第62話 追い詰められる、アーレック


 ティーカップより重たいものは、もてないわ。


 そんな手で、サーベルを振り回すお嬢様が、ティーカップを置いた。

 明るいブラウンのロングヘアーに、青の瞳の十八歳の、騎士ボーゼル家のお嬢様であらせられる。


 名前をベーゼルというお嬢様は、にっこりと、笑顔であった。


 その仕草に、なぜかおびえる、巨漢が一人。癖のある金髪に、茶色の瞳が恐ろしさを与えるのはまだ先の、190センチほどの大柄な青年だ。


 公僕アーレックは、恐る恐ると、口を開いた。


「それで………その………パーティーは、どうなったんだ?」


 二人は、恋人の、はずである。

 巨漢のアーレックが、身を縮ませていた。


 ここはベーゼルお嬢様のご実家のテラスではない、街の喫茶店の一つだ。初夏のこのごろ、涼しさを求めてお客様が集まる、木陰のテラスだった。


 ご実家でお会いするよりも、恋人が言葉を交わすのに、ふさわしい場所である。


 まぁ、すぐ近くに、警備兵本部があるあたり、微妙である。アーレックが、すでに公僕であることが理由だ。


 今はお昼の時間帯、昼食の時間を合わせた、短いデートである。


 恋人であるベーゼルお嬢様の笑顔に、ドキドキのアーレック青年でった。

 それはもう、愛しい恋人様が、たいへん、たいへん――お怒りであろうと、ビクビクしているのだ。


 先日のパーティーでは、仕事を理由に、本来エスコートすべき恋人様を置いてけぼりにした。

 その事実に、大変、おびえているのだ。


 お嬢様は、笑顔を崩された。


「ニセガネの詰まった宝石箱事件が、一番の見せ場だったわね………本物の財宝なんか、おもちゃ屋にありませんって………あれ、絶対ニセガネってレベルだったのに………」


 ため息をつくと、ポテトに手を伸ばす。


 ポテトを口に入れながら、たわいない話をする。

 会話の内容は、緊迫の思い出だ。パーティーの出席者の皆様は、おい、通報したほうがいいのではないか――と言う、犯罪現場の雰囲気だったのだ。


 だが、パーティーの主催者のおもちゃ屋さんは、一切動じることがない。むしろ、どうぞと言う態度であったのだ。


 犯罪をしている自覚がないのか、または、この事実を、世間に明らかにしてくれと言う意味なのか、無言の時間は、緊張の時間であった。


 そのために、誰もパーティーを抜け出そうとしなかった。この結末を見届けずに、パーティーが終わるものかと。


 余興の前の噂話が、緊迫感と好奇心を、高めていた。


「カーネナイ事件は、それなりに知られていてね?な~んにも知らなくても、感づくわけよ。二の舞を演じてるんじゃないかって」


 そして、見事に二の舞を演じたのだ。


 主は、道化師と言う演技で、その後はニセガネの金銀財宝を使って、賭博ゲームをしましょうと、参加者に声をかけたのだ。


 緊張の時間は、すぐに終わる。


「早々に、パーティーがお開きになった理由か………」


「えぇ、この遊びを、親御さんにも教えてあげてくださいって………ご丁寧にお別れの言葉を追加してね。今頃は牢獄の中で、スゴロクでもふってるんでしょうね………」


 あぁ、確かにと、アーレックはうなずく。


 キートン商会の主は、今朝方、捕縛された。


 裏賭博の会場を提供した。

 盗品の保管場所に、おもちゃが山積みの倉庫を提供した。将来は、違法オークションの開催を目指した。

 先日のパーティーをきっかけに、それらの悪事まで、ずるずると白日の下に照らされたのだ。


 なぜ、もっと早く自首しなかったのか

 なぜ、回りくどくパーティーの出席者に通報させるよう、仕向けたのか。

 

 警備兵の多くは、そんな疑問を抱いた。


「覚悟――か」


 アーレックのつぶやきは小さく、目の前のお嬢様には届かなかった。

 

 供述を、思い出していた。

 証拠の品を持ち込めば、どうなるか。キートン商会にその動きがある時点で、ナイフが飛んでくる。

 おそらくは、遠くにいるはずの子供の元にも。


 ――逃げられると、思うな。


 パーティーを開催かいさいするしかない。キートン商会の主は、そう思ったのだそうだ。


 アーレックは、恋人様に教えようかと、少し迷っている。

 しかしながら、不安にさせるだけである上、まだ事件は解決していない。家族であっても、秘密を持たねばならないつらさは、本当に――


「何か、知ってるのね?」


 巨漢のアーレックは、ぶるぶると震えた。


 首を横に元気よくふって、い~え、何にもございません――と。

 それがすでに、答えであると知ることは、この野郎にはないだろう。アーレックと言う下僕の扱い方に長けたお嬢様である。

 ここまで素直に油断をしているのは、自分の前だけだと信じたいベーゼルお嬢様だった。


 この人、大丈夫かしら――と


「あぁ、そろそろ休憩時間が終わりだ。それじゃぁ、ベーゼル。また、夕方に――」


 必死のごまかしを口にしたアーレックであったが、最後まで言い切ることができなかった。


 にっこりと、恋人様が微笑んでおいでなのだ。


 周囲の目には、恋人を見送る笑顔に見えたかもしれない。ベーゼルお嬢様は、にこやかに見送りの言葉まで、かけられたのだから。


「えぇ、アーレックは公僕なんですもの。言えないことの一つや二つ、三つや四つはあるって、分かってるわ。私のお父様も、秘密だといって、困っていらしたもの」


 奥方に言い寄られる、お義父上ちちうえ殿の姿が眼に浮かぶアーレック。

 しかしながら、公僕としての義務は、ないがしろにすることは出来ない。まさか、浮気を疑っておられるわけではないだろう。


 仕事だ、仕事――と


「あっ………あぁ、すまない。そういうことで」


 秘密にしなければならない。

 それは理解していても、お怒りである。この理不尽を、時々、かなり見かけるのが女性と言うもの。


 分かってくれ――


 それで分かってくれる女性は、絶対に、何か恐ろしいことを考えているのだ。この言葉は、のちに、お義父上ちちうえ様に教わった言葉である。


 若者よ、文句を言うほうが、まだ可愛いのだぞ――と。


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