第61話 執事さんVS執事さん
ちょろちょろと、ねずみは暗い室内を歩いた。
暗いと言っても、人の目線であればの話だ。
夜は、闇の時間と呼ばれている。それでも、小さなねずみには十分だ。月明かりに星明りが窓から差し込んでいる。
ねずみが歩く姿が、見えないだけだ。
………普通なら
「………ちゅぅ~………ちゅう」
ねずみは、見上げた。
あの~………すみません――と
ドキ、ドキ、ドキ………
ゆっくりとした、それでも緊張を持った
これでは、怪しいやつが室内を物色していますと、教えるようなものだ。無駄に装飾されたイスや机の金属の部位が、反射してまぶしい。
ねずみは、叫んだ
「ちゅちゅぅ、ちゅぅ~っ!」
さっきは、おとなしかったのに――
思い通りにならない宝石さんに向かって、感情的になってしまった。
カーネナイの若様との会合では、宝石さんはおとなしくしていたのだ。
それでも、自由だけは与えられない、外からの訪問者は、アーレックだ。
ねずみは、お願いしたのだ。
不思議な宝石は、ねずみの願いを聞き入れ、透明になってくれたのだ。今もおとなしくしてほしいのだが、おとなしくしていた時間を取り戻すように、ピカピカと、元気いっぱいに光っていた。
「ちゅぅ、ちゅぅ~………」
まぁ、仕方ないかぁ~――
ねずみは、ため息をついた。
少なくとも、絶対に見つかってはならない場面では、おとなしかったのだ。アーレックの野郎の目の前に限らず、お屋敷で、主様をはじめとする皆様の前では、宝石は見つかってはならないのだ。
魔法の、宝石なのだから。
ねずみが盗んだわけではないのだが、大騒ぎになってしまうのだ。ただのルビーでも、野生のねずみが手にしたのなら、それは大事件である。
ねずみさん、いい子だから、それを持ってこっちへおいで。一思いに殺してあげるから――
そんな光景が、目に浮かぶ。
さすがに、騎士様のお屋敷の皆様は、それはないだろう。見ず知らずの人物が、宝石を持つねずみを見つけた場合の反応だ。人の目は、どこにあるのか、分からない。
キートン商会の主を調べようとすると、見つけたのだ。ニセガネの金銀財宝が山積みだった宝石箱の中に、赤く輝く宝石が混じっていたのだ。
まさか、本物の宝石だとは、キートン商会の主には予想できなかっただろう。
いや、商会の主が間違えるのも、無理はない。他の赤い宝石、緑の宝石などは、全てガラスを加工した品物だ。町のお子様がおしゃれをする、お部屋で着飾るための品々だ。
本物の宝石が、混じっていたのだ。
しかも、魔法の宝石なのだ。
魔法の力に反応するとは、予想できなかった。
「――ねずみが、忍び込んでいたか………」
ねずみは、ぎょっとした。
扉の向こうから、声が聞こえた。
宝石も、ドキ――と、大きく光って、室内を明るく照らした。
一瞬ではあったが、無人の室内に、キャンドルでも灯したのかと言う明りが、灯った。
ばれた――
そんなはずはないと思いたいが、もう、ばれた事は決定である。ねずみの相棒である宝石さんが、とっても明るく、室内を照らしたのだ。
扉の隙間からも、中に誰かいますと、はっきりと見えたことだろう。いや、今の明るさで気付かないほうが、おかしい。
ねずみは、宝石に文句を言いたい気持ちを押さえつけ、宝石箱の陰に隠れた。
こちらは本物ばかりである、ガーネックさんの書斎であった。
キートン商会は、もはや主に任せるしかない。カーネナイの若き当主フレッドからも、新たな情報はなかった。
残るは、ねずみが魔法の力で牢獄のカギを開け、脱獄させた執事さんのみ。
その行き先は決まっている、ガーネックの名前と、ニセガネの金貨を差し入れたのだ。
本物の金銀財宝があふれている宝箱が、目印だ。
ガーネックさんの書斎には、おそらくは、表に出しては牢獄決定と言う証拠もあるに違いない。
先ほど、カーネナイの若き当主、フレッドの部屋で確認した。執事さんはまだ、主であるフレッドの前に現れていない。すでにつかまっていても、アーレックの野郎の耳に入らないわけがない。
ならば、ガーネックの屋敷に侵入する方法か、タイミングでもうかがっているのだろう。
そうであれば、ねずみも手伝えることが、あるのではないかと。
人が入り込む
そう思っていたのに、扉の向こうから声がした。
あぁ、ここでねずみ生活が終わってしまうのか、いいや、まだバレていない可能性がある。
そんな気持ちで、こっそりと宝箱から顔を出し、扉を見つめる。
「――こっそりと忍び込む技術は、相変わらず、さすがだな………メジケル」
確信したセリフであった。
そして、ねずみの予想しないセリフであった。
思わず、声に出てしまった。
「ちゅうう?」
なんだと?――
ねずみは思わず、宝箱から姿を現す。
宝石も、ビカっと、強く輝く。
驚きの感情を、素直に表したのだ。メジケルとは、カーネナイの若様に仕える執事さんの名前である。ねずみの読みどおりに、現れたのだ。キートン商会のパーティーが開催された当日を選んだのかもしれない。
ガーネックが、もしかしてそちらに気を取られる可能性もあるのだ。互いに意図をしないことで、誰かに動きが読まれることを、防ぐ。
経験から、カーネナイの執事をしていたメジケルさんは、考えたのだ。
しかし………
扉の入り口まで移動したねずみは、そっと外の様子を、伺った。
「レーバス………貴様と、ここで出会うとはな」
見慣れた執事さんの、メジケルさんが、目の前にいた。今にも、扉を開けようと、手を伸ばしているところであった。
しかし、顔は別の方角を向いている。通路の影からは、謎の執事さんがこちらを見ていた。
ガーネックは、キートン商会の目論見など、意に介していない。おかげで、防犯対策がしっかりした寝室で、今日もぐっすりとお休みだろう。
裏をかいた。そのつもりだったのに、待ち構えていた人物がいた。
「メジケル………ニセガネの銀貨を広げる
再会を懐かしむ言葉でありながら、瞳は一切の油断なく、相手の
何者なのか、この執事さんたちは。下手な盗賊さんよりも、凄腕の侵入技術と、戦闘技術を身につけておいでだ。
さらに、人の裏をかく知恵も持ち合わせていたようだが………互いに、同じ技量、知識を持つ者同志では、通用しないらしい。
まずいと、どちらが思っているだろう。
「中もいるのか………俺に気付かれずに侵入するとは………」
ねずみは、どきりとした。
宝石も、ぴかっと、光った。
それは、バレるだろう。ろうそくの明りが、扉の隙間から外に漏れるようなものだ。より強い宝石の赤い輝きなのだ。
「………いや、オレは一人だ………知ってるだろう、組むのは好かん」
「以前のお前なら………だろう。足を洗って、何年になる………いや、赤い宝石――」
終わった。
ねずみさんは、宝石と抱き合った。
赤い宝石のことまでバレているのだ。ねずみ生活を始めて、恐ろしい目にも
すでに懐かしい思い出だ。お屋敷で最初に口にした、クッキーのサクサクとした歯ごたえは、今も忘れられない。そのために女性たちの怒りを買って、弓矢にサーベルに斧の嵐を逃げ惑ったあの日、机まで飛んできたのだ。
そうして壁にあいた穴は、今やねずみがお屋敷の中で暮らしている一員と言う証に、少し加工されて、立派な出入り口となっている。
輝かしいねずみ生活の思い出を回想していると、執事さんたちの会話が続いていた。
「見逃してやる………その赤い宝石が証拠だ、オレはもう、ガーネックとは縁を切る」
「………どういうことだ」
緊張の、執事さん。
そして、緊張するねずみ。
「ちゅううぅ?」
どういうことだ――
ねずみもまた、思った。ピンチだと思ったが、見逃してくれるのか――と。
というか、ガーネックに仕える執事ではないのか、金で雇われている殺し屋にも見える執事さんは、それだけ言うと、去っていった。
「ちゅうぅ、ちゅうちゅうう」
本当に、どういうことだ――
ねずみは、抱き合ったままの赤い宝石を、不思議な顔で見つめる。
宝石に映るのは自分の顔だけだ。細長い、子供の手のひらにも納まるような、小さなねずみの顔だけなのだが………
宝石は、はて――といわんばかりに、淡く光っていた。
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