第92話 アーレックと、夕暮れの牢獄
初夏と言うよりは、そろそろ夏だ。ギラギラと、じりじりと肌を
夏だと。
それでも、夕暮れとなれば、まだまだ涼しく、寒いと錯覚するほどだ。リーン、リーン――と、虫達も、夏には早いと、鳴いている。
初夏の風情を味わいつつ、さもしいチョッキの若者は見上げた。
「今日はまた、遅い登場だな………」
かつて、カーネナイの若き当主だったフレッド様は、今は質素な部屋の主として、代わり行く季節を味わっていた。
牢獄と呼ぶには贅沢な、安い宿の一室というお部屋だった。
目の前にどっかりと座るのは、巨体の青年アーレックであった。。
「昼ごろに、あんたの執事さんと一緒に、怪しいヤツラと面談しててな………んで、さっきまでは、キートン商会の人とも、会ってたんだ」
癖のある金髪と、190センチに届く背の高さは、体格も比例してごつい。格闘技術にもすぐれ、敵対したくない相手だ。
少なくとも、この距離では自殺行為だ。
もちろん、そのようなつもりはない、敵対関係ではないのだから。
むしろ 、ガーネックを倒すという目標の下に、公には記録されない情報交換を行う間柄だ。
公僕であるアーレックでは許されない捜査活動?を行っているメジケルと言う執事さんとの、接点である。
主であるフレッド様は、窓を見つめた。
「あいつには、苦労ばかりかける………あんたにも………かな」
「こっちは、仕事だ………まぁ、一応は」
やや、気まずそうに目を泳がせるアーレック。
執事さんを使っての捜査活動?は、仕事とは言えない。本来は牢獄にて、とっても長くお休みのはずの執事さんなのだ。
脱獄犯なのだ。
この活動が
アーレックは気分を変えようと、疑問を口にした。メジケルと言う執事さんの活躍を目にするたびに、疑問に思っていたのだ。
いったい、何者だ――と
「あんな執事さん………いったいどこから連れてきたんだ?」
「いや、親父がどこかから………犯罪者の更生………保護人だったか………」
カーネナイ事件の終幕において、アーレックは肉弾戦を
だが、あの場では手加減をされていたのだと、少し悔しい気持ちと、そして、敬意を抱いた。
正々堂々とした、誠実な執事さんだと。
暗殺者です――
そんな印象でありながら、本人の性格は誠実で、とても好ましいものなのだ。それこそ、何事もなければ、平凡な人生を満足して送ったはずなのだ。
ガーネックさえいなければ――
そう思わずにいられない、それが、アーレックたちが手を取り合う理由である。
「まぁ、人の過去を探るのは、良くないか………」
「あぁ、親父が信頼した相手なら、俺も信頼する………それが出会いだったからな」
懐かしいことだと、しばし思い出に浸ってから、互いに姿勢を正した。
そろそろ、本題だ。
「ニセガネが、共通してたんだ」
カーネナイ事件と、キートン商会のニセガネとは同じつくりだという鑑定結果がある。
両方の事件に関わっている人物は、ガーネックともつながりがある、犯罪の証拠となるかもしれないのだ。
カーネナイの若き当主のフレッド様は、気付いた。
「そうか、ガーネックに紹介された親方が………」
ガーネックに目を付けられた時点で、今の運命は決まっていたのかもしれない。逃げるという道すら、選ぶことが出来なかった自分に怒りを覚える。
だからこそ、ガーネックに選ばれたわけだ。
「金貸しが、金を貸しても不思議はない。そう言って逃げおおせてきたガーネックだが、ニセガネを作った親方との関係では………何かないか」
アーレックは、ごっつい体を前かがみにして、カーネナイの若き当主、フレッド様に問いかける。
何か、ないかと。
「なにか…… 知っていることは、全て話したんだがな――」
一般の警備兵相手には、そう答えて終わる。隠すつもりはなく、すべて話したのだ。本当に、全てを話したつもりだった。
「どうでもいいことでも、小さなきっかけでもいい、何かないか」
アーレックの再度の問いを前に、フレッドは記憶を探る。
全て話したつもりであるため、気が焦る。
代わりに、思いつく
「キートン商会の主は、なんて言っていたんだ?裏賭博の話からして、俺より前からの知り合いのはずだ」
「きいてみたさ………あんたの証言と、一致した。居場所までは、さすがに分からなかったそうだが………いや、あんたも知らない話があった――」
アーレックの言葉に、フレッド様は身構える。どのような話をされても、驚くことのないように。
裏の商業組合と言うか、犯罪者達の協定や、
今では、すっかりと犯罪者さんの仲間入りのつもりであったが、具体的な計画や実行は、忠実なる執事である、メジケルに任せていたのだ。
「商業組合………ただし、裏側か………」
フレッドは、知らなかった。
多少は働いたが、顔を見せる必要がある。そう言われたところへ足を運び、挨拶をしたくらいだ。
あとは、下水のせせらぎで小船に乗り、指輪を奪われて、ねずみと追いかけっこをしたくらいだ。
フレッド様は、自分を笑った。
「俺も、世間の裏側に足を突っ込んだつもりだったが、踊らされていただけだからな、知らなくて当然か………」
世間知らずの若者が、操られただけで終わった。
それは、新参者の犯罪者としては当然で、善良な名家の
笑うことなく、アーレックは続けた。
「あくまで、犯罪者同士のつながり………というか、互いの縄張りを守るための協定、にらみ合いとか、とにかく、盗品の売買も含めた、社会の裏側だ。あんたらは、ガーネックが裏でのし上がろうとして、利用されんだ………きっと」
ガーネックだけが犯罪の中心ではなく、裏賭博も、盗品の売買も、どこかで行われてきたはずだ。それを仕切る元締めと言う存在も、消えては現れる。
ガーネックも、そうした元締めとなることを、企んでいたようだ。
もっとも、カーネナイ事件の発覚、キートン商会の事件の発覚と、企みは次々と失敗している。
しかも、そのきっかけが、小さなねずみなのだ。
偶然かもしれないが、アーレックはねずみに感謝と敬意を込めて、名探偵と呼んでいる理由だ。
その正体は、魔法使い。
そんなバカなと思いつつも、偶然が、本当は偶然ではないとしたら。アーレックが考えすぎではなく、ねずみが全てを見通し、アーレックを導いていたのだとしたら………
この疑問を、アーレックは強引に封じた。
友と呼んだのだ。敬意を表し、名探偵と呼んだねずみなのだ。今更、その正体を暴こうと考えてどうするというのか。
「あんたの執事さんが現れたら、伝えてくれ。手がかりは、ニセガネ作りの親方さんだと、何か知っていたら――」
カーネナイ事件の実行役として、裏で働いていた執事さんである。もしかして、アジトを知らないか。
そこへ、ノックがした。
「おや、カギが開いてますね………あぁ、あなたでしたか」
執事さんが、現れた。
なんともタイミングのいいことだろう、昼間の怪しい四人組みの足取りも気になったが、アーレックはまずは、
「ニセガネが、手がかりだ。ニセガネを作った親方だ。あんたらの事件とガーネックの接点だ、何か、知らないか?」
いきなりの言葉に、やや驚く執事さん。それも一瞬のことで、心当たりを話はじめた。
一方、ガーネックに操られた、キートン商会の主様は――
「あの親方が、カギだとは……さて、お役に立てなかった私ですが、楽しませてもらいましょうか、このサイコロが、どのように転がるか……」
サイコロがコロコロと、転がっていた。
コロコロと、コロコロコロ――と、数字と色とで、いくらでも組み合わせがあり、色や数字とを言い当てることで、運命を占うこともある。
「そう、人生は、サイコロですな………どう転がるか分からない」
キートン商会の主だった男は、中年と言うには年老いて見えた。
背負ったものがあり、守ろうとして、あがいて、あがいて、底なし沼であがいた結果が、今の姿であった。
疲れた老人のような主は、しかし、穏やかに笑っていた。
「勝者も、次には敗者となる………仕掛けをして、勝者となり続けるはずだ。そう信じていても………さぁ、ガーネック、次はあなたが負ける番ですよ?」
夕日にサイコロをかざすと、また、転がした。
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