうにむけて、突き進め。

 誰もが逃げ出す困難にも、共に立ち向かう。


 一人、一人であれば、立ち向かえるわけがなく、そもそも、立ち向かおうと考えることもない。仲間がいたからこそ、ここまで来たのだ。


 デナーハの兄貴さんは、改めて、仲間の顔をつめる。


「忘れるな。俺たちは、すごいんだ」


 今までの苦労を、その全てを、あきらめるのか。

 危険に手を出さずに、逃げよう。そのように考えるのであれば、そもそも、ドラゴンの神殿に向かう。その判断の前に、逃げている。


 彼らは、無謀だからこそ、突き進むのだ。

 デナーハの兄貴さんは、仲間達の瞳が、輝きを取り戻すのを見た。


「危険は、いつものこと………だろ?」

「兄貴………オレ、オレ………」

「まぁ、必ずワニさんに出会うわけじゃなし………じゃないと、下水管理の人、大変よ?」

「………小船でも………だすか?」


 調子を取り戻してきた、盗賊の四人組。

 先ほどまで、冷静というか、及び腰だった運び屋のバドジルさんが、特にやる気だ。運び屋の意地にかけて、役立ってみせる。足を滑らせたため、運び屋さんが、運ばれたのだ。


 今度は、役立つ――と

 運び屋として、移動手段を調達しようと口にしたのだ。


「先立つものがなくても、おれ達は盗賊だ………盗めばいいさ」

「オレたち、こそ泥じゃなくて、盗賊だもんな」

「そうね、私達はドラゴンの宝石を盗んだ盗賊ですもの。そうでなくっちゃ」

「じゃぁ、ちょっと………いや、みんなで」


 こうして、彼らは小船をこっそりと借り受けつ事にした。


 そして、夜が近づくと、臭気漂うせせらぎへと、ボートを漕ぎ出したわけが………


 おや、どこかで耳にした、ザバザバという波音が聞こえてきた。

 なんとなく、耳に覚えのある悲鳴も………四人が、船の上で周囲をうかがっていると、妙に明るくなってきた。


「………あれって昼間の」

「あれ、クマさんたちだ」

「そういえば、あの子達にお礼を言ってなかったわね」

「森に消えた………お互い、怪しい」


 今こそ、昼間の感謝を伝えよう。


 あるいは、裏側に関わる新人ということであれば、一時的に手を取り合ってもいい。なぜか、宝石の大群と行動を共にしていたのだ。恩をあだで返すのは忍びないが、情報をこっそりといただくくらいは、許せと。それが厳しい裏社会なのだと、ちょっと先輩風を吹かせたい気持ちも湧き上がる。


 なのに………悲鳴を上げたい気持ちが、湧き上がる。

 鳴き声が、近づいてきた。


「ちゅぅううううううう」

「くまぁああああ」

「わぅぉおおおんっ」

「わぁああああいっ」

「この、おばかぁあああっ」


 五人組が、悲鳴を上げていた。


 炎の輝きに照らされ、もちろん、ワニさんも一緒だった。

 ワニさんの瞳も、輝いていた。


 さぁ、昼間の続きだ――と


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