第9話 銀行強盗、登場
初夏の太陽が、石畳を暖める。
銀行とすぐに分かる門構えは、一対の丸太である。でかでかと、クマに狼に犬とねずみと言う順番に、動物の顔が掘り込まれている。それは、この国のコインに彫られた動物達だ。
価値のある順番、金貨のクマ、銀貨の狼、銅貨の犬と、最後に小銅貨のねずみたちである。
そこに今、一台の荷馬車が止まった。
食料の積み下ろしに使われるような、
それにしては、銀行の前に止まるのは、どういうことだろう。店を間違えたのか、野菜を卸したついでに、銀行に用事でもあるのか。人々が、見ることもなく馬車を見つめていると、荷台から、ぞろぞろ男達が現れた。
仮面とスカーフと、マントをかぶっていた。
「動くなっ!」
「「「強盗だっ」」」
銀行強盗だ。
その、団体さんだ。
仮面をした強盗たちは、銀行に入るやカウンターを飛び越え、従業員に刃を突きつけた。
「動くなよ」
「いいか、動くな」
「「「俺たちは、強盗だっ!」」」
セリフの役回りまで決められているのだろうか、仮面の男たちは、仲良く、すごんだ。
スカーフで口元を覆っているため、声はくぐもっていた。目元は、ご丁寧に舞踏会で用いられる仮面をかぶっており、人相はまったく分からない。一人などは、恥ずかしげもなく赤い仮面をしている。目のふちを金色に彩っている、ド派手ぶりだった。
リーダーのようだ。
演劇で登場しそうなほど、派手な強盗だった。むしろ、演劇の盗賊の衣装そのままだと、言うべきだ。
だが、
「な、なにが望みだ………」
身なりが整った、銀行の支店長のような男が、代表して訊ねる。自分がその役割だと認識しているためだ。机には、支店長と記されていた。
暮らしがよいことは、ややお肉がたるんでいることからも伺える。清潔で、質のよい衣服を身につけた四十も半ば過ぎの男だった。
「ふふふ………銀行に強盗が現れる。銀行強盗以外の、何に見えるというのだね?」
赤い仮面のリーダーは、抜き身の剣で、支店長の肩をとんとんと叩いて、遊んでいた。
お前の命は、俺たちのものだ。
それが、ふざけた態度の意味するところだろう。だが、そのふざけた格好からあいまって、不気味な圧力を与えていた。
ヤバイ連中だ。
武力で襲ってきたという意味ではない、本当に、ヤバイのだ。
支店長の机の上には、安っぽい薄い本が置かれていた。道化師が、笑顔のままナイフで人を刺し殺すホラー小説だった。暇つぶしのための、安っぽい娯楽本だと鼻で笑っていたが、それを体験していた。
体験すれば、恐怖に値するものだ。
それは、周りの人々も持った感想である。
三人が座れるベンチが一つの待合室には、十人ほどで狭さを感じると言う、小ぢんまりとした銀行だった。カウンターを含めて内装は木製で統一され、しゃれた酒場に見えなくもない。哀れな客は、書類の説明のためにベンチに座っていた従業員と共に、成り行きを見守るしかなかった。
そこにごろごろと、何かが転がる音がした。
重たそうに、二人で仲良く、そろり、そろりとタルを転がしてきた。
大人の太ももほどの、小さなタルだった。
中身が、問題だった。
「さて、酒の差し入れではありませんよ、支店長」
目のふちを金色に彩っている、ド派手な赤い仮面のリーダーが、丁寧に説明を加えた。
こいつがリーダーだと分からせるための衣装だろうか、演劇の舞台で登場すれば、ともすれば笑いを誘う仮面である。
この状況では、恐怖を誘う仮面である。
コルク栓に手を伸ばしながら、続けた。
「この栓を抜けば、なにが出てくるか………」
「酒じゃないぜ」
「それ、リーダーが言ったぜ」
「そんなもったいないこと、出来やしないぜ」
誰も答えられない中、仮面の強盗たちが勝手に話しを盛り上げていた。この
誰も、そのような無謀をしないことを祈りつつ、人質全員の視線は、タルに向けられていた。
タルからこぼれたのは、黒っぽい粉だった。
仮面のリーダーが
黒い、さらさらとした粉であった。
「火薬だ。この量であれば、この店が吹っ飛ぶ。もちろん、我々も一緒にね」
仮面のリーダーは、おかしそうに説明をした。
ヤバイ連中だ。
その認識は正しかったと、全員が理解した。
驚き、恐怖、そして、疑問など、様々によぎりつつも、この犯人達は異常だと、全員が理解したのだ。
仮面の強盗たちは、その様子を面白そうに眺めていた。
自分達がこの場所の支配者だと、酔っているようだ。赤い仮面のリーダーも同じだろう、ゆっくりと店内を見回して、改めて支店長の顔を見る。
支店長のお顔は、恐怖から、絶望に変わっていたようだ。
ありえないと。
おかしいと。
それでも支店長は、勇気を
「な………何を考えている。お前らも吹っ飛ぶんだぞ。何がしたいんだ」
自殺願望か。
死ぬ前に、派手に何かをしようと思った連中なのか。
支店長の頭には、本で読んだ悪役の姿が、様々にめぐる。本当にいるはずがないと、そう思っていた人格の持ち主ではないのか。安物の犯罪小説にお詳しい支店長は、その手の事件とは幸い、無縁であった。
今までは。
一方、仮面のリーダーは全員に見せ付けるように、手のひらから黒い粉をさらさらと地面にこぼしていた。
危ないと、引火すれば危ないと、何人かは息を呑む。昼前の時間帯であっても、ロウソクはちらちらと、カウンターで輝いていた。ガラスの覆いがあっても、気が気でない。
「さぁ~て、このタルが転がれば、どうなるでしょうか?」
言って、コルク
ごろごろとタルは転がり、粉がボロボロと、店の床にこぼれていく。支店長は、良くぞ悲鳴を上げなかったと、自分をほめていた。
人質の皆様も、事の成り行きを見守る以外に、何が出来るのか。パニックを起こさないことだけが、今は身を守る術であった。
木目の床が、黒い粉で染まっていく。残る希望は、警備兵の方々だ。そう、あの輝く金属の甲冑がフル装備で………
支店長のほころびかけた頬が、引きつった。
希望ではないと、来てはいけないと、思い至った。ガチャ、ガチャ、と、頼もしい
町の治安を守る、頼もしい兵士達。簡易鎧であっても、足首からひざまでは、しっかりと金属の
金属である。
金属同士がこすれあえば、火花が散るのである。
「金属の足音がこの場に響けば、どうなるでしょうねぇ………」
「ガシャン、ガシャン………警備兵が来るぞ、泥棒はにげろぉ~」
「「「この悪党め、我が剣を受けるがよい」」」
「剣がぶつかり、
仮面の強盗たちは、笑っていた。
剣を構えて、格好をつける者もいる。本当に、安っぽい盗賊の悪役のようで、何かの舞台を見ているようで………気が気ではない。
支店長の考えを見透かして、あざ笑ってるのだ。
希望たる警備兵は、希望ではないのだと。
「人質を一人、解放する。選びたまえ、しっかりとこの事を外に伝えてもらうために………」
「そういうのは、当局が来てからってのが、お決まりでしょうけどね」
「交渉って、実際にどうなるんだろ。女子供、老人だけでも………とか?」
「女子供は、いないけどな」
「まぁ、早めに正しい情報を知らせなければ、ドカンっていうことになりますからなぁ」
笑い合っていた。
これから登場するであろう、警備兵達に向けられた笑みかもしれない。ベンチに固まっている人質達は、その笑みに恐怖を感じていた。
「………話はもう、分かっているな?」
「俺たちに逆らおうとすれば、大爆発だって事は、分かっているな?」
「すぐそこにあるだろ、すぐに知らせろよ」
「本部じゃないぞ。警備兵の詰め所のほうだぞ」
「向かいの服屋の隣の隣の………とにかく、となりのほうだぞ?」
女性従業員は、うなずくしか出来なかった。ドサクサ紛れに、四十過ぎの男が老人を気取っていたが、却下された。年齢の線引きは難しいらしい。この事件は、すぐさま兵士達に伝えられた。
人質が取られていること。
室内には、火薬がばら撒かれていること。
そして、犯人は狂人だということが、伝わった。
なにしろ、警備兵詰め所は、犯罪が起こっている銀行とは、道を挟んだ服屋さんの隣の隣の、その隣なのだから。
なお、そのお隣は、大衆食堂であった。
下水に住まうねずみの皆様が、投げ捨てられる残飯をあさりつつ、
ねずみよけの結界があるためだ。
しかし、その結界をまたいで侵入できるねずみが、一匹だけいた。生前はネズリーという名前の、ねずみだった。
聞き込みをするには、まずは食堂だと、探偵さんを気取っていた。
「ちゅぅ~………」
――さぁ、調査、開始だ
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