第28話 カーネナイの若様と、消えていくお金


「はい、確かに………次から、遅れないように頼んますよ。タルの中身、まだ増やすつもりならね」


 袋の重さを確認しながら、がたいのいいおっさんが注文を付けた。

 ねずみがアーレックを案内しようとしていたレンガの倉庫には、すでに先客がいた。

 おっさんが視線を向かわせた先には、タルが並び、全てニセガネの銀貨でいっぱいであった。

 ニセガネ作りの職人さんの、親方のおっさんだった。

 雇い主に対して、横暴にも見える。しかし、役割を果たした者へは、対価を支払うのが義務である。それを怠ったのは雇い主の側である。

 カーネナイの若い当主フレッドは苛立いらだちをおさえて、笑みを浮かべた。


「あぁ、次はこの銀貨がたくさん働いてくれる………大丈夫だ」


 苛立ちと言うより、不安を隠したというべきだ。

 あせたチョッキが、フレッドの置かれた状況を、見た目で表していた。


「じゃぁ、期待してますよ。カーネナイの若旦那わかだんな


 一切期待していない捨て台詞を残して、親方は去っていった。

 腕はいいものの、すねに傷を負ってしまい、ウラ家業に関わるしかなくなった一人だろう。本来のカーネナイの家の者は、決して関わってはならない業界が、今は同業者だ。


「お疲れ様でした。よくぞ、我慢なされました………」


 忠実なる執事が、近づいてきた。

 万が一、親方達が力に訴え出れば主を守る。そのつもりでそばに控えていたのだ。そばと言うより、本棚の影にすっと身を隠していた。彼が元々何をしていたのかと、疑問を持たせる姿である。


 銀行強盗の陽動ようどう作戦を考えたのは、彼である。

 そもそも、ニセモノの銀貨を紛れ込ませるために、いくつかのお屋敷にしのびこんできた実力者である。むしろ彼一人で銀行を襲っていれば、それこそ人目に付かずに成功していた気がする。


 もっとも、コインの詰まった袋を運ぶにも人手が必要であれば、やはり昼間の仮面強盗団を用いた方法が、最も危険が少なかったのだろう。


 幸い、親方は引き下がってくれた。


「カケット叔父とは違うさ………勢いに任せて、借金をこさえた疫病神とは………」

「そうおっしゃいますな。カケット様は、唯一の身内ではありませぬか」


 言葉は取り持つようでありながら、内心は執事も、フレッドに同意だった。


 カーネナイの家名は、地に落ちていた。

 名家と呼ばれていたのは、かつてのこと。お屋敷の荒廃は数世代に及ぶ没落を、見た目ではっきりと表していた。広大な敷地は放置されて荒れ放題、手が行き届かないために、お屋敷は開かずの部屋でいっぱいだ。


 そんなお化け屋敷に生を受けたのが、現当主のフレッドである。

 病死した先々代の当主はフレッドの父親であり、それは貧しさが理由だと、無理がたたったのだと、容易に推測できた。


 そのためかもしれない。あといだフレッドの叔父である、先代の当主カケットは、危険なけに手を出した。


 かつての栄光を取り戻す。


 そう誓い、新たな事業に手を出そうとしたのだ。

 だが、裏金を使った、大変にまずい方法であった………そのために、収賄しゅうわい容疑で、現在も牢獄にいる。

 落ち目の一本道であったカーネナイの家に、金の工面の方法は、どれほどあるだろう。


 フレッドに残されたのは、借金だけだ。


 それが、今のフレッドの道を、決定付けたとも言える。

 フレッドの父親に拾われ、恩義からフレッドに忠義を尽くす執事が憎むのは、当然かもしれない。衰退すいたいしたとしても、平凡な人生を支えることで、恩を返せばよいのだ。小さいながらも、幸せな一生を送ってほしかった。


 今は、裏社会の一員だ。


「オレも、一線は越えた。人殺し以外は、何でも手を染めるくらいにな」

「まっとうな闇商売なら、このあたりでしょうな………国によっては縛り首ですが」


 残る道は、考えたくなかった。

 だが――


「闇商売でも、仁義も必要だろう………銀行強盗に使ったやつらを、何とかしてやらないと。約束どおり、誰も傷つけなかったんだ」


 カーネナイの若き当主フレッドは、裏側に身を置きながらも、フレッドであった。執事が今も忠誠を尽くす理由には、フレッドの父親への恩義だけではない、フレッドの姿に、かつての主の後姿を見ているためでもあった。


「フレッド様のそのようなところは、先々代の主、あなたのお父上とそっくりですな」


 寂しそうに笑って、執事は続ける。


「さて、次が厄介やっかいですな………」

「あぁ、あの男か……一体今度は、何を持ってくる?ニセガネの誘い、強盗の誘いとくれば………めざわりな貴族の暗殺か、それとも、子供の誘拐だと言われても、驚かないぞ」


 約束の時間までは、時間があるようだ。フレッドはひとまず倉庫をあとにし、書斎に向かう事にした。

 ねずみのネズリーが耳にしていた『あの男』約束の時間は、一時間後であった。


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