第67話 お怒りの、ガーネックさん


 善良なる金融屋さんの、ガーネックさんは、怒鳴った。


「どういうことだ、レーバスが、出ていっただとっ?」


 お屋敷に戻れば、置き手紙がおいてあった。そして、おろおろと、目が死んだ二人組みが、事情を説明したのだ。


 契約だとかで、出て行く――と


 よく分かっていない様子であったが、契約を結んだご本人、ガーネックさんには、理解できるはずの言葉だ。

 忘れているようだ、大変、お怒りだった。


「おのれ………こんなことなら、ヤバイ橋の一本でも渡らせておくべきだったか」


 違うだろうと、目が死んだ二人組みは、顔を見合わせる。


 ヤバイから、出て行ったのだと。


 二人は、全てをあきらめたような、死んだような目をしているが、恐怖はしっかりと感じていた。

 早く出て行きたいと、そわそわとしている。

 二人が恐れるほどの暗殺者………執事のレーバスさんが、ヤバイと、逃げたのだから。


 直接的な出来事としては――


「あのぅ、ねずみが、どうとか言ってましたが………」

「へぇ、天井とか、天井裏とか………ねずみが光ったとか」


 レーバスが出て行く前の、盗賊さんたちとの会話である。


 ヤバイから、出て行く。


 その理由が、昨晩の出来事である。

 なぜか、ねずみが光ったという解釈になっているが、もちろん、そんな妖怪じみたお話で、レーバスさんが逃げ出したわけではない。

 魔法の輝きだ。


 それは予兆だと、レーバスさんは出て行ったのだ。


 先日、このお部屋から漏れ出ていた魔法の輝きが、予兆である。魔法を使う人物中にいますと、輝きが教えてくれたのだ。

 侵入を教える、間抜けな輝きであった。


 裏を返せば、警告である。


 魔法使いが、動いていると教えている。そのように受け取ることも出来る。わざと痕跡こんせきを見せつけ、徐々に追い詰めてくるのだ。


 いや、一人や二人であれば、あるいはレーバスと言う執事さんでも、対処できるかもしれない。人の道からそれているというか、人と言う存在からも、外れている印象のある執事さんだ。

 そのレーバスさんが、恐れたのだ。


 ――二度と、ゴメンだ。


 かつて、何かあったのだとわかる。

 危険に敏感びんかんになるのは、経験がものをいう。そのために、レーバスさんは立ち去った。


 そう、ねずみは予兆に過ぎない。ヤバイ本番が訪れる前に、ヤバイ場所から、最初に立ち去る。

 お前達も、逃げろと。

 逃げるなら、今しかないと。


 ガーネックさんは、違う受け取り方をした。


「ねずみ………なるほど、あのこそ泥どもが、欲でもかいたか………確かに、ドラゴンの神殿から財宝を盗む腕前だ、レーバス一人では、荷が重かったか………」


 ガーネックさんは苛立ちのままに、置き手紙を握りつぶす。

 ねずみと言う言葉が、何を意味するのか。ガーネックさんが思いついたのは、こそ泥さんだった。


 目が死んだ二人組に、命じた。


「おい、盗まれたものがないか、あとで確認しておけよ」


 乱暴に言いながら、くしゃくしゃに丸めた置手紙を、ゴミ箱へと放り投げた。


 見事に、ゴミ箱から外れた。


 そして、あさっての方向と言う、宝石箱にゴールインだ。窓からそよいだ風に、そよそよと流されたのだろう。

 笑いたくなる気分が、怒りを呼ぶ。


「思えば、口うるさいやつだった。分をわきまえろだの、ドラゴンの財宝に手を出すと危険だの………まったく、商売に安全な道などあるものか、素人が………」


 裏社会では、素人ではないはずである。


 むしろ、裏社会のつながりで、レーバスと言う執事さんは、善良な金融業者のガーネックさんと出会ったのではないのだろうか。

そんな世界でのし上がったことが、ガーネックさんの自信過剰の元凶である。


 そして、今の苛立いらだちの理由である


「商業組合でも、損失は大丈夫かと、笑いものにされる有様だ………カーネナイの屋敷で盗品を売りさばき、着々と俺の手が裏社会に伸びるはずが………」


 いずれは王都にまで手を伸ばし、憎まれる存在になるはずなのだ。

 いいや、国を超えた、巨大犯罪組織の元締もとじめとなる予定である。それなのに、つまづいているのだ。


 なんとも大それた夢である。表でのし上がる方法が無ければ、裏があるという、発想の転換だ。

 分をわきまえない、大変危険な歩みであった。


 レーバスの警告とは、常識的なものであったのだ。

 耳を貸さなかったため、ガーネックさんの力は、そがれている真っ最中である。


「残っているのは、商業組合が許可している金貸しと、あとは、寂れたおもちゃ屋での裏賭博か………」


 まだ、力がある、まだ、大丈夫だと、つぶやいた。。

 その賭博場であるキートン商会が失われたとは、この時点では知らなかったのだ。


 お知らせが、やってきた。


「だ………旦那様、先ほど――」


 裏賭博でサイコロをふるい、客の人生を操るゲームマスターの一人が、飛び込んできた。

 ガーネックさんは、大声を張り上げそうになって、おさえる。


 こっちには、来るなといっただろう――


 そのように、怒鳴りつけたい気持ちだった。裏で雇っている彼が来れば、関わりがあると教えるようなものだからだ。


 しかし、抑えた。


 下っ端とはいえ、このゲームマスターの腕は、惜しいわけだ。大きな金にならないが、こつこつと、客の懐からお金を巻き上げてくれる、いい腕なのだ。

 支配下に置いていた執事さんが消えた今、手ゴマは大切にしたいのが、人情。


 何とか抑えた怒鳴り声だったが、すぐに喉下から、あふれ出た。


「なんだと、キートン商会がっ?」


 主が捕縛され、今頃は倉庫にも、手が回っていると言う報告だった。

 キートン商会の主の姿を、思い出す。老人のような疲れた姿の、無能で無害な操り人形のはずだった。

 まぬけにも、何か、つかまるようなことをしでかしたようだ。そう思い込んだガーネックさんは、お怒りだ。


 わざと、つかまるようにパーティーを開いたとは、思わない。ガーネックさんは、頭の中で、大急ぎで計算を始める。

 なぜ、失敗が続くようになったのか、原因を探り始める。


 椅子の背もたれに沈み込みながら、思いついた。

 

「ねずみを、殺せ」


 無意味に豪華な部屋の主、ガーネックさんは命じた。

 元凶を、消すべきなのだ。財宝を独り占めにして、ついでに、ガーネックの持つ財宝も狙っているに、違いないと。

 こういうときのための執事さんは、逃げたのだ。


 なら、手段など、選べない。


 この様子を、天井から見つめている瞳があった。


「ちゅぅ~………」


 ――あぁ、びっくりした


 天井裏のねずみは、ドキッとなった。

 隣の宝石も、ぴかっと、光った。


 自分のことでは、ないはずだ。きっと違うと、ねずみは額をぬぐう。宝石も、ぴか、ぴかっと、焦りを輝きに表していた。


 メジケルさんと言う執事さんとは、再会することは無かった。まったく、どういうことかと、改めて様子を見に来たのだが………


 ドキドキとしながら、ねずみと宝石は、周囲を見渡す。

 ガーネックさんの語るねずみとは、何者だろうかと、ドキドキだ。このお屋敷には、ねずみが、いっぱいのようだ。


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