第13話 仲良し、四人組


 人里離れた、一軒家。

 そんな印象のある木造二階建て築四十年は、場当たり的な修繕を重ね、優しい言葉で表すのならば、味わいのある現代アートと化している。そこは、収入がさもしい方々にとっての唯一の安住の地であった。涙ぐましい努力の末に生活費を工面する学生諸君にも、例外ではない。

 初夏の昼下がり、その一室に、十代半ば過ぎの学生さん達が集まっていた。


「ネズリーが眠り続けて二日………いいえ、三日かしら?」

「でもさ、レーゲル姉、それって私達が見つけてからでしょ?ネズリーの部屋に偶然立ち寄って、見つけて………」

「偶然って………部屋に押しかけようって言ったのは、どなたでしたか。ねぇ、オットル」

「そりゃぁ、ホーネック君よぅ、我らが最強の炎使いのフレーデルちゃんじゃなかったっけか?ネズリーに約束をすっぽかされたんじゃないか~って、怒ってよう」


 仲が、よさそうだ。

 銀色の、ツンツンヘアーのレーゲルお姉さんに、元気いっぱいの赤毛の女の子、フレーデルちゃん。

 知的を装いながら、からかいの言葉を口にしたのは、癖のないブラウンのセミショートのホーネック。そして、最も子供に見えるオットル兄さんが、最年長だ。

 窓辺で眠ったままのネズリーを合わせて、女子二人に、男子三人の彼らは、悪ガキがそのまま大きくなったような仲間であった。

 狭い個室に集まり、部屋の主である、眠ったままのネズリーを囲んでいた。

 心は紳士のねずみが、今朝の夢で見た姿である。

 そして、夢に登場した部屋が、ここであった。

 壁紙は、ちらほらとはががれ落ち、下地の木目が丸見えだ。それを隠すためか、新聞や、何かの雑誌の切抜きらしい、イラストその他が貼られていた。タペストリーを気取って、古市で購入したらしいスカーフも貼り付けられたが、みすぼらしさに拍車をかけるだけのような気がする。本人は絵画に囲まれた部屋を意識したのかもしれない、壁にはカレンダーもかけられていた。

 丸印や、小さなメモ書きがある。大切な日なのだろうか、二重丸の日付が一つあった。

 すでに、先週だ。


「魔法の気配が残ってる………このバカ、また実験に失敗したようね」


 レーゲルお姉さんは、古びた本に向けて、手をかざす。それだけで本は浮き上がり、レーゲルお姉さんの手に納まった。

 ねずみの夢の中で、ネズリー少年が高らかに掲げていた古い魔法の本である。

 古びているものの、革張りの表紙に、金具の装飾。名前のある人物が残したものなら、とても貧乏学生が手に出来る品ではない。

 どうやら、借り物のようだ。


「ふん、魔法のローブも、守ってくれなかったようね」


 レーゲルお姉さんは本を閉じると、眠ったままのネズリーをあきれた顔で見つめた。ボロ雑巾と言い換えたほうがいいローブをまとっていた。

 いや、この部屋にいる五人全員がローブをまとっていた。

 見た目は分厚い羊の毛を編みこんだ、黒系統の暑苦しいフードつきのローブである。実は身につけているほうが涼しく、冬場はしっかり暖かい魔法のローブであった。

 それだけではない、この魔法のローブは、多少の衝撃からも守ってくれるのだ。

 それでもボロボロであるのは、お古である上、普段の無茶を感じさせた。


「私の魔法でも燃えなかったんだよ、魔法って、不思議だよねぇ~」


 フレーデルちゃんは、きょとんとしたお顔で赤毛を輝かせ、自身を炎で包んだ。

 不思議な炎だ。

 熱を一切発生していない、燃えているという光景だけが、目の前に広がっている。ついでに、フレーデルちゃんは宙に浮き上がっている、これも魔法の作用である。

 わずか十四歳でありながら、平然と、これだけのことをやってのけるのは、天才と言っていい。並みの使い手は、せいぜい小物を宙に浮かすくらいなのに、自らを浮かせ、ついでに、燃えているのだ。


「………結構ボロボロにされてますが………とくに、ネズリーのが」

「そっか、ネズリーのローブが一番ボロボロなのって、お前が理由か………そっか、そっか」


 魔法の実験台は、身近にいるみなさんのようだ。

 めがねをがくっとさせて、ホーネックはため息をつく。

 一番年上男子オットルは、お兄さんぶって優しい笑みをフレーデルに注いだ。意地っ張りな女の子に、お前、アイツのこと好きなんだろうと、からかうためだった。


「なによ、なにがそっか、なのよっ」


 お子様でも意味は分かるらしく、炎をさらに燃え上がらせるフレーデルちゃん。なお、恋愛感情があったわけではなく、イタズラの延長だとは、誰もが知る事実。

 彼らは魔法使いの、修行仲間。

 この国は、魔法の才能を持つ若者を援助する制度を持っている。芸術や学力と同じく、才能を持つ若者を育てる、と言う意味合いである。

 才能がありそうであれば、学習の機会と、金銭援助も行っていた。

 とはいえ、ネズリーのさもしい暮らしから、資金は豊富ではなさそうだ。それでも、生まれ持った魔法の力を修行によって高める、その機会を与えられるのは、ありがたい。町で見かける魔法使いとは、彼らの成長した姿である。いずれも魔術師組合に所属、人々の暮らしのお手伝いを役目としている。

 なお、失敗は日常のようだ。それでも、今回の事態はまずいらしく、リーダーのレーゲルお姉さんは仲間に意見を求めた。


「さて………ネズリーをどうしましょ?」

「肩をゆすっても、起きなかったから………水でもかける?あ、炎の熱のほうがいいかな、命の危機で、目が覚めるってやつ」

「いえ、魔法実験の結果でこうなっているんです。下手に起こせばどうなるか………師匠に相談してみましょうか」

「まてまて、間違って組合の上のほうが耳にすればどうなるよ。バランスを保つ側が、暴走してどうたら、こうたらって………下手すりゃ――」


 なんでも炎で解決のフレーデルちゃんに、学生らしく師匠に相談を提案するホーネック。

 年長らしい心配をするオットルの意見もまた、解決には結びつかない。

 本来は報告をすべきだが、その結果を考えると、ちょっと待ってみたいのだ。 魔法を使えるといっても、その自由の範囲は狭い。

 グループのリーダーらしく、レーゲルお姉さんは、しばし考える。


「隠すにしても、相談するにしても、ある程度状況を把握する必要があるわね。確か………動物を意のままに操るって言ってなかったっけ」


 話しつつ、魔法の本をパラパラとめくる。

 呪文を唱えればその力を手に出来る、そんな都合の良いものではない。ただ、知識と言う方法論は、力の発動の、きっかけにはなるのだ。

 あくまできっかけであるため、失敗が九割を超えるのは当然。そのために実験には許可を取るべきなのだが………無断で慣行するのも、常のようだ。


「動物さんを操るんじゃなかったっけ?」

「いえ、操り糸で操るような魔法じゃなくって、意識転写形だったはず………失敗して、意識を全部持ってるのかも………」

「案外、その辺の犬コロになっているかもしれませんね………」

「やべ、昼間の犬、追い返しちまったよ。今思えば、あの情けなそうな顔は、コイツらしいな」


 眠ったままの友人を前に、いい性格をしている。それは、ネズリーに命の危険がないとわかっているためだ。

 彼ら魔法の力を持つ人々は、人にはない感覚を有する。直感が優れている程度の者から、彼らのように何が起こっているのかを、ある程度把握することまで出来る者までいる。

 彼らには、うっすらと、ネズリーの体を結界が覆っているのが見えているのだ。

 おそらくは、生命維持や、魔法の維持の類であろうと。彼らはふざけていても、ふざけるだけ余裕がある証であった。


「まぁ、この状態が一ヶ月、二ヶ月と続けばマズイでしょうけど………」

「ネズリーって、いっつも大げさなこと言って、ちまちましてるって言うか………」

「まぁ、バカする前に準備するのは、らしいとも言えます。よくやったって所でしょう」

「ふ~ん………私たちに出来るのは………結界が弱まったら、力を注ぐくらい?」

「じゃぁ、早速フレーデルがやってやれよ。力を注ぐっていったらマウス、とぅ~――」


 でっかい腕白小僧は、頭から煙をプすプすとさせ、古びた床と、口付けを交わしていた。

 その後ろでは、こぶしを炎でまとわせた十四歳女子フレーデルちゃんが、失礼しちゃう――とでも言いたげに、たたずんでいる。

 うっすらとほおしゅがさしていたのは、十四歳だからである。決して、ネズリーへの恋心があるわけではない。こういった冗談は日常の若者達は、笑い合っていた。

 今はまだ、心配するほどではないと、今のうちに笑うのであった。これから先が思いやられるので、今のうちに、笑っておくのだ。

 そこに、さわぎが届いた。

 どやどやと、窓の外がさわがしい。ホーネック君がめがねをくいっとさせ、何らかの魔法を発動させた。

 情報系らしい。

 そして――


「あぁ~………西の商店街で、銀行強盗ですか………どうします?」

「どうするったって、プロに任せようぜ」


 興味本位で、素人が首を突っ込むべきではない。野次馬も、遠慮しておこうという判断だ。冷静にたたずむリーダーのレーゲルお姉さんも、同じ意見のようだ。

 ただ一人、十四歳女子が立ち上がった。


「ってか、プロが解決できないときのための、魔法使いでしょ。私、いくっ――」


 羽交はがめにされた。

 一応女子と言うことなので、羽交はがめにするのは、お姉さんの役目だ。純粋に、この中でフレーデルちゃんの次に力が強い魔法使いであることも、理由である。

 フレーデルちゃんは、じたばたしていた。


「おバカ、火薬に引火するかもって話でしょ」

「だってぇ~、火災現場から、おじいさんの猫ちゃん、助けたことあったもん」

「まったく、炎から身を守るのと、火がつかないようにするのと、ぜんぜん違うでしょうが」

「おめえが行けば、大爆発だって話だ。ここは大人に任せとけよな」


 ひどい言われようであった。

 勢い飛び出そうとするフレーデルちゃんを羽交はがめにするレーゲルお姉さんに、見物を決め込んだホーネック君と、一応窓の前に仁王立ちをするオットルお兄さん。全員が、暴走娘を暴走させた後始末を、経験済みであった。

 なお、フレーデルちゃんはこの中で最強の力を誇るが、炎限定である。間違っても火薬がまかれた現場に現れてはいけない、炎の塊である。今のように、火傷一つ、チリ一つ燃やさない魔法の炎は、その気になれば家を丸焼きに出来るのだ。

 火災現場では炎を操り、炎の熱から身を守ることが出来るが、今回は羽交い絞めにされたままが平和である。


「まぁ、事件は警備兵の皆様にお任せして、オレはちょっとお仕事だ」

「また、組合の資料整理?」

「いや、それはホーネックに任せた。ちょっとねずみよけのまじないを見てくれって、お屋敷からの以来で………午後の約束なんだ。そろそろ行くわ」


 こうして、暴走娘フレーデルちゃんをレーゲルお姉さんに任せたまま、本の虫ホーネック君は図書館へ、オットルお兄さんはねずみよけのまじないが効かなくなったというお屋敷へと、向かったのだった。


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