第68話 公僕アーレックと、キートン商会の主



 身のたけが、見上げるほどの大男。

 190センチに届こうというごっつい青年は、その表現にふさわしい。もちろん、彼よりも大柄な人物は、ちらほらと存在する。目立つ程度に、少ないだけだ。


 青年アーレックは、身をかがめた。


「では………地下賭博の帳簿も、意味がないっていうのか」


 脅している。

 そのように感じられても、問題はない。ここは警備本部の、取調室である。脅し、脅迫し、追い詰めることで、犯罪者に真実を語らせるお部屋なのだ。


 だれにでも暴力に訴えるつもりはないが、それは、相手次第だ。

 アーレックは、目の前の相手を脅しているつもりは、これっぽっちもなかった。ただ、ごっついために、そう見えてしまうだけだ。


「金の借り入れを、金貸しのガーネックに申し込む。それの、どこがおかしいのでしょうな………帳簿が見つかっても、商業組合からの許可の通りだとね」


 アーレックの目の前には、疲れた中年が座っていた。中年と言うには、年老いて見える、キートン商会の主であった。


 先日の、パーティーの騒ぎの件で、おいで願ったわけだ。


 アーレックの恋人であるベーゼルお嬢様も、パーティーの騒ぎの当事者だった。

 パーティー開催の目的は、わざとつかまるための、猿芝居だったのだ。 証拠を山のように見せ付け、さぁ、捕まえろと。

 そして、ガーネックと言う悪魔を、捕まえてくれと。


 しかし、話している主は、気付いている。ガーネックが関わった証拠は、どこにもないと。

 金貸しが金を貸して、どこが悪いと。


「自分で語り始めて、分かった。名も知らぬ執事が言ったとおりだ。私の考えるような浅はかな計画では、つぶせないと………彼は、うまくやっているだろうか………」


 キートン商会の主は、名も知らぬ執事こと、メジケルとの接触のシーンを思い描く。

 浅はかだと。

 関係者が捕縛され、犯罪をそそのかしたガーネックが捕まり、全てが終わる。そうであれば、カーネナイ事件で、全ては終わったはずである。


 そうでは、ないのだ。

 書類に、犯罪者仲介業者ガーネックと書かれていない限り、無理だ。

 証拠になると思っていたニセガネや、裏賭博の会場の書類の全ても、証拠には不十分なのだ。


「本当に、浅はかでしたな………」


 キートン商会の主は、机の上に置かれた証拠品のサイコロを手にとって、コロコロと転がした。


 キートン商会の未来を賭けたバクチは、敗北した。


 負け続ける未来に、ケリをつける。

 ガーネックという、人生を狂わせた、善良なる金融屋さんさえ、道ずれに出来ればと。

 そのバクチには、一人で負けて、終わった。


「自首してくれた………ってことに、しておくさ。証言もしてくれたし」


 脅している。

 そのような態度を取るつもりは、最初からないアーレックである。体がでっかいために、イスに座って、相手と目線を会わせようとすれば、前かがみになるだけである。


「あとは、倉庫の件だが………証言にあった盗品がなぁ………見つからないんだ」


 お役所仕事が、原因かもしれない。

 そして、公僕ゆえに、お役所仕事となる。熱血漢が突撃するなど、本来は許されない。現行犯で追跡という事実がない限り、正式な許可がない限りは、暴走だ。

 公僕として、それは許されないのだ。


「ガーネックが手を打っていたのか、盗賊か………出くわすことが出来れば、一網打尽だったのに、惜しいことだ」


 アーレックは、強引に倉庫をぶち破り、悪党を一網打尽したかった。そんな正義の公僕の瞬間が、物語限定であると、思い知った。


 いや、一度だけ、悪党の前に姿を現した事件がある。


 カーネナイ事件だ。

 ねずみの導きによって、タルに隠れていたおかげである。公には出来ないが、事件前の、不法侵入の果ての出来事である。


 結果が大きいために不問に付されているが、あまり若気の至りを暴走させるなと、さりげなく忠告も受けた。

 今回は、代わって不法行為を行ってくれる人物がいたのだが………


「ところで、あんたが言う執事さん………なにか、言っていたか?」


 自分のことが出ていれば、少しまずいと思いつつ、アーレックは、新たな情報を望んだ。

 声も小声になったために、不思議に思ったようだ。あきらめ、うつむいていたキートン商会の主さんは、顔を上げた。


「お見通しでした『わざと捕まる………それが狙いか?』――と………最初は、暗殺者だと思いましたな。ガーネックが送り込んだものと――」


 それには、アーレックも同感である。

 カーネナイの執事さんとは、手合わせをした事があるのだ。格闘センスもさることながら、場数を踏んでいると分かる。

 あの執事さんとの戦いは、別世界の出来事に感じた。


 互いに殺すことが目的ではなかった。しかし、本当の殺し合いであれば、どうなっていたのか。

 本当に、謎の執事さんだ。


「摘発されても、ガーネックは逃げ延びるだろう――とも、言われました。全てを捨てて、道ずれを覚悟したのに………どうしていいか、分からなくなりました」


 サイコロが、コロコロと、机の上を転がる。

 色に数字と、いくつも組み合わせがある。ゲームマスターが偶然を装い、客を楽しませ、逃がさない。


 スリルを楽しむ。

 それだけが目的の遊びなら、駄菓子の値段でも楽しめる。それが、合法の賭博であるが………


「下手に組むより、思うままに動いこうと………バクチに出たわけです。私の、最初で最後のバクチは………ご覧のとおりです」


 改めて、サイコロが振られた。


 アーレックは、この運命の行く先を、まだ、捉えることが出来ずにいた。

 それが出来るのは、おそらく自分ではない。お昼過ぎの太陽が、鉄格子の影を、強く机の上に映していた。

 そこに、さっと、小さな影が横切った。


 小鳥かもしれないし、あるいは………


「アイツ………どこをほっつき歩いてるんだか」


 ねずみがいないことに、寂しさを覚えていた。

 最近、アーレックの左肩に乗っていることの多い友人であり、相棒である。今日、ここにいないことが、不思議だ。

 あるいは、今頃どこかで、メジケルの背中にでも乗っているのだろうか。


 ねずみに思いをはせて、窓を眺めていた。



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