第27話 ねずみと、アーレックと、婚約指輪
ニセガネ事件の黒幕の場所を、ねずみはすでに知っている。
当局も、仮面強盗による銀行強盗の背後に、カーネナイが関わっていると、紋章つきの指輪を証拠として、考え始めている。
それでも、即座に動けない。
ねずみは、取調室での会話を聞いて、悩んだ。
カーネナイは名家だ。
栄光はかつてのことでも、むやみな
そのため、あくまで協力をお願いするという、丁寧な対応しかとることが出来ない。その結果、証拠隠滅、あるいは逃亡を許す恐れがあってもだ。
どうすればいい。
人間のルールを破ることが出来るねずみは、考えた。
証拠の現場に、『あの男』とやらがやってくる時間帯に、誰かを連れて行けばいいと。
だが、どのようにして人間を連れて行くか。
ちょうどよい獲物が、目の前に座っていた。 情けない、ごっつい背中が丸まって、悩んでいた。
その手には、小さな箱が握られ、口を開いた
中身が、輝いていた。
「ベーセル………受け取ってくれるかなぁ………」
身の
ただし、ハートはチキンであった。
目の前の小さな生き物に悲鳴を上げるほど、チキンなハートであった。
「………」
目が合った。
ねずみと、見詰め合っていた。
ねずみの目線が痛い。アーレックがそう思ったのは、一瞬だった。
悲鳴を上げた。
「ひぃ………ねっ、ねずみぃいいいいっ」
縮こまった。
五歳の子供であれば、おかしくない反応である。十五歳の少女であれば、かわいらしいと評して問題ない。だが、ごっつい体格のお兄さんがしては、みっともない仕草であった。
しかし、だからこそ、ねずみは姿を現したのだ。体はでっかいが、ハートはチキンだと知っていたからだ。
いや、まだ不足だと、ねずみは精一杯の気持ちを込めて、
「ちゅうっ!」
かなりの
ハートがチキンな若者アーレックは、ねずみの
しかし、即座に我に帰るほど、大事なものらしい。アーレックは慌てて小箱を拾おうと手を伸ばし、手の上で踊り、踊り、中身が踊る。金色に輝く指輪が、中を舞う。
見逃すねずみではない。
慌てふためくアーレックのひざに駆け上り、そのまま、ジャンプ。見事に、指輪を両手でつかんだ。
口で捕まえるのが、ねずみとしては自然である。
それを、あえて両手でつかんだのは、ねずみが、心は紳士である証であった。
アーレックが悩みに、悩んでいた品であることが、理由だ。
結婚指輪なのだ。
恋人に贈るので、まずは婚約指輪と言うのだろうか。ねずみとしては、何を今更と言う品物である。屋敷にご厄介になってしばしの日数、ねずみは、住まう人々のことを、ある程度把握していた。
このチキンなハートと、お屋敷のご長女さまは、恋人同士なのだと。
しかも、ほぼ毎日顔を出し、ティーパーティーに、夕食にと、家族の時間に参加を許されるほどの間柄だ。
それであって、なぜ迷うのかと。
どことなくチキンな男の心情を察しつつ、ねずみは嫉妬と使命をかねて、指輪を奪った。
ここで、ねずみを恐れて立ち止まるなら、アーレックが自らに抱いていた疑問どおりに、結婚するに値しないだろう。ねずみは、なぜか審判者の気分で男に立ちはだかった。
両手で、がっしりと指輪をつかんでいた。
かえしてくれ――と言いたげに、アーレックはねずみを見つめる。
「………ちゅうっ」
一声、鳴いてみた。
さぁ、どうする――と。
これでアーレックが腰を抜かすような本当のチキンなら、ねずみはサーベル使いの下へ、ベーゼルお嬢様の下へと、駆けるつもりであった。この指輪が何を意味するか、あのサーベル使いなら、わかるはずだと。
自分のための、指輪であると。
それをねずみが持って逃げていれば、ベーゼルお嬢様は、即座にサーベルを手に追いかけてくるだろう。結婚するまでもなく、尻にしかれているアーレックもついでに、あの廃墟同然のカーネナイのお屋敷に誘い出せるだろうと。
その手間は、必要なさそうだ。
「このっ………オレだって」
大きな手が、宙を切った。
ハートがチキンなアーレックであっても、指輪を取り戻す気持ちが強かったようだ。それだけ大切な品であれば、ねずみの作戦は成功したも同じだ。少しだけ、アーレックを見直しつつ、ねずみは走った。
先日の仮面の強盗団の皆様を誘い出したように、カーネナイのお屋敷へと走ればいい。捕まるとは思っていない、ねずみは、人よりも反射神経がよいとの自信があった。
ただ、落としては大変なので、ねずみは、またも指輪をかぶることにした。
アーレックには、奇妙な光景に見えることだろう。ねずみが二本足で指輪を手にしたのだ。
かと思えば、今度は指輪を頭にかぶったのだ。
しかし、目的は奪還である。指輪を求めて、ねずみとの追いかけっこが始まった。
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