第8話 ティータイムの、決意
「偶然、幸運が転がり込む………そんな甘い期待など、してはならない」
先日は全身を
書斎の机の上には、この家の紋章が焼印された皮袋が横たわる。袋口が開いているために、銀貨が少しばかり、散らばっていた。隣には帳簿らしいノートが開かれ、訂正のための、赤いインクでなにやら書き込まれ、数字が変更されていた。
他には獣が彫刻されたペン立てに、ペンに、ロウソク台などがある。机には食後の紅茶らしい、カップが置かれていたが、手をつけていないままに、すでに冷め切っていた。
ゆっくりと、振り返った。
「偶然の幸運。今回に限っては、転がり込んだらしい」
目の前には、かしこまって背筋をただしている若者がいた。
癖のある金髪に、茶色の瞳の、でっかい若者だ。昨日のティーパーティーに出席していた唯一の男性にして、このお屋敷のお嬢様、ベーゼルお姉さんの恋人、アーレックの野郎であった。
露骨に、ほっとした顔だった。
何かをしでかしたのか、身に覚えがなくとも、お
いつものことか、主は気にすることなく机の上の銀貨を一つ手に取ると、アーレックに放り投げた。
なんだろうと、弧を描いた銀貨を、アーレックは受け取る。
お
銀の狼の、耳の片方が削れていたのだ。
「………ね、ねずみが銀貨を………何たること、あのねずみは、必ずや私が――」
ハートはチキンの青年アーレックは、勘違いをした。
ねずみを逃したために、銀貨を損なわせた。先日は遅れをとったが、使命とあればがんばろうと、欠けた銀貨と、お
お
「アーレック、よく見ろ。いかにねずみといっても、金属をかじり取れるものか。それはニセガネだ」
ついでに力を込めて――
パキッ
「あ………割れた」
破片が飛ぶ。
ねずみに出来て、自分に出来ないことが悔しいのか、ともかく、割れた。できましたと、手をまっすぐに伸ばして、二つに割れた銀貨だったものを見せる巨体のアーレック。
お義父上様は、しばしその様を見つめる。青年アーレックは体格にふさわしく、たいした力の持ち主のようだ。
マヌケに見えるのは、気のせいだ。
屋敷の主は返答の代わりに、噛みあとがついた銀貨の山に視線を移した。ニセガネに気付けナかったマヌケは自分も同じだと、ニセガネの山と、無事な財布を見つめる。
今回気付くことが出来たのは、ねずみが銀貨をかじったおかげなのだ。それも、こちらが気付くように机の上に何枚の並べたおかげだ。
そう、ねずみのおかげなのだ。
「先週の盗人騒ぎ………何も取られず、未遂に終わったと胸をなでおろしていたのは、油断であった。ニセガネが混じったとに気付かずにおれば、どうなっていたか………」
疑問はありながら、何をするべきかは、すでに決断していた。
帳簿には、判明したニセガネの銀貨の枚数を記している。だが、それは私事である、通帳の横には、立派な質感の紙があった。
それは、公文書に用いられる。社交行事として、子供達の誕生会の招待状に使うほか、地位ある人物同士の手紙に用いられるものだ。公と私事の、両方の意味合いが地位ある方々の日常と言うものだ。
今回は、公的な役割のため、用いられた。
すでに紋章が
「しかし、
ほぼ言い尽くして、大柄の、ハートはチキンの若者アーレックはようやく察した。目の前の手紙と、自分が呼ばれた理由。半分私的な関係の二人は、共に騎士の血筋であれば、その手のお役目に就いている。
今回呼ばれた理由は、公的な用向きを命じられるためである。チキンなハートのたくましい青年は、背筋を伸ばしていた。
「至る場所からニセガネが広まれば、出所の特定は難しい。たいした手間をかけてくれる。ねずみの大手柄だよ、私も気づくことはなかった………」
屋敷の主は話しながら、本当にねずみの手柄だと感じていた。
一枚だけならば、偶然ということはありえるだろう。だが、ニセガネを探し出すように仕分け、机の上に並べることなどあるだろうか。
今は語るべきではないだろうと、青年アーレックに手紙の配達を命じた。
これは、事件を解決に導くための、対策会議であった。
公にするのは少し先の、ゼロ号会議。
第三の参加者がいるとは、彼らはまだ気づかない。
そう、ねずみだ。
ねずみは、この会話を耳にしていたのだ。
優雅な朝食を追え、ベッドルームと言う屋根裏に戻り、
そして、二人の会話を耳にしたのだ。
ねずみは、小さくちゅう――と、つぶやいた。
動く時が、来たようだと。
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