第56話 執事さんと、キートン商会の主様


 緊張の時間が、流れた。


 誰も訪れないはずの、古いおもちゃが山積みの倉庫にいるのは、見た目よりも年をとって見える、お疲れの中年が一人。

 この倉庫の借主の、キートン商会の主様だ。


「だ………誰だ………」


 心当たりが多すぎて、キートン商会の主さまは、続く言葉が出てこない。

 いや、答えを耳にしたくないのだ。こんなところで終わるのかと言う気持ちが、ガーネックを道ずれに出来ない無念だけが、心を占める。


 警備兵と言う、公の地位の方々ならば、あきらめもつく。だが、盗人さんのだれかが、横取りしようとする現場なら、口封じで命が終わる。


 最もありえる可能性は、ガーネック関係である。

 ナイフでおどされたほうが納得できる、不気味な気配を漂わせる執事さんが、手紙を渡したのだ。

 手紙に書かれていたのは、たった一文だった。


 ――逃げられると、思うな――


 おどしの文面より、手紙を手渡してきた執事さんのほうが、怖かった。もしも背中にいるのがガーネックの手による執事さんなら、どうすればいい。


 答えは、予想外だった。


「あなたは、ここの主か………」


 うなずくしかない。

 口を封じられたわけではなかった、誰だ――と、自分が先ほど口を開いていたというのに、すでに忘れている。

 緊張と、恐怖と、混乱が理由だ。

 何者だ、いったいどうなっている、なにが狙いだ、どうすればいいと、ぐるぐると、頭の中は空回りだ。


「パーティー客にニセガネを見せて、わざと捕まる………それが狙いか?」


 混乱は、加速する。


 なぜ、知っている。なぜ、知っていて………自分は、生きている。

 それ所ではない、動きを封じた人物は、気付けばつかんでいた腕を放し、自由にしてくれている。まるで、敵対者ではないと示すかのようだ。


 キートン商会の主は、自分を捕らえた人物の顔を、ようやく見る。


「………誰だ………いったい――」


 やはり、口に出来る言葉は、一つだけだった。

 ガーネックの手の者であり、とくに、あの執事さんが相手ならば、すでに命がない。

 それほどの賭けをしたのだ。


 ウラ賭博にオークションに、キートン商会の名前が必要なだけであれば、ガーネック配下を、新たなキートン商会の主にすえるだけで住む。

 主である自分の地位など、いつでも消えるのだ。


 この世からも、簡単に………


「見覚えは、あるな」


 執事さんは、金貨を差し出した。

 見覚えがある、ニセガネの金貨である。見てすぐに気付いたのは、一部が欠けて、中身が見えているおかげである。

 中身が見えなければ、気付けない出来である。


 しかし、口にしたい事は、一つだった。


「執事………?」


 執事さんだ。

 死に神といわれたほうが納得の執事さんが、ここにもいた。この世の執事さんは、誰もが暗殺者か、死に神か、そういった怖い存在に思えてきた。


 ぼんやりと思いながら、差し出されたニセガネの金貨を受け取る。

 ガーネックが自分を脅すために、新たな執事を送ったのか。そうであれば、もっと直接的に脅すだろうし、消すつもりなら、命はすでにない。


 頭が、動き始めた。


「………察していたか。パーティー客の誰かが、当局に知らせるだろう。私の店も、この倉庫にも手が入れば………」


 そうすれば、賭博をしていたと分かる。

 客の中には、ガーネックに連れられた者もいれば、賭ける金がなくなったと、借金を申し込む者もいる。ガーネックとのつながりは、小さくない。キートン商会は終わりだが、それは、ガーネックも同じだと………


 なぜ、手の内を明かしたのか、誰かに明かしたかったのか、知って欲しかったのか、分からない。


 明かして、正解だったようだ。


「浅はかな、アイツは、私が仕えた家を滅亡に追いやった挙句、今も自由なのだ。例え、賭博が摘発されても、逃げ延びるだろう」


 疲労から、中年と言う年齢よりも、老けて見えるキートン商会の主さまは、さらに数年、老け込んだ。


 執事の態度は、予想していた答えではなかった。

 何者か分からないものの、自分の賭けに賛同する人物だと、協力者なのだと思ったのだ。

 いや、その考えは間違っていないだろうが、執事さんは言ったのだ。


 浅はかな――と。


「し、しかし………では、私は………」


 策謀さくぼうなど、張り巡らせたことがない。

 商才も、あるとはいえない、傾く一方であるために、ガーネックに目を付けられたのだから。


 それでも、このまま終われないと、身を犠牲にした、大勝負に出たのだ。


 その勝負の方法が、どうやら間違えていたようだ。どうすればいい、どうすればよかったという、答えの出ない空回りが始まる。

 執事さんは、先回りをしたように、あるいは、経験があるかのように、答えを出す。


「アイツは、逃げ延びるぞ。あとは、家族に被害が及ばないことを、願うのだな。私が仕えた家のように、すでに、手が回されていないことを………」


 執事さんは、哀れんでいるようだった。

 ようやく、この執事さんが何者か、キートン商会の主は理解した。


――『仕えた家を滅亡に追いやった』

――『私が仕えた家』


 見た目どおり、どこかに仕えていた執事さんだったのだ。

 そして、その家はすでに滅亡したという。ガーネックに恨みを持ち、執事さんを雇う家に、心当たりは一つだった。


 絶望を抑えながら、口を開く。

 家族に、すでに手が回っている。それは、経験からの言葉だろうから………


「キミは、カーネナイの家の者か………」


「………知っているのか?」


「ガーネックが、珍しく荒れた時期があった。お屋敷が手に入るとか、色々と準備を進めておきながら、ダメになったとか………同じ時期に、カーネナイ事件の噂が広まっていれば、私にも察しがつく」


 それは、つい、最近の出来事だった。

 目の前の執事さんは、自分と同じく、ガーネックの犠牲となったのだ。

 初めて、執事さんが近しい存在に思えた。近しいのは、犠牲になった、それだけではない。これ以上、のさばらせてなるものかと言う、決意を感じる。


 ならば、仲間だと、味方だと。


「気の毒に思う、私も、家族だけは遠ざけようとしていたのだが………」

「私の主も、学生だった。しかし、当時の当主が収賄で牢に入れられたということで、あわててお屋敷に向かわれて………借金だけが残された家を継がれた主は………」

「………私の息子も、遠くの全寮制に預けているのだが、もしかすると………」

「事情を知らないご子息へ、莫大な借金が残された商家を継げと、残された従業員を守る方法があると、持ちかけるでしょうな………」

「そんな………パーティーはもう、来週なんだぞ」


 ガーネックが破滅をすれば、あとは何とかなるはずだ。


 だが、そのための計画は、素人の浅知恵だと指摘された。身を犠牲にしても、ガーネックは逃げ延びると、それは、カーネナイの家の滅亡を目にした、経験からである。


 他人事だと、冷たくあしらったのではない、経験したのだ。例え、家族を守ろうと、遠方に送っても意味がないことも………

 どうすればいいのかと考えて、考えが至った。


 なぜ、ここにカーネナイの執事がいるのかと。


「いや、カーネナイ事件の関係者は、捕縛されたはず………なぜ、キミは」

「………牢にいました。ですが、とある人物に、教えられたのです。ガーネックが、キートン商会を狙っている。ニセガネの金貨と言う、証拠とともに」

「そうか………しかし、何者が………」

「今は、詮索せんさくをやめましょう。少なくとも、ガーネックをつぶしたい人物がいるのです」


 目の前の執事さんを、ここへ導いた人物がいるのだ。

 それが何者なのか、その詮索は、執事さんが口にしたように、今はやめるべきだ。今は、考えねばならない。

 今のままでは、ガーネックは生き延びる。


「ここに来れてよかった、あなたがどのように動くか………だが、私がいるとは、さすがに知らないはずだから………」

「そうか、そのために、キミが………」


 二人は、何者かに感謝した。

 別々であれば、何も出来ずに終わったはずだ。しかし、協力すれば………


 何者か――


 それが人ですらなく、ねずみであるなどと、思いもよらないだろう。とりあえず、ガーネックさん被害者の会は、結成された。


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