第55話 ウラ賭博の、そのウラで


 初夏の昼下がり、ここだけはうっすらと暗く、不気味な雰囲気がただよっていた。


「今日は、休みなんですが――」

「いや、コインを探してて――」


 つながりのないような会話が、わざとらしい。こそこそと、おもちゃ屋さんの裏口で交わされる寸劇である。

 表には、『本日も休日』――と、よれよれの立て札がある。わざわざ店の裏口に回ってまで、何の用件があるというのか。


 しかし、なくは、ない。

 家族への土産に困った父親に、修理を依頼したいお子様連れにと、例外は常にある。

 だが、それらとは異なる犯罪の匂いが、芝居をしていた。


 芝居には、小道具も必要だ。

 客は、コインを見せながら、合言葉を告げる。


「こんなコインが、コロコロと」

「はい、確かに………では、お入りください」


 見た目は、合法に賭博ゲームを楽しめる、作り物のコインである。会場からの持ち出しは、基本的に許されていない。記念品や、ご家庭で楽しむための持ち帰り専用のセットがあるだけだ。

 めったに売りに出されない、それなりのお値段である。


 このコインは、さらにお値段が高そうだ。見た目は賭博ゲーム用のコインと同じであるが、皮膜には、本物の金が使われている。


 入会金と引き換えに、渡される品である。


 ゲームのコインよりも、さらに迷ってしまうお値段だが、入会金も支払えない人物には、来店して欲しくないのだ。

 財布が軽くなる客は、客ではない。そのような暴論が通用するのが、この先に待つ、夢と絶望の世界なのだ。


 裏口の扉をくぐると、また、扉をくぐる。

 地下倉庫へと、続く扉だ。一般のご家庭では、食料の貯蔵庫や、その他、普段は使わない家具などの保管場所である。


 キートン商会の地下には、かつては売れ筋のおもちゃや、修理のための道具一式がそろっていた。お人形さんのボタンは各種そろえており、髪の毛は、色や長さも、もちろん失くしやすい、おもちゃの騎士の剣や斧に、ヤリなどの武器も、豊富であった。


 今は、細長いテーブルがいくつかと、数十名の客がひしめいていた。


「さぁ、いよいよスタート………締め切りまで、あと五秒」

「赤の三」

「黒の三連」

「青、黒、赤で………」


 三つのスゴロクを目の前に差し出すマスターに向け、客達は賭ける色や数と、金額を口にし、差し出す。


 横長のテーブルを挟んだ、真剣勝負だった。


 ダイスゲームは、古代は運命を占う道具に始まり、王宮でも、禁止令が出されるほど熱中が続く、由緒正しいゲームである。


 運命を握るように、何かの骨で作られたサイコロを振るう。客に逃げられないように、運命を操るマスターたち。仕掛けがなければ、腕のいい、仕掛けは三流と言う伝統の技。


 全員、表での活躍は、もはや出来ない方々である。

 ゲーム用のコインでも、同じ賭博は行われるが、上限が設定されているのだ。せいぜい、子供のお小遣い程度の掛け金である。

 お給料は、とりあえず暮らしを成り立たせる、その他大勢と、変わりない。


 一発逆転、大博打をしたい人物は、常にいる。

 そんな誘惑で集まった場所のひとつが、キートン商会の、おもちゃ屋さんであった。


「はい………運命のお時間です」


 マスターが、締め切った。

 ボードの上には、ゲーム用のコインが積まれている。しかし、ニセガネではないゲーム用のコインでも、店を出るときには、本物の金銀財宝と交換されるのだ。

 コインさえ、山積みであれば……だ。


「赤の六、赤の四………赤の三です………赤、赤、赤の大当たりの方は………」


 意地の悪いマスターだ、マスターが口にした大当たりは、誰も当てなかった。そして、そのようにスゴロクと言う運命を操作したのだ。

 当たる率が少ないほどに、倍率は上がる。赤と黒と青の三つのスゴロクは、予想できない未来を表している。

 赤の三に賭けた人物は、ひと安心だ。


「ねずみ一枚だけって………一応あたりですけどね………」

「ははは………運が、運が向いてきたんだ………次は、次は………」

「………えぇ、残り一枚のねずみで、どうぞ、お楽しみを………色と数字が当たったので、お返しはねずみ二枚になります………」


 ありがたいカモであるが、もはやしぼり取るだけ、しぼり取ってしまったお客のようだ。

 借金にも、手を出せないらしい。返せるあてがまったくないお客も、金貸しにとっては客ではないのだ。


「次は、赤の三連、黒の三連、青の三連に、銀を一枚ずつ………かな」

「やめとけ、そうしたとたん、赤、黒、青って、バランスよく出てくるもんだ」

「数字をセットで当てれば三倍だが………」


 スゴロクがもたらす運命を予想しつつ、手元にあるコインの数と相談をする、真剣勝負。落ち目のおもちゃ屋さんの裏口から、ひっそりとお客様が出入りしているとは、誰も知らない。


 だが、客達も、知らない。

 貸し倉庫のいくつかには、懐かしいおもちゃがほこりをかぶっていると、噂されているが、誰も見たものはいない。

 その倉庫は閉め切られ、従業員ですら、在庫管理に訪れることはない。


 執事さんが一人、忍び込んでいた。


「見事なものだ………財宝を、おもちゃの中に隠すとは………」


 メジケルさんは、宝石を一つ手にとって、天に掲げていた。

 天井から差し込む明りでも、ガラスを透けて通り抜ける光は、とてもまぶしい。これが、ガラス細工の、おもちゃの宝石だと、よく分かる。


 だが、分かる人間には、分かるのだ。ホンモノが混じっていると。

 何かあるはずだ、そのように疑って探さないと、分からないものだ。山積みのおもちゃの中から、宝石が見つかった。


 何だ、ガラス細工か。

 そう思っている中に、本物の宝石があるなどと、誰が思う。


「私に告げたかったことの、答えか」


 与えられたメッセージは、短かった。


 ニセガネの金貨と、ガーネックと、キートン商会。

 この三つの単語で、思い至ることは一つ。キートン商会を調べれば、ガーネックの悪事が明らかになる。


 ヒントが、ニセガネの金貨だ。

 ゲーム賭博のための、コインの山にまぎれて、ニセガネの金貨の山も発見していた。

 本物に混じって、ニセガネがうごめいては、大混乱だ。


「オモチャの宝石に、ニセガネの金貨に、銀貨か………本物の宝石は、盗品か。なら、オークションでも――」


 なぜ、自分たちカーネナイがあそこまで追い詰められたのか、メジケルは、ようやく納得がいった。


 お屋敷が、狙われたのだ。


 そして、名家カーネナイと言う、名前も、必要だったはずだ。名家であれば、都市の警備兵程度では、強引な手が打てない。


 調べさせてくれと、お伺いをたてる必要があるのだ。疑い程度では、立ち入れないのだ。


 高額を賭けるウラ賭博に、盗品のオークションの会場としては、最適だ。

 カーネナイのお屋敷が手に入っていたならば、近隣の都市からも、お金が集まってくるだろう。

 盗品と、人脈と………

 ガーネックは、裏の世界で、の仕上がるつもりなのだ。


「そうは、させるか………」


 謎の人物に感謝をしつつも、この証拠だけで、ガーネックを破綻させることが出来ない。


 確実な、証拠が必要なのだ。


 自分達カーネナイが関わった事件に、あくまで金を貸しただけだと言い逃れ、逃げ延びているのがガーネックである。

 人を動かしても、証拠が残らなければ、罪に問えない。

 証拠の品がガーネック保有の倉庫から発見されても、借金のかたで差し押さえた倉庫だといわれれば、言い逃れがかなう。


 しばらくは、闇に潜むしかない。

 キートン商会を巻きえに、なにが出来るか。


「パーティーを開く………そうか、キートン商会は、道ずれにするつもりなのだ………」


 そのことを知った何者かが、自分を脱獄させたのだ。

 キートン商会のたくらみが成功するように、ガーネックを、破滅させるように。

 しかし、時間がなさ過ぎる、いったい、なにが出来るのか。


 考えるメジケルさんは、素早く身を潜めた。

 誰かが、倉庫に入ってきたのだ。


「まったく、倉庫整理は自分でするって言ったものの………、しかし、従業員を道ずれにするわけにも………」


 疲れた中年男性の背後に、すっと、メジケルさんが現れる。

 同時にナイフを突き立てれば、暗殺は成功する。それほど、鮮やかで、自然で、無駄のない動きだった。


「動かないでいただきたい………手荒なことは、したくありませんので………」


 メジケルという執事さんは、とっても丁寧ていねいに、脅迫きょうはくした。


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