第93話 ワニさんと、丸太小屋メンバーと、ねずみ
そんな光景があっても、不思議ではない。
臭気漂うせせらぎは、人が手を広げて進めるほどの川幅があるのだ。加えて、岸辺も同じくらい広く、息苦しさを感じさせない。
支流といっても、この広さなのだ。
まるで、下水を整備、点検する人々を気遣ったかのようなつくりである。
年月を経て、カビやコケにキノコに、有象無象が人の立ち入ってはならない世界の印象を作っているだけだ。
魔法の炎に照らされた、真昼のように明るいせせらぎの岸辺で、丸太小屋メンバーは、固まっていた。
ワニさんが、目の前だった。
レーゲルお姉さんは立ち上がると、フレーデルちゃんに向かい合い、笑顔で命じた。
「やれ」
一言だけ、命じた。
なにを――という質問を、誰も口にすることはなかった。
お姉さんが人差し指でワニさんを指していたために、明確だった。きょとんと、可愛らしく小首をかしげていたフレーデルちゃんでも、わかった。
ワニさんを、何とかしろ――と
あんたが、やるんだよ――と
好奇心が
「えっと~………」
赤毛のロングヘアーのフレーデルちゃんは、とにかく、元気いっぱいの子犬のような女の子である。見た目は小柄な十四歳というか、十二歳のまま姿が変わっていないという表現が正しいらしい、正体はドラゴンなのだ。
そう、ドラゴンである。
本人もドラゴンであったことを忘れているが、ドラゴンは、最強と呼ばれる種族である。
産毛も生え変わっていない
レーゲルお姉さんが、諭すように、フレーデルちゃんを誘惑する。
「フレーデル、あんたは、ドラゴンなんだよ?ワニさんを追い払うなんて、きっと簡単よ」
最強の種族が、何を怖がる必要があるのか。
そもそも、ワニさんとの追いかけっこを楽しんでいるようでもあるフレーデルちゃんだ。小さな子供が、ごっこ遊びで本気で怖がり、楽しんでいるようにしか見えないのだ。
ならば、ちょっと本気を出してみようか――と、妹分に命じるレーゲルお姉さん。
さっさと、ワニさんを追い払えと。
「え~………そう、かなぁ~………」
おだてられて、産毛が残るドラゴンの尻尾を、ご機嫌よさそうにパタパタとはためかせるフレーデルちゃん。
悪い大人につかまらないように、お姉さん達が注意を払う必要があるだろう。今は、お姉さんが悪い大人の笑みを浮かべていた。
単純な娘だこと――と、高笑いする、悪女の姿が重なる。
「確かに、追い払うくらいなら、フレーデルの炎で十分だと思うワン」
「く………くまぁ~………」
「ちゅうう~?」
そうかぁ~――
ねずみは、腕を組んで、不安そうに赤毛のロングヘアーの女の子を見つめる。
確かに、ふざけた魔力の持ち主であり、なぜかドラゴンの尻尾を生やしているフレーデルちゃんである。
というか、
レーゲルお姉さんは、腰に手を当て、作戦を語った。
「まずは、ワニさんをびっくりさせて、ここから追い払うの」
そして、目立つ炎を消し、おとりとして、魔法の光を遠くへと放り投げるのだ。
昼間に、ねずみがワニさんから仲間たちを逃がした方法である。目立つ宝石の皆様の輝きを抑え、囮をワニさんに追いかけさせたのだ。
問題は、炎の大きさだ。
暴走すれば、大変だ。
下水の上には、街があるのだ。
木漏れ日と言う排水溝からの光が、時々雑踏を、賑わいを下水へ届けてくれる。それなりの距離があるために遠い世界に感じるが、すぐ足元の世界でもある。
下水からすれば、すぐ頭の上である。
フレーデルの魔法の炎が暴走すれば、道路か広場か、下手をすれば建物も、ただではすまないだろう。
不安な、アニマル軍団だった。
フレーデルちゃんは、両手を大きく広げた。
「それじゃっ、いっくよぉ~………」
感情に素直に、魔法の炎も、大きく膨らんだ。目の前のワニさんの牙の一本、一本まで、くっきりと見える。
いらっしゃい――と、口を大きく広げていた。
「フレーデル、加減するのよ。ワニさんは倒さなくていいから、上の被害のほうが、大きくなっちゃうから」
おだてた犯人のレーゲルお姉さんは、少しあわてる。
ドラゴンだから大丈夫だと口にしてみたものの、本当に、ドラゴンだからこそ、大変なのだ。
ワニさんより、むしろフレーデルちゃんのほうが危険なのだ。
なにせ、ドラゴンなのだから。
「頼むワン、街中の爆発事件なんて、しゃれにならないワン」
「くま、くまぁ~」
「ちゅぅ、ちゅう、ちゅううう~」
た、頼むぞ、本当に頼むぞ――
ねずみのセリフは、クマさんのオットルお兄さんのセリフかもしれない。
その予感は、外れて欲しかった。
「えいっ」
「げっ………」
「わぉおおおんっ………だ、ワン!」
「く、くまああああああっ!」
「ちゅううううううううっ!」
炎が、はぜた。
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