第63話 ガーネックさんと、商業組合のみなさま


 善良なる、金融屋さん。


 その言葉が似合う人物なのだろうか。ガーネックと言う、腰の低い金貸し屋さんは、ニコニコと笑顔を振りまいて、商業組合に参上した。

 汚い手段をいとわないと思っている悪党で、どれほどが、今のガーネックの力を手に出来るだろうか。


 才能は、あるのだ。

 尊敬そんけいを集める人物では、ないだけだ。


「やぁ、これは支店長殿………この前は、銀行強盗に入られたとか、遅ればせながら――」


 ガーネックの挨拶の言葉は、パタンと、銀行の支店長さんが本を閉じたことで、止まる。

 黙れ――と言う、やや乱暴な、言葉を用いない言葉であった。

 ガーネックさんの笑顔は一瞬崩れるも、すぐに取りつくろう。話かけたのはこちらである上、嫌われていることも承知している。むやみに、敵対心を煽るときでもないと、わきまえているのだ。


 商業組合に入って、すぐに自分と同じ、小太りの男を発見しただけだ。

 待合の時間には、安っぽいサスペンス小説を読んでいる。そんな小太りの男といえば、彼しかいない。

 同業者は多いが、覚えられない数でもないのだから。


 銀行強盗にったばかりにもかかわらず、安っぽい犯罪小説を好む物好きなのだ。空想の出来事だと笑っていた事件に巻き込まれれば、耳にするのも恐ろしい。

 トラウマという感情が芽生えても、不思議なはいと言うのに………


 小説の表紙をなでながら、銀行支店長さんは、笑みを浮かべた。


「見舞いの言葉、痛み入ります。善良なる金融業のガーネックさん。そういえば、あなたにも災難だったとか………抵当に入れていたお屋敷は、手に入りませんな」


 ざまぁ、みろ――


 この本音は、銀行支店長さんは口に出すことはなかった。笑みもまた、本音をしっかりと隠している。


 ガーネックさんの耳には、しっかりと届いていた。口にしなくとも、そのあたりを聞き逃すほど、頭の回転は鈍くない。

 笑顔が引きつっていないか、少し気にしつつ、ガーネックさんは感謝の言葉を口にする。


「これはこれは………こちらこそ、お気遣きづかいをいただきまして、恐縮きょうしゅくですなぁ」


 お前など、いつでも破滅させることが出来る。

 頭の中で悪態をつくことで、ガーネックさんは爆発を抑えていた。ご自分の頭の中では、自己評価はうなぎ上りだ。少し計画が遅れていても、すぐに挽回ばんかいできると、のんきに構えていた。


 犯罪組織は、消えてはなくなる、はかない存在だ。

 だが、例え一時期であっても、大きな力を振るうものだ。その一時期と言う時期が、百年単位であることも、珍しくない。

 なら、自分がそれをして、なにがおかしいのだろうか。王都の貴族連中すら、擦り寄ってくる存在になるのだ。


 自己評価が天井知らずの間に、銀行支店長殿との会話は続く。


「まぁ、損失は大きくなかったですな………帳簿の上では、一切損失もありませんでしたよ。ちょうどつぶす予定の、古い銅貨の袋でしたから」


「あぁ、なるほど。それは、不幸中の幸いでしたな」


 ガーネックさんの笑みが、固まった。

 ガーネックさんのお屋敷で大量に死蔵されている、重いだけの犬銅貨と、ねずみ銅貨の出所が判明した。

 万が一、強盗が入った場合の保健としていたのなら、一杯いっぱい食わされたと、ハラを立てる場面である。


 しかしながら、金を運んだのは、下っ端の下っ端だ。

 カーネナイの若様を下っ端と考えているガーネックには、その、カーネナイに使われた若者達など、顔も覚える価値のない連中だ。


「田舎から出てきた、ゴロツキどもでしょうな………いや、安全な都といっても、油断できぬものです」

「おっしゃるとおりですな。ねずみ一匹の隙間すきまのなくとは、不可能と言うもの。お互いに、気をつけるべきでしょうな」


 勘ぐっているのだろうか。ガーネックさんは少し焦りながら、いつもの、油断ならない笑みを崩さない。


 危険な状況は、すでに脱している。

 銀行支店を襲った仮面の強盗団とは、ガーネックが送ったも同然だ。金を返せと迫り、返せないなら、仕事を与えてくれる家を紹介してやると、カーネナイの屋敷を教えたのだ。


 銀行強盗をしろと、圧力をかけたようなものだ。警備兵本部での問答は、ガーネックさんの勝利に終わった。

 証拠はなく、丁寧な対応ではあったが、明らかに、黒間はお前だろうという態度だったが、証拠はないのだ。


 金を貸したという一点のみだ。

 ウラ家業であれば、仕事の契約書類など、あるわけがない。 犯罪者の戯言ざれごとと、善良なる金融業の言葉は、どちらが信用されるだろうか。


 疑われても、証拠にならないのだ。

 いつまで、この綱渡りが通用するのだろうか、そのような考えを抱いていれば、そもそも、危ない綱渡りなど、しないのだ。


「迷惑な話ですなぁ、お客様を信じすぎたといいますか、人がよかったといいますか、善良なる私まで、警備兵本部に呼ばれたのですからなぁ」


 ガーネックは、無実と言う気分で、にこやかな会話を続けた。この会話を聞いていて、お前が黒幕だろうと、いったいどれほどの組合の方が、心の中で叫んだだろうか。

 見た目には、商業組合らしい喧騒けんそうは、いつもの風景である。

 にこやかに商談をしつつ、ふと、目線が軽蔑けいべつを帯びて、ガーネックに向かう。

 書類を持って、足早に待合室を行く若い職員が、おぞましそうに、ガーネックのそばを通らないようにする。


 態度に、しっかりと表れている。


 ガーネックさんは気付かない振りをしているのか、すでに自分の力におびえていると、満足しているのか、分からない。


 ガーネックさんは図太く、のんきな笑みを浮かべていた。


 さて、次はだれが、相手だと。

 そんな、獲物を探す瞳で、商業組合を見つめていた。

 

 キートン商会の主が捕縛された。連鎖して、裏の賭博とばく場が閉鎖決定だとは、まだ知らないガーネックさんあった。

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