第27話 ねずみと、アーレックと、婚約指輪


 ニセガネ事件の黒幕の場所を、ねずみはすでに知っている。

 当局も、仮面強盗による銀行強盗の背後に、カーネナイが関わっていると、紋章つきの指輪を証拠として、考え始めている。


 それでも、即座に動けない。

 ねずみは、取調室での会話を聞いて、悩んだ。


 カーネナイは名家だ。

 栄光はかつてのことでも、むやみな詮索せんさくは出来ない。真犯人による偽装であった場合、カーネナイの名前に傷をつける恐れがあるのだ。

 そのため、あくまで協力をお願いするという、丁寧な対応しかとることが出来ない。その結果、証拠隠滅、あるいは逃亡を許す恐れがあってもだ。


 どうすればいい。

 人間のルールを破ることが出来るねずみは、考えた。

 証拠の現場に、『あの男』とやらがやってくる時間帯に、誰かを連れて行けばいいと。


 だが、どのようにして人間を連れて行くか。

 ちょうどよい獲物が、目の前に座っていた。 情けない、ごっつい背中が丸まって、悩んでいた。

 その手には、小さな箱が握られ、口を開いた


 中身が、輝いていた。


「ベーセル………受け取ってくれるかなぁ………」


 身のたけが190センチに届こうとする、でっかい若者が、小さく見える。

 くせの強い金髪は、雷神を髣髴ほうふつとさせる。これで、巨大なほこを抱えて、仁王立におうだちをしていれば絵画の雷神そのものだ。やや大げさであっても、恵まれた体格と癖のある金髪からは、そんな印象を受ける。


 ただし、ハートはチキンであった。

 目の前の小さな生き物に悲鳴を上げるほど、チキンなハートであった。


「………」


 目が合った。

 ねずみと、見詰め合っていた。

 ねずみの目線が痛い。アーレックがそう思ったのは、一瞬だった。


 悲鳴を上げた。


「ひぃ………ねっ、ねずみぃいいいいっ」


 縮こまった。

 五歳の子供であれば、おかしくない反応である。十五歳の少女であれば、かわいらしいと評して問題ない。だが、ごっつい体格のお兄さんがしては、みっともない仕草であった。


 しかし、だからこそ、ねずみは姿を現したのだ。体はでっかいが、ハートはチキンだと知っていたからだ。

 いや、まだ不足だと、ねずみは精一杯の気持ちを込めて、威嚇いかくをした。


「ちゅうっ!」


 かなりの嫉妬しっとを含んだ、魂からの叫びであった。

 ハートがチキンな若者アーレックは、ねずみの威嚇いかくに、情けなく小箱を手放してしまう。とっさのことであれば、仕方がない。


 しかし、即座に我に帰るほど、大事なものらしい。アーレックは慌てて小箱を拾おうと手を伸ばし、手の上で踊り、踊り、中身が踊る。金色に輝く指輪が、中を舞う。


 見逃すねずみではない。

 慌てふためくアーレックのひざに駆け上り、そのまま、ジャンプ。見事に、指輪を両手でつかんだ。


 口で捕まえるのが、ねずみとしては自然である。

 それを、あえて両手でつかんだのは、ねずみが、心は紳士である証であった。嫉妬しっとしていても、大切に扱うべき品であると、ねずみはわきまえていたのだ。歯形がつくか分からないが、誠意を持って運ぶべきものであると。


 アーレックが悩みに、悩んでいた品であることが、理由だ。


 結婚指輪なのだ。

 恋人に贈るので、まずは婚約指輪と言うのだろうか。ねずみとしては、何を今更と言う品物である。屋敷にご厄介になってしばしの日数、ねずみは、住まう人々のことを、ある程度把握していた。


 このチキンなハートと、お屋敷のご長女さまは、恋人同士なのだと。

 しかも、ほぼ毎日顔を出し、ティーパーティーに、夕食にと、家族の時間に参加を許されるほどの間柄だ。


 それであって、なぜ迷うのかと。

 どことなくチキンな男の心情を察しつつ、ねずみは嫉妬と使命をかねて、指輪を奪った。


 ここで、ねずみを恐れて立ち止まるなら、アーレックが自らに抱いていた疑問どおりに、結婚するに値しないだろう。ねずみは、なぜか審判者の気分で男に立ちはだかった。


 両手で、がっしりと指輪をつかんでいた。


 かえしてくれ――と言いたげに、アーレックはねずみを見つめる。

 にらまないあたり、チキンである。


「………ちゅうっ」


 一声、鳴いてみた。

 さぁ、どうする――と。


 これでアーレックが腰を抜かすような本当のチキンなら、ねずみはサーベル使いの下へ、ベーゼルお嬢様の下へと、駆けるつもりであった。この指輪が何を意味するか、あのサーベル使いなら、わかるはずだと。


 自分のための、指輪であると。


 それをねずみが持って逃げていれば、ベーゼルお嬢様は、即座にサーベルを手に追いかけてくるだろう。結婚するまでもなく、尻にしかれているアーレックもついでに、あの廃墟同然のカーネナイのお屋敷に誘い出せるだろうと。

 その手間は、必要なさそうだ。


「このっ………オレだって」


 大きな手が、宙を切った。

 ハートがチキンなアーレックであっても、指輪を取り戻す気持ちが強かったようだ。それだけ大切な品であれば、ねずみの作戦は成功したも同じだ。少しだけ、アーレックを見直しつつ、ねずみは走った。


 先日の仮面の強盗団の皆様を誘い出したように、カーネナイのお屋敷へと走ればいい。捕まるとは思っていない、ねずみは、人よりも反射神経がよいとの自信があった。


 ただ、落としては大変なので、ねずみは、またも指輪をかぶることにした。

 アーレックには、奇妙な光景に見えることだろう。ねずみが二本足で指輪を手にしたのだ。

 かと思えば、今度は指輪を頭にかぶったのだ。

 しかし、目的は奪還である。指輪を求めて、ねずみとの追いかけっこが始まった。


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