第66話 ドラゴンの時間と、人の時間

 今日も、太陽は暖かく草原を照らしている。


 銀色のつんつんヘアーのレーゲルお姉さんは、お昼寝の気分だった。 

 川でお洗濯を終えたばかりなのだ。すっかりと凍えた足元は温められて、ちょっとお昼寝をしたい陽気である。

 今は、恐怖におびえていた。

 

 ミイラ様の、登場だ。


「フレーデル、フレーデル………お師匠様が来たんだってば」


 ご機嫌を損ねては大変だと、隣で寝こけている妹分の肩をゆすった。

 自分たち丸太小屋メンバーの命運を握っているミイラ様が、空から現れたのだ。早くご挨拶をさせなければと、必死だった。


 予想外のやさしさが、かけられた。


「あぁ、ええよ、ええよ、寝た子は、寝たままでええ………」


 ミイラ様は空中でしゃがみこむと、じっとフレーデルを見つめていた。

 シワシワすぎて、目を細めているのか、どこに目があるのかすらわからないが………

 長いローブに、ミイラの顔が生えているように見えて、ますます不気味だ。大魔法使いと言うより、大妖怪といったほうが、この老婆には似合っている。

 そんな感想は、間違えても、口にしては大変だ。


 心の中を悟られないように、レーゲルお姉さんは、話題をふった。


「ドラゴンのよだれ………見つかったんですか?」


 盗まれた、財宝の名前である。


 ドラゴンの神殿へ向かうため、しばらく帰ってこないはずが、予定よりもずっと早く、お戻りだったのだ。


 答えは、噂が教えてくれた。


 ドラゴンの神殿から、財宝が盗まれた。

 魔術師組合に顔を出し、噂を聞いたレーゲルお姉さんは、ようやく納得がいったわけだ。

 事件解決のために、ミイラ様はお戻りになったのだと。


「まぁ、ドラゴンはのんびりだ。焦らんでええ」


 焦る事態は、ドラゴンの卵の窃盗であろうか。

 人間で例えれば、赤ん坊の誘拐事件に等しい。さらに言えば、王族の赤ん坊の誘拐である。これはもう、大騒動だ。

 そして、本気でドラゴンも動く事態は、それくらいだ。


 そのほかは、目の前でよだれをたらす乙女のように、のんきなものだ。ドラゴンのよだれと言う名前が付けられる宝石は、ドラゴンにとっては、価値を見出すほどではないという意味もある。

 魔法使いにとっては、ドラゴンのうろこや牙、ツメで作られた武装と同じく、財宝には違いないが………


「ところで、フレーデルのよだれって………まさか、宝石に変わったり、します?」


 レーゲルお姉さんは、少しワクワクしていた。


 財宝を手に出来る。

 そのような下心は、まったくないとは、言い切れない。

 節約に神経をすり減らす暮らしから、おさらばなのか。そうなれば、ありがたいと思う感情は、あるのだ。


 そこに、クマさんが現れた。


「く、くまぁああ?」

「そ、そうなんですか――ワン」


 駄犬も、ご一緒だ。 

 これで、丸太小屋メンバーが、勢ぞろいだ。ちょうど、お師匠様に挨拶をしようと、クマさんのオットルお兄さんと、駄犬ホーネックが訪れたところであった。

 2匹とも、期待に瞳が輝いていた。


 ミイラ様は、シワシワな笑みを、シワシワさせた


「あぁ、よだれ――って言うのはなぁ、例えだ。ドラゴンの力が長い時間かけて零れてな、ただの石ころが、宝石になるって話だ」


 希望の、お言葉であった。

 クマさんは大口を開けて、両手で頬を挟んだ。 フレーデルちゃんのお昼寝に、そんな価値があるのかと、驚いていた。


 なんて、こった――と


 どうしよう、眠りをさまたげてはならぬと、そろり、そろりと、円を描いて歩き始める。

 フレーデルちゃんが寝こけている草原は、将来、財宝の転がる草原へと変わるということなのだから。


 駄犬ホーネックも、周囲を駆け回って、興奮を表していた。

 ドラゴンちゃんのお眠りを妨げてはならないと、わんわん吠えることは、我慢していた。


 そんなおいしい話など、あるわけがない。


 そもそも、そんなに大量に手に出来るのならば、魔法使いの全員が、ねずみ銅貨並みに、たくさん手にしているはずではないか。


 興奮して、目の前が見えないアニマル軍団のパニックに、ミイラ様は満足をされたようだ。

 シワシワな笑みで、優しく微笑んだ。


「そうだなぁ、このまま、フレーデルの眠る様子を守るのもええわなぁ………千年ほどか?」


 人生、甘くはないようだ。


 オットルお兄さんのクマさんは、がっくりとひざを折り、駆け回っていた駄犬ホーネックは、力尽きて、そのまま倒れ落ちる。


 よだれのついたハンカチを、宝物のように太陽にかざしていたお姉さんは、即座に、草原にたたきつけた。


 なんだ、ただのよだれかよ――と


 それでも、腹立ち紛れにフレーデルを起こそうとしないあたりは、やさしい仲間たちである。

 眠っているフレーデルちゃんを放置して、解散だ。


 クマさんのオットルさんは、お昼ごはんのために、森へキノコを採りに向かった。駄犬ホーネックは、羽ペンを動かして、ちょっとした書類仕事である。


 そして、レーゲルお姉さんは、フレーデルちゃんのお尻尾を洗ったタワシを水でゆすいでから、お洗濯セットと共に、片付け始めた。


 その後姿を見ながら、ミイラ様は、小さくつぶやいた。


「まぁ、ドラゴンの産毛は、長寿の秘薬の材料になるとか、土地を豊かにするとかで、高値で取引されるもんだが………森の世話になっとるしなぁ~………」


 ミイラ様はのんびりと、川の流れを見つめていた。


 太陽の光を反射して、川に流されるフレーデルちゃんの柔らかそうな産毛は、鮮やかな針金というか、紅玉の輝きを誇っていた。


 さらさらと流れて、もはや行方は分からない。


 ミイラ様は、見つめているだけだった。

 どこかの岩場に挟まり、周囲の自然に活力を与えるのだろう。その効果もさることながら、貴重さも手伝って、産毛の重さの数十倍、あるいは数百倍の重さの金と取引されることもある。


 先ほどのレーゲルたちが聞けば、川をせき止めてでも、産毛を捜そうとするに違いないと、ミイラ様はいい笑顔だ。

 それは冗談であっても、フレーデルへの接し方は、できれば変わって欲しくはないものだと、微笑んでいた。

 正体がドラゴンであると知っても、仲間として、そばにいるのだから。


 ミイラ様は丸太小屋メンバーを遠くに見つめて、目を細めた。


「まぁ、何が宝物か………そら、あとから、気付くもんだからなぁ~」

 

 輝く一瞬をいつくしむように、目を細めていた。

 老人が、若者たちの姿をまぶしそうに見つめるには、理由があったようだ。


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